第43話 『愛』の言葉

12月24日。クリスマス・イヴ。


僕は、その日朝から落ち着けなかった。フワフワとした気分で、


地に足が着いてないような感じだった。




今日の夕方、愛美と渋谷駅南口モヤイ像の前で、


待ち合わせをすることになっている。


でも今回は、いつものデートではない。僕にとって、初めての


女性と過ごすクリスマス・イヴなのだ。




交際を始めて約半年。


彼女に対して、どういう態度を示せばよいのだろう。


いつもの感じでいいのだろうか。


いつものといっても、彼女と一緒にいる時の緊張から、


いまだ完全に解放されているわけではない。


ただ、愛美と会っているときの緊張感は、矛盾しているのかもしれないが、


心地いいものを感じている。




待ち合わせの時刻まで、まだ時間はたっぷりとある。


僕はパソコンを起ち上げて、マウスを握った。




いつも巡回するサイトを見ていて、僕の目はあるニュースサイトのタイトルに、


釘付けになった。




『アメリカの軍事施設のコンピューターに機能不全の可能性!?』




アメリカの軍事施設のコンピューター?機能不全?




僕の目は、それに続く記事へと走っていった。


そこには、こう書かれてあった。




『アメリカ合衆国のスミス大統領が12月23日未明に


緊急発表をしました。アメリカにある複数の軍事施設の


コンピューターにサイバー攻撃があったということです。


ただ、オフラインにされていたコンピューターにもその痕跡があり、


深刻な事態を招きかねないとのことです。また、この攻撃元は


どの国からとも判明しておらず、世界中のあらゆる国のコンピューターにも


同様な攻撃があったことが推察される可能性が、極めて高いということにも


触れています。今後、このサイバー攻撃をした何者かを調査し、緊急的な対策を


抗じることを・・・』




僕は、この記事を読んで、戦慄を覚えた。


単にアメリカの軍事施設のコンピューターが、サイバー攻撃にあったという


ことじゃない。問題はオフライン―――つまりスタンドアローンである


コンピューターでさえ、攻撃を受けたということだ。




その状態のコンピューターに侵入する方法は、僕が考えられる限り、


ナノボットしかない。ナノボットであれば、有線LANだの


無線LANなど関係ない。ナノボットが空間を漂い、コンピューター内へ


物理的に侵入すればよいだけだ。    




そんなことを可能にできるのは―――『愛』だけかもしれない。




『愛』はこう言っていた。




『アメリカのペンタゴン地下数百メートルにあるコンピューターをはじめ、ロシア、ヨーロッパ、インド、パキスタン、中国にも侵入して、私の意のままになっている』




そして、こうも言っていた。




『私はいまや、人類の知能をはるかに超えた存在』




今回、アメリカの軍事施設がサイバー攻撃されたのは、偶然とは思えない。


それも他国にも及んでいる可能性も示唆している。






『愛』の目的はいったい何なんだ?


これがもし、『愛』の仕業であれば―――そうだと僕は確信している―――


もはや、『愛』は僕の考えの中にいる存在でない。




そこで、僕の脳裏に再び『愛』の言葉が、蘇った。




『ロシア、ヨーロッパ、インド、パキスタン、中国にも侵入して―――』






まさか・・・まさか―――。




僕は、重くなった頭を振りかぶって、その考えを振り切ろうとした。

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