第24話

 翌日、折角ストーンレイクに来たのだから、とイープ細工の工房を見学させてもらった。朝早いわけでもないのにエリーゼの隣でクレヌは非常に眠そうにしている。欠伸を噛み殺して平静を保とうとしているが、目の下にうっすらクマ。


(まさか、昨日寝てないんじゃ……)


 そう思えば、ついに欠伸をしたクレヌがバツが悪そうにエリーゼを見てきた。


「折角イープ細工を作っているところを見させてくれるのに、欠伸していたら駄目ですよ。それにしても……、昨夜はよく寝ていたんじゃなかったんですか?」

「……まあ、そこそこは」


 そこそこってなんだ。そう突っ込みそうになったものの、気まずそうにしているクレヌに少し満足したエリーゼは、工房の中を見回した。


 イープ細工は別名『錬金細工』ともいわれる。原料であるイープの木から金細工を作り出すのでそう呼ばれているのだ。大昔は、イープ細工職人を錬金術師に含めることもあったそうだ。

 原料のイープという木を硲の森から流れてくる水に浸水し、ふやけたところで原料となる部分を取り出す。一人では手がまわせない太さのイープの幹から採れる原料となる部分は大きくても握り拳程度。小さいと小指の先ほどのサイズになる。さらに工具草と言われる植物を使って柔らかくして可塑性を持たせたところで手早く繊細な彫刻を施したり伸展させて糸のような造形を作りだす。そして、固めて焼くと金へと変換される。その工程で大きさはより小さくなり、またタイミングを誤ると金ではなく石に変換されてしまうため、イープ細工は非常に難しく貴重なのだ。


 エリーゼは達が見たのは、イープの木を浸水させ原料部分を取り出す工程。運が良かったのか、取り出せたのはエリーゼの握り拳サイズ。心なしか説明する工場の主も嬉しそうだった。

 取り出した原料部分を、工具草と言われる植物たちと箱に入れるところまで見て、後は細工職人を後ろから見学させてもらった。

 手で伸ばして折りたたむことを繰り返して出来る絹のような線は切れてしまいそうなほどに繊細だ。


「まあ! 吹いたら飛んでいきそうだわ」

「焼く前は柔らかいんだから変に騒いだら駄目だよ」


 行程の中に工具草が出てきてからエリーゼの興味はイープ細工そのものよりも、イープを加工する過程で使われる植物に移ってしまった。遠目から見て「あれ何かしら……」と、探るように見るのは一見学者の姿じゃない。どこかのスパイのようだ。そんなエリーゼが見学を終えて工場を出ると、説明してくれていた主人に声をかけられた。


「お客さん、ちょっと」


 人の良さそうな笑みを湛える主人は、エリーゼに袋を手渡した。


「これなんですか?」

「いや、あまりにも熱心に工具草を見ているから最初はどこかの村か工場か、はたまた役人の調査かと思ったんだけど」

「え、違いますよ!」

「そうだろうね、だからほらこれをあげるよ」


 袋の中にはさらに小さい袋がいくつか入っており、その一つを開けると黒い小さい粒が入っている。


「イープ細工に使う工具草の種だよ」

「まあ! これを下さるのですか!?」

「ああ、興味があるんだろう」

「はい! ありがとうございます!」


 喜ぶエリーゼとは対照的に、クレヌは表情をこわばらせた。


「……イープ細工に使う工具草もかなり貴重なはずですが、その種をわざわざくださるのですか? 一介の見学者に?」

「いやあ、お嬢様でしたら、いい勉強になると思いまして……」


 クレヌの問いに頭をかき答えた主人。それでは納得しないクレヌの威圧感に背筋を伸ばし、一度丁寧に会釈をした。


「我々イープ細工職人は植物とは切っても切り離せません。ましてや、硲の森の水を使いますんで、管理しているアブソリュート伯爵とはお会いすることが多々あるのですよ。その時に、お嬢様をお見かけしたこともございます。まさか、ここに魔導師お一人の護衛で来るとは思いもしなかったので、王都にあるアブソリュート家に問い合わさせていただきましたら、クレヌ様とノアレ領に行かれている途中だと伺いました。それで――」

「待ってください! 王都のアブソリュート邸に問い合わせたんですか!? お母様に!?」

「え、ええ。あ、でも、お出になられたのは、マギ殿という方で――」

「マギにバレたらお母様直通だわ!!」


 正体が知られた挙句、母親の耳に確実に入った。ともなれば、王都から追加の護衛やらメイドが手配されて気ままに旅などできやしない。


「折角ここまで来られたのに……」


 もらった袋を握りしめたまま意気消沈するエリーゼに、工房の主人はまずいことをしでかしたかと青ざめた。


「ご主人、お気になさらず。もしも、アブソリュートの使いの人間がここに来たらこうお伝えを、『先にノアレに向かいます』と」


 そう言うとクレヌはエリーゼの手を引きさっさと工房を後にした。

 そして昨日乗って来た馬にエリーゼを乗せると、クレヌも飛び乗った。


「あの、クレヌ様? どちらに?」

「どちらにって、それはもちろんノアレ領です。硲の森を抜ければすぐですからね」

「でも、身分がバレたら――」

「王都からここまですぐになんてこられませんよ。それを待っている必要もありません。このまま行きます。それとも、私と二人はもうお嫌ですか? それとも、プロチウム殿下のもとに行きたくないとか……」


 クレヌの両腕にすっぽり挟まれていたエリーゼ。そのエリーゼを覗き込むクレヌの顔はどことなく不安げだ。何を今更そんな不安に思うことがあるのかと疑問だが、一昨日フィルスカレントで、「プロチウムの婚約者を引き受けるんじゃなかった」とこぼしたことを思い出した。


「私はクレヌ様と一緒の旅を嫌だと思ったことなんてないですよ? それに、プロチウム殿下にも早くお会いしたいです」


 そう言うと、クレヌの表情が和らいだ。


「なら行きます、落ちないでくださいよ!」

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