第13話 『愛』と愛美

『愛』のことは、こびり付いた錆のように僕の心の中の内側を覆って、


僕の頭から去ってくれなかった。わずらわらしいほど。




金色・・・いや銀色のハエが、頭の中を


ブンブン飛び回っているような、不快な感覚も


同時に感じていた。




とはいっても、『愛』は今でもまだ、僕にとって


大事な存在でもあった。




僕が『愛』造ったのは、孤独を癒すためだった。


そして、『愛』は答えてくれた。


大事な話し相手だった。本当の女の子と話している


気分にしてくれた。


愛美に対してとは違う、『愛』への想いがあるのも事実だ。


1年もかかって造ったプログラムだ。僕の孤独を埋めるために。






翌日、僕は大学の講義を終えると、愛美に電話した。


だが、コール音はするものの、誰も出ない。


それでも僕は何度も電話した。でもつながらない。


そんな些細なことが些細なことに思えなかった。




僕は愛美のいる病院に運転手のいるタクシーを拾い


(無意識に無人タクシーを避けている気持ちがあったのかもしれない)、


車内からタイミングをみて電話をした。


病院の近くに来た時、やっと通話がつながった。




通話口に出たのは、中年女性の声だった。


聞き覚えのある愛美の母親だ。




『藤原君ね。何度も電話ありがとう。病室では電話できないから、


通話できる場所に行ってたの』




以前とは違う、優しい口調だった。


彼女は言葉を続けた。




『愛美が、藤原君に会いたがってるの。来てくださる?』




僕はもう病院に着いていることを言った。


愛美の母親は、感謝の気持ちの伝わる礼を言ってくれて、


通話を切った。




僕は駆け足で病院内に向かった。院内は走るのは禁止だ。


それに気づいて、早足に歩調を緩めた。




愛美の病室へ行くと、そこに母親と共にいる


彼女の姿が廊下にあった。




ただ愛美は車椅子に座っている。


僕の心臓は怯えて跳ねた。


前に訊いた時は下半身不随の可能性があると聞いていた。


もしそうなっていたら・・・。


だが、当の愛美は微笑を浮かべている。




僕は愛美のもとに駆け寄った。


動揺している僕を見た彼女は、まっすぐに見つめてきた。


その瞳には希望の色が宿っていた。




「巧君、心配いらないわ。お医者様の話だと、


下半身の麻痺はリハビリをすれば、回復する可能性が


あるって、おっしゃったくれたから」




僕は安堵感で全身から力が抜けるのを感じた。


その確かな希望で、とても救われた気持ちだった。




「藤原さん、愛美のことを心配してくれて


ありがとうございます」




愛美の母親が、穏やかな表情で小さく頭を下げた。


僕は強くかぶりを振った。


いつか愛美と一緒に歩ける日が来ると思うと、


礼を言いたいのは僕の方だった。




「愛美。そのリハビリ、僕にも手伝わせてくれないか?」




「うん」




その時の愛美の笑顔は、とても輝いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る