第27話 池のほとりで

僕たちは店を出た後、井の頭線で神泉町に足を向けた。


理由は、彼女の行きたい場所があったからだ。


その場所とは、渋谷区立鍋島松濤公園だ。




公園に足を踏み入れた。季節がらからか、人の数はまばらだった。




渋谷区立鍋島松濤公園には、一度だけ来たことがある。。


それほど大きな公園ではないけれど、


アスレチック風のすべり台やブランコなどの遊具もそろっていて、


樹々も豊かに生い茂っているし、都心のオアシスのような公園だ。


奥には池があり、そこには小さな水車小屋まであって、淡い日本の風情も


感じられる。




僕が来たときは初夏だった。セミが鳴き声が、うるさいほどだった。


池には大きな鯉もいて、大型のカエルの姿を見た時は驚いたのを覚えている。




僕は近場にある自動販売機に行って、微糖のホットコーヒを二つ買い、


ひとつを愛美に渡した。愛美は両手で受け取って、ありがとうと短く言った。


僕は、微笑みながら小さく頷いた。




僕たちは、池のほとりにあるベンチに腰を降ろした。




無意識に空を見上げると、明るい青をバックに綿菓子のような


白い雲が、いくつか浮かんでいた。




天気予報では、今日の気温は20度近くになるらしい。


12月半ばにしては、暖かすぎるほどの高さだ。






「なんだか、妬けちゃうなぁ」




愛美は、缶コーヒーのリングプルを開けながら、つぶやくように言った。




僕は一瞬、彼女が何の事を言っているのかわからなかった。




愛美は、言葉を繋いだ。




「だって、巧君って、いつも『愛』のことばかり考えているみたいだもん」




「いや、そういう意味で考えているわけじゃ・・・」




愛美が言いたいことがわかって、僕は慌てて答えた。




「わかってる。でも、私としては、そう思っちゃうの」




僕は気づくと、愛美の手を握っていた。




付き合って一か月以上にもなるのに、愛美に触れたのは初めてだった。


僕は、急に照れくさくなって、彼女の手を離そうとした。


だが、愛美はそんな僕の手を強く握り返した。その彼女の手は、とても暖かった。




愛美は、僕の目をまっすぐに見つめていた。




そして、彼女は瞼を閉じた。




僕の体は、強張った。




僕は、震える自分の唇を、そっと愛美の唇に重ねた・・・。

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