第2話 義妹とのぎこちない日常


「『倉井昴16歳』と。ええっと住所は――」


 俺はゲームをログアウトした後、早速とばかりにカラオケセロリの会員登録をしていた。少々面倒くさいが、登録すると20%OFFのクーポンをもらえるのは魅力的だ。


「騎士の血の誓い、ノンアルコールカクテル……トマトジュースベースか? うわ、750円って高っ!」


 ついでとばかりにコラボメニューを見てみれば、ゲーム内でおなじみの料理が色々と再現されていた。まるでゲームの世界から現実に飛び出したように感じてしまい、眺めているだけでもテンションが上がる。

 だがこういったものの常として、見栄えは良いけれど値段は高い。


 これらにカラオケ利用代金とコラボフードのお金を払えば、結構な額になるだろう。話の種になるとは言え、高校生のお小遣い事情では少々厳しい。だけどせっかく行くのだから色々注文してみたい。そう考えるとやはり、20%OFFは外せない。


 フィーリアさんなら、どれを注文するだろうか?

 メニューを眺めながらそんなことを考えるだけでも楽しい気分になる。ともかく、ずっとゲームだけの付き合いだった親友とリアルで会うのが、すごく楽しみだった。




◇◇◇



 

 くぅ、と情けない腹の音が部屋に響く。気づけば小一時間ほど経過していた。

 それだけ熱中してコラボメニューに見入ってしまい、食べ物を見ていたせいで小腹も空いてきてしまった。お茶でも飲んで誤魔化そうと思いリビングへと降りる。冷蔵庫から作り置きの麦茶を取り出しコップに注ぐ。その時だった。


「……ぁ」

「……平折」


 丁度麦茶を注ぎ終えると同時に、もさもさっとした小柄な女の子と鉢合わせた。

 狼狽える彼女の姿はぼさぼさした長い髪に野暮ったいジャージ姿。一応彼女の名誉の為に言えば、普段はキチンとしている。

 規則通りに学校の制服を折り目正しく着こなして、お堅い優等生といった印象か。キチンとし過ぎていて、垢抜けてはいないのは、まぁ正直なところ否定はできない。


 彼女は倉井平折――俺の義妹にあたる女の子だ。

 5年前、中学に上がると同時に家族になった――父の再婚相手の連れ子である。義妹と言っても歳は3ヶ月しか離れておらず、学年も一緒だったりする。何とも不思議な間柄だ。


「……あーその、平折も飲むか?」

「……っ」


 そう問いかけるも、ビクリと身体を震わせ、どこかオドオドとされてしまう。一応平折も何かを話そうとするのだが、喉に言葉が引っかかっている様子。何とも言えない空気が横たわる。はぁ、と自嘲気味なため息が漏れた。


 お察しの通り、俺と平折の仲は良好と言えない。没交渉という言葉がしっくりくるだろう。


「「……」」


 暫く待ってみるも反応はなく、平折は俯き、どこか居心地悪そうにしているままである。だから俺は早々に冷蔵庫へ麦茶を仕舞い、コップと共に部屋に戻ろうとした。そして俺と入れ替わるようにして、平折は「ぁ」と小さな声を出し、一瞬迷いを見せたものの冷蔵庫に向かって麦茶を取り出す。コップに注ぐ背中は丸まり申し訳なさそうだ。


 完全に意思疎通の失敗だった。

 その表情からは、決して俺を毛嫌いしているというわけではない……とは思う。平折は耳まで赤くて、時々こちらをチラチラ見ては、すぐに目を逸らして俯く。お互いになんとも気まずい顔をしているのがわかる。いつもの似たようなやり取りと言えば、それまでだ。


 仲が悪いというわけではない。だが決して良いとも言えない。

 距離を詰めるきっかけを掴めぬまま、今の様な微妙な関係になってしまっていた。

もう少し打ち解けられたら……そんな事を考えながら階段を登る。そしてもやもやとし始めた胸の内を飲み込むように麦茶をあおり、部屋に戻った時には、コップは既に空になっていた。


 空になったコップを眺めていると、ふとフィーリアさんの顔が思い浮かぶ。


 ――オフ会で出会ったとき、平折の事を相談してみるのはありだろうか?


 正直なところ、学校の友達に平折の事を相談するのは憚られる。当たり前だ、そもそも学校では義兄妹ということは秘密にしている。かといって、ゲームのプレイ中にそんな重い話をするのも何か違う。

 しかしフィーリアさんとはゲーム内とは言え、今まで親友と思えるほどの関係を築いてきている。ちょっとした話題の種に、あまり話さないとどうしたものかと聞いてみるのは悪くないんじゃないだろうか?


 たとえ何か良い案が返ってこなくても、話すだけでもスッキリしそうだ。持ち掛けられた方は堪ったものじゃないかもしれないが、そこは笑って流してもらおう。

 俺は俄然、フィーリアさんと会う日が楽しみになってきた。



 パタン。


 そんな事を考えていると、一拍遅れて隣平折の部屋の扉が閉まる音が聞こえた。


「~~~~♪」


 機嫌の良さそうな鼻歌が聞こえてくる。案外壁が薄いなと顔をしかめつつも、それはとても珍しい事だった。何か良いことがあったのだろうか?

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