SS復讐組合

石黒陣也

復讐組合

「それではあなた様の身柄及び人権はこの復讐組合が保証します」

 新しく制定された法律、心身総奪罪。


 家族友人恋人、職場の人間などから、非人道的な扱いを受けたり、精神的な脅迫、セクシャルハラスメントなどに対し、十五歳から対象とする法律が制定された。

 それに伴い、制定前から物議をかもし出し、ついには殺人罪にまで抵触すると騒がれた。

 心身総奪罪。簡単にい言うと、三つにカテゴライズされる。

 

 その一、家族友人恋人などの親近者から理不尽な体罰、または精神的圧迫を受けた場合。

 その二、極度のハラスメント、付きまとい、ストーカー行為などを受けた場合。

 その三、その一、その二を含みさらに他に、他者から心身的に攻撃を受け、精神病院、外科内科病院等で大きな怪我、精神に異常、後に残る後遺症が発症をされた場合。

 

 これらに抵触する場合、加害者に対して最大で二十五年の懲役または千二百万円までの罰金を科す。


 それに対し、何故物議をかもしたのかというと。


 復讐だ。


 この法律を適用する者は、その加害者に対し強い復讐心を抱いている割合多い。

 復讐法とまで揶揄されたほどだ、そこで誕生したのが、その揶揄された名前の通りの復讐組合。


 上記心身総奪罪に対し、強い復讐を抱き、加害者に対して強い攻撃的な欲求が生まれた場合、元被害者を法的、人道的に、人権それらを持って保護する組合だった。


「吉田秋子様。それではもし、恋人の加賀勇人さまから強い暴力やハラスメントを受けた場合、それに対して強く抵抗する……その場合に対して私達復讐組合はあなた様の人権及を守らせていただきます」


 ――これで怖いものは無くなった。


 同棲している恋人、加賀勇人。

 彼は職を失い、金銭的に生活が危うくなった途端、彼の性格は一変した。

 私からすずめの涙程度のパートで働いたお金を奪い、酒を飲み、暴れ、私をビンタでひたすら殴り、また強姦をも呼べるような恐ろしさで私を抱いた。


 出ていって欲しいと言っても、彼には出て行くだけのお金が無い。私にも生活費を搾取されながら彼への新しいアパートと引越し費用――手切れ金を用意する事ができないでいた。


 そして私は極度のうつ病、そして彼の暴力によって付けられた怪我によってお腹に重い後遺症を残した。


 ――私はもう、子供を産めない体になってしまった。


 限界が限界を超えて、ついに私は心身総奪罪を適用し、更にこの復讐組合へ逃げ込んだのだった。


 復讐組合の人は、初めて来た時に相手にしてくれたのは女性で、とても私の話しを良く聞いてくれた。


 そしてこの復讐組合が絶対にあなたを保護します。と約束してもらい。

 正式に組合に入ることによって、私はとても心強い味方を得たのだった。


 内心ほっとして、涙が流れた。


「これで私は、あの人と本当に絶縁できるんですね?」

「はい、あらゆる手段を持ってあなたを保護いたします。たとえ過去の加害者様に対し、どんな抵抗を行っても、それが自衛で正当なものだと言う事を証明し、吉田様をお守りさせていただきます」


「はい、ありがとうございます」


 私はぺこりと頭を下げ、ぼろぼろになったブランド物のバッグを持って立ち上がった。


「それでは、加害者様にこれ以上の酷い行いをされ、手遅れになる前にこちらへ来てください。たとえ夜中でも、二十四時間体制で組合員がおりますので」


「はい、ありがとうございます」


 復讐組合を出た途端、私の体はまるで翼でも生えたかのように軽やかになった。


 もう苦しまなくてもいい、我慢しなくてもいい。耐えなくてもいい。

 そういう開放感から私は、とても晴れ晴れとした気分になった。


 それと同時に、家に向かう頃にはとてつもなく、ドス黒い感情が急速に芽生えてきた。


 復讐心。


 それが私の中で急速に回転するモーターのように回り始め、私の頭の中は元恋人の勇人に対して、どう復讐してやろうかと言う考えにまで至った。

 


 そして私は、『匠の技』と言う登りが立った、金物屋に入っていた。

 


 夜の十一時。

 私はアパートの部屋の明かりを消して、静かに勇人が帰宅するのを待った。


 そして、鼻歌とともに歩いてくる足音が聞こえてきた……間違いなく勇人だった。

 私から巻き上げたお金でまた飲みに行っていたのだ。


 ――許せない。


 私はキッチンで腰を下ろし、彼がやってくるのをひたすら待った。

 そしてドアが乱暴に開かれた。


「おい! いねえのか!」

 帰ってくるなり、勇人は怒鳴った。

「どこにいる! 金を出せ!」


 よほど酔っているのか、千鳥足でリビングに向かいつつ、そこらへんに置いてある物を蹴り飛ばして暴れ始めた。


 ――いまだ!


 私は隠れていたキッチンから飛び出し、腰だめに構えた新品の包丁で、彼に突撃した。


 ザクッ!


「う、あ……」

 勇人は何が起こったのかわからない様子で振り向く。

 彼の腰には、先ほど買ってきた包丁が深く刺さっていた。


「あ、……ああ」


 隼人が苦悶めいた声をあげ、ばたりと倒れた。

 くらい室内でも分かる。倒れた隼人からどんどん血が流れ、血だまりが広がっていった。

 そして私はアパートを後にして走り出した。


 ――やった! やってやった!


 ついに私は復讐を遂げた、今まで我慢していたもの、絶えていたものが爆発して、その全てをあの勇人にたたきつけてやった。

 やったんだ。私はとうとう復讐に成功したんだ。


 私は急いで復讐組合に駆け込んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 夜の八時以降からは裏口へ入るように言われていたので、復讐組合の裏口に入る。

「どうされました?」


 私の姿を見て、待機していた組員が心配そうに駆け寄ってきた。

 気がつくと私の両手と服には血がべっとりと付いていた。靴下の裏にも。


「私、やりました。隼人に、復讐を果たしました」

「……そうですか」


 あまりの興奮に、どんどん息が荒くなっていく。


「落ち着いてください。いま専門の者を呼びますので」

「はい!」


 そして私は、やってきた法律専門のケースワーカーに全てを話し。

 私は復讐組合の元、保護される事となった――。



 私の行った行為は、ニュースで話題の一端になった。


『復讐法。また人を殺す』


 こういうケースは決して少なくないのだと、私は後に知った。

 組合に借り宿として住まわせてもらい、テレビのニュースで専門家らしき人物が解説しながらニュースについて語っている。


 そして私は転職し。復讐組合のひとりとなった……。



「私、私もう耐えられなくて……」

「そうですか、それはとても辛かったでしょう。わかります」


 むせび泣く中年の女性を優しい声で諭す。


「それでは組合に入るよう手続きを用意いたしますので、身分を証明できるもの、それと実印をご用意してください」

「……はい」


 その女性はバッグの中からマイナンバーと実印を出す。


「ではこの書類を読んでから、署名と印鑑を押してください」

 女性は涙で晴らした目をハンカチで拭きながら、私の出した書類に書き込み、ぐっと印鑑を押した。


「それではあなた様の身柄及び人権はこの復讐組合が保証します」


 私はその女性に告げ、もう安心してくださいと言った。


 そしてその晩、その女性は夫を殺したと言いながらこの復讐組合にやってきたと言う。

 そしてそれも、復讐法の一端としてニュースになった。


『復讐法、また殺人を正当化』

 

 この世はもう、復讐で人を殺しても正当化される時代になったのだ。

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SS復讐組合 石黒陣也 @SakaneTaiga

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