会話もしない連れ子の妹が、長年一緒にバカやってきたネトゲのフレだった【web版】

雲雀湯@てんびんアニメ化企画進行中

第1章 ネトゲのフレが義妹だった件

第1話 約束


『ん~、静かだね』

『あぁ』


 紅く染まった夕暮れの海岸線、東の空には一番星、響くさざ波は耳にも心地よい。周囲に人気はなく、デートするには上々のシチュエーション。


隣に居るのは、水色の髪の小柄な女の子。肩がむき出しの小袖に、大正時代の女学生みたいな橙色の袴、手には杖。それとピンと立ったふかふかの耳と尻尾が強く目を惹く。

 一言で言えばその子は和風の狐耳っ娘の魔法使いの美少女だった。


『静か過ぎて目当ての奴も湧かねー! 課金のドロップアップアイテムも使っているっていうのにクソだー! ぐぎぎ……っ』

『おいおい、さっき倒したばかりだろ』

『くぅーっ! 私ちょっと運営に抗議メール送るってくる! ついでにアバターのパンツだけの部位も実装してくれって訴えてくる!』

『聞いてくれるわけないだろう、あほか』


 可愛らしい容姿とは裏腹に、飛び出す言葉は汚らしい。手もバタバタ振り回し、足は地団駄、チッと舌打ちし、全身で不機嫌をアピールしている。はっきり言って残念な姿と言えた。


 そんな彼女をやれやれと肩を竦めて眺めている俺は、鱗片鎧に大きな戦斧という物々しい姿。そこにはデートとか甘ったるい雰囲気は微塵もなかった。

 彼女はフィーリアさん。日々の会話から察するに、多分俺と同じ高校生。


 俺たちはFind Chronicle Online通称FCO、いわゆるMMORPGネトゲをプレイしていた。

 現在フィーリアさんとは目的の素材集めをしながら雑談しているところだ。


『そういや、このアバターどうさ?』

『フィーさんにしてはスカート長いな』

『それな! たまには足が隠れるのも風情かなぁってさ。太もももいいけど二の腕と背中も良いもんだね、うんうん。ご飯3杯はいける』

『……変なところで拘りあるよな』


 フィーリアさんはキャラのコーデをあれこれ可愛らしく弄るのが好きだ。よく『こんな短いの穿いてるやつとか現実じゃぜってーいねーし! ほら、パンツ丸見えじゃん!』などと言いながら、俺のところにも見せにきたりもする。

 今も『背中と二の腕を晒してるからはうなじを見せるのは外せない……髪型変えるかな?』と言って、コーデにご執心だ。割と言動や気にするところがおっさん臭いことも多い。


 そんなこんなで、フィーリアさんともゲームで出会ってかれこれ3年近く。

 たまたま同時期に始めた俺たちは、それからというものここまで一緒にやってきた。ゲーム内で頑張って上位の成績を収めたこともある。実際に会ったことはないけれど、親友とさえ思っている。いや、どちらかと言えば悪友か?

 中の人が男か女かすらわからない。だけど一緒に居て楽しいし、それは些細な問題だと思う。そもそも相手の本名も住んでいる場所もわからない。そんなゲーム内だけの関係。


 知っているのは学生ということと、アロマキャンドルが好きという事くらい。まるで女の子みたいな趣味だな、と言ったら『悪いかよ』と不貞腐れられたこともあったっけか。


『そういえばクライス君、このゲームとカラオケセロリがコラボするって聞いた? ゲーム内の食事が再現されるとか』

『へぇ、どれどれ。あ、公式にも出てる。竜王ファブニールの瞳コロッケ……なんだこれ?』

『街ゴブリンが作る生ハムとクラーケンのから揚げ、これ気にならね?』

『うわ、盛り付け汚っ! でも逆にそこが気になるわっ!』


 カラオケセロリはアニソン等に力を入れるカラオケグループだ。オフ会とかでも会場に使われると聞く。生憎と俺は行ったことはないが、名前だけはよく聞いて知っている。


『あー、私も一度は行ってみたいなー!』

『そういえば俺んの近くの駅前にあったっけか……お、今週末から開始だ』

『えぇっ、うそ!? いいなぁ、うちは地方都市だから……あ、初瀬谷店やってる~!』

『初瀬谷?』


 聞き覚えのある言葉に思わずビクリと肩が跳ねる。通学でも使っている駅名がそれだったからだ。まさかと思い、チャットを打つ手に熱がこもる。


『そそ、うちの最寄駅なんだ。でもさすがに私も1人でカラオケってちょっと敷居が――』

『マジか!? 俺も初瀬谷なんだ!』

『…………えっ、クライス君そうなの?』

『なんだよ、家近くなのか。ならさ、週末一緒に行かないか?』


 予期せぬ偶然の驚きから興奮して、思わずそんな風に誘ってしまっていた。

 ……フィーリアさんの大きな瞳が揺れる。画面から流れてくるさざ波の環境音がやたらと大きい。2分……そして3分。チャットですぐに返事が来ないことは多い。

 だけどその僅かな時間は、俺の頭が冷えるには十分だった。


――踏み込みすぎたか?


 ゲームはゲーム、リアルはリアルとはっきり線引きするタイプの人がいる。

 フィーリアさんもゲーム内の関係はそこだけで完結させたい人なのかもしれない。

 そう思い直し、『悪い、忘れてk』とまで打ち込んだときのことだった。


『いやぁ、なんて言いますかですね。私ってゲームとリアルじゃ印象全然違うんですよ』

『うん?』


 何故か急に敬語になった。それにそこは気にするような所なのだろうか?

 俺はむしろいつもフェチ気味な濃ゆい会話をしているところから、中の人がおっさんだとしても驚きはしないが――……あ、なるほど。学生と言っていたけど、もしかしたら年齢詐称していて社会人なのかもしれないのか。


『でも中身はフィーリアさんには変わりはないっしょ? まぁ無理なら別にいいけど』

『う~ん、実際会って変な顔されると考えちゃうとねー』

『はは、しないってば』

『ならいいけど……って、湧いた!』

『お?』


 そして目の前からやたらと首が長い巨大な亀がポップした。こいつの落とす甲羅が目当てのドロップ品だ。

『【雷光閃ライトニング】! って、ぎゃー! こっち来たー!』

『おいおい、俺がタゲ取る前に攻撃すんなって!』


 待ちきれないとばかりに攻撃を開始するフィーリアさん。慌ててフォローをして戦況を立て直す俺。何度もやり取りした光景だ。予定調和的なやり取りで、こういうところがやたらと楽しい。だからきっとリアルでもいい親友になれる。


 この時の俺はそう思っていた。

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