第26話

「何故、私が硲の森を色づかせた、氷結魔法を使える少女を探していたか分かるか?」

「お好きだからでしょう?」

「その理由だ」

「理由?」


 一度会っただけの相手を好きになりずっと思い続けるだなんてよほどその一度が劇的な出会いだったのだろう。それは想像がつくがその理由などエリーゼには想像もつかない。少し考えて「わかりません」と、そう言えば、プロチウムはその時のことを話してくれた。正確には、少し前、プロチウムが硲の森に足を踏み入れた理由からだ。


「エリーゼ嬢は、私が何故魔導師のクレヌを名乗っているか知っているか?」

「いえ……。あ、でも、以前マグネ様が教えてくださいました。魔導師の方はほとんどが自分の興味で魔導師になると。でも、そうじゃなく強要される方もいると仰ってました。クレヌ様もそのうちのお一人だと」


 そのエリーゼの言葉にクレヌは頷いた。


 プロチウム第一王子は、生まれつき魔導師としての資質が豊かでその才能は言葉を覚えるごとに成長を遂げ、五歳の頃には他の魔導師などは比較にならないほどの実力を有した。だがこの国、いや、世界的に有事の際には魔導師の軍事参加は必須。それが軍属であるか否かは問わずだ。だからこそ、次期国王になり得るプロチウムが魔導師として名を轟かせることは、他国との情勢を鑑みても、王家としては許せることではなかった。一方で、プロチウムの才能をなきものにすることを反対した軍部。その競り合いはプロチウムが七歳の時まで平行線を描いたが、一気に変化することになる。


「私が七歳の時、隣国との関係が急激に悪化した。隣国の魔導師軍はうちの国より結束も実力も強かった。攻め入られるとなった時に父上が折れたんだ」


 その条件が、『プロチウムのままでは魔導師とは認められない、魔導師として容姿を変えて名も変えること』だった。


「そうして訳も分からないまま戦に駆り出されて、良いように軍に使われてどれだけの相手の魔導師を殺したかは分からない。加減を知らない当時の私の魔法はさぞかし恐ろしい兵器だっただろうな」


 自国の勝利で戦が終わり、プロチウムとして生活するも、軍からの要求は続く。稀代の天才クレヌの名前は国内だけでなく他国へと轟き、もはやその存在をないものとすることはできず、プロチウムとクレヌの二重生活を余儀なくされた。


「後で自分がしでかしたことの重大さに気付いて、もう魔導師として魔法を使うのは嫌になった。元々好きで得た力でないのにこんなに罪悪感にさいなまれるなんて、神を何度憎んだことか」


 そうして、もっと軍の魔導師として魔法を使いこなすようにノアレ領で軍の監視のもと嫌々ながら魔法漬けの日々を送っていたプロチウム。そんな日々に嫌気がさしある時領地を飛びだした。逃げた先は硲の森。その奥まで逃げ込むと泣いている女の子がいた。


「『あのね、この子ね、もう動かないの』と言って、ウサギの墓の前で泣いていたよ。帰り道が分からないって言っていた。その墓には種が添えられていて、その種を咲かせてあげたら『すごい』って言ってくれたんだよ」


 『魔法は野蛮』それが古くから言われる社会通念で、実際プロチウムもそう思っていた。訳も分からず軍に従って使った己の魔法を野蛮と言わずになんという。そして、そんな魔法を使った自分も『野蛮』だと思った。それなのに、目の前の少女は「すごい!! 魔法使いだ!」と目を輝かせたのだ。


「正直、あの時、私は魔法など消えればいいと思っていたし、そんな野蛮なものを使う私自身許せなかった。クレヌとしてしでかしたことも、これからしなければならないことを考えると、とても、自分の半身を受け入れることなんてできないと思っていた。でも、あの時私の魔法を見たあなたは『こんなに素敵なのに! ウサギさんも喜ぶよ! 私も嬉しい! もっとできる!?』って、私の魔法を素敵だと言ってくれた」

「だって、あの時は本当にすごいと思ったもの!」


 エリーゼは少々ムキになったようにプロチウムに言った。それが硲の森で会った少女がエリーゼであるという何よりの証拠。


「それは、私に対してもクレヌに対してもそうだったね。魔法が大好きで魔導師は同志だと言ってくれた。初めてアブソリュート邸で会ったときにそう言われて、あなたに好感を抱いたのは間違いない。もし、硲の森で会った少女が見つからなければ、このままあなたを、と思いもした」


 プロチウムの右手がエリーゼの頬に添えられた。


「十年前、受け入れられなかったもう一人の自分を認められたのはあなたのおかげだ。それから、軍に利用されないように、軍が望む以上に力もつけた。プロチウムとして外交に力を注ぐのも戦が起らないようにするためだ。自分の境遇を嘆かずに思考を変換できたのは、全て、次にあなたに会ったときに胸を張って名乗れるようにだ。後ろめたいことなどないように」


 プロチウムはそう言うと再び種を取り出し花を咲かせた。


「あなたが私の魔法で笑ってくれるのなら、今まで頑張った甲斐があったというものなのですが、エリーゼ嬢」

「で、でも、私はプロチウム殿下もクレヌ様もどちらも気になって……、中途半端で」


 エリーゼが気まずそうに言うと、逆にプロチウムは笑い出した。


「なら簡単だ、そのまま私たちを選んでくれればいい。むしろ、願ってもないことだ」


 プロチウムは花をエリーゼに手渡すと、落ち着いた優しい声音で言った。


「あなたが好きだ」


 花を受け取ったまま握りしめ、顔が今までにないくらい熱くなるのが分かる。顔などとても上げられない、あげてプロチウムの顔を見たら卒倒してしまいそうだ。そう恥ずかしさと嬉しさに耐えていると、プロチウムの驚きの声のすぐあとに笑いが起きた。

 そして、エリーゼの頬と指先をひんやりした空気がかすめたのだ。

 足元を見れば白く霜が降り、顔をあげて見渡せば一面の銀世界。十年前と寸分たがわぬその光景にエリーゼは息をのんだ。


「うそ……」

「感情が昂ると変化するんですかね? まあ、これを見て答えは分かるけど、肝心なことはあなたの口から聞きたい」


 エリーゼを立たせたプロチウム。寒さで身震いしたエリーゼを引き寄せ胸に収めると「ほら、早く」と笑いながら急かした。


「お、お慕いしております」

「それは臣下として?」

「違います! どうしてそんな意地悪を仰るの!? プロチウム殿下とクレヌ様が同一人物だと分かってから好きになってはいけないと、我慢していたのに……」


 少しだけ、寒いからとプロチウムの胸に顔を埋めたエリーゼ。そんなエリーゼを抱きしめて、プロチウムは耳元で囁いた。


「分かりました。もうそれで十分ですから顔をあげて?」


 エリーゼが顔をあげれば、近づくプロチウムの顔。


 そこでエリーゼは思わず迫ってくるプロチウムの口元に自分から顔をぶつけにいった。正確には、おでこだが。


「――つ!? エリーゼ嬢?」


 思わず口元を押さえたプロチウムが驚愕した声を発した。


「ま、まま、待ってください! 待ちましょう殿下!」

「……何か、気に障ることでも?」

「ち、違います……!その、確かに殿下もクレヌ様も、お慕いしておりますが、その、何というか……。そう、プロチウム殿下とは、これが二度目なんですよお会いするの!!」


 プロチウムはこの十年間探し続けてきただろうが、エリーゼはそうじゃない。ずっと相手を女の子と思い込み友達になりたいと思っていたのだから。


「だ、だからこう、何といいますか。もうちょっとこう、適度な距離間というのがあると思うんですよ!」


 おでこを赤くしたエリーゼは、片手で口元を押さえているプロチウムから距離をとった。

 気づけば周囲の氷はすでに溶け、硲の森はいつも通りの緑を茂らせている。


「プロチウム殿下もクレヌ様も、距離感近すぎですーー!!!!」


 そう言ってエリーゼは脱兎のごとく逃げだした。


「エリーゼ嬢!? 徒歩で森の縦断は無理だ! というか、何故そんなところをご友人に倣うんだ!?」


 プロチウムが言う友人とは間違いなくフリーネイリスの事だ。そりゃ、エリーゼだって、フリーネイリスのマグネに対する態度には大層驚いたしあり得ないと思ったものだ。


(ごめんねフリーネ! 今なら貴女の気持ち良く分かるわ!!)


 そう必死で走っていたエリーゼだが、馬に勝てるわけもなく、あっけなくプロチウムに拾われて大人しく馬に乗せられ、逃がさないとばかりガッチリ腰を抱えられてしまった。


「うう……。この距離も近い……」

「まあ、婚約を破棄することもないから、慣れてくれ」

「……婚約破棄をしないんですか?」

「何故する必要があると思うんだ?」

「だって、このままプロチウム殿下と婚約が継続されたら、私……、まさか……! い、今のところ、王位はプロチウム殿下がお継ぎになるのですよね?」

「ああ。あなたは王妃――」

「無理ですって! そんなのーー!!」


 エリーゼの叫びが硲の森に響き渡った。

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