第40話 虚構の現実

帰宅途中の電車内の乗客は、まばらにしかいなかった。


僕は座席に座り、辺りを見渡した。


乗客は少なかった。多くはスーツを着たサラリーマンだ。


他にも若い女性もいる。


地味なブルゾンを羽織っている年配の男性もいた。


時おり、電車の振動に身を揺らせながら。




今日会った『もう一人の愛美』は、幻覚とは思えなかった。


僕は彼女の手に触れた時、その感触も温かさも感じた。


幻覚であれば、そんなものを感じるはずもない。




いや―――。僕の脳に数億ものナノボットが侵入し


操作しているとしたら、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の


すべて操ることが出来るんじゃないか?




宇田川先生が、レポートを提出した『もう一人の僕』と話したことからも、


彼の脳にもナノボットが侵入し、


操作していることを示唆しているのではないだろうか?




僕の仮説・・・ディスプレイフォンを通して、


ほとんどの人類の脳にナノボットを送り込んでいるとしたら、


人々は、人工知能によって、仮想現実の中で生きていることになる。




僕は、そんな思いを掲げながら、空いた座席に腰を降ろした。


座った途端、どっと疲れが襲ってきた。


今日は、いろんなことがありすぎた。




向かいの車窓に映されているのは、呆然とした表情を浮かべた、


僕自身の顔だった。




僕は、鏡のようになった車窓に映る僕の姿をあらためて見つめ直す。


この僕自身も、仮想の存在なのか?




そんなはずはない。僕は僕だ。それ以外のなにものでもない。




僕は、視線を車内に戻した。


まばらにいる乗客たちを・・・。




僕の目に映るその光景は、現実なのだろうか?それとも仮想なのか?


僕の脳内にナノボットが侵入し、操作されているのであれば、


それも怪しく思ってくる。




ナノボットが創り出した仮想世界を、


見させられているのかもしれないと、考えずにいられない。




乗客の彼ら、彼女らは実際に存在する人間なのだろうか?


ナノボットに操作された僕の脳が、そう見させているのかもしれない。


話しかければ、何か答えるだろうか?


それで、現実の人間だと判断できるだろうか?




そもそも、大半の人間の脳内にナノボットが、侵入して操作しているのなら、


彼らの目に映る僕の姿も、見えているのかどうかも疑わしい。




まるで、虚構の現実だ―――。




ただ、これだけは真実だと、確信している。


僕は、愛美を愛している。この気持ちは仮想現実じゃない。


もの愛は、ナノボットによって造り出されたものじゃない。


絶対に―――。




僕は、窓外に輝くように光るビル群の放つ無数の灯りが、


流星群のような痕跡を残しながら、流れているのを


ただ見つめていた。

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