第2話 遠い国の王子様

 うちの家系は映画の中に出てきそうな美男子美女ばっかりだ。

 若い頃は世界でも有数の美男子だったらしいお父様(今は肥えて見る影もないけど……)の子供なんだから、当たり前なんだろうけ。


 だけど、家柄と同じように上には上がいるってことがよく分かった。


 ジュリオ王子、中央からやってきた来訪者。

 中央王族の代名詞、輝く金色の髪と類い希な容姿。

 だけど、柔らかく微笑む貴公子みたいなタイプじゃなくて、触れたら怪我をしそうなほど鋭い雰囲気を全身からみなぎらせている。


 まだ雪溶けの季節まっさかり。 

 外は寒いのに、あの人は季節感を無視した薄着のまま。


「ジュリオ王子! 歓迎会のご用意が……」

「歓迎はいらない、そう事前に伝えていたはずだ」

「しかし、相当な長旅であったと聞いております。旅の疲れを癒すためにも……そうだ、――ジュリオ王子も耳にしたことがあるのでは? わが国ヴァイナルダムの海産物、特に雪溶けの魚は絶品ですので」


 思わずまじまじと見てしまう。

 長男ベラミー、次男ルイス、三男セスク、そして私の可愛い弟、四男ルカスが、ジュリオ王子の後ろに続いている。

 盛んにジュリオ王子に喋りかけているのは長男のベラミーお兄様だ。


「ベラミー・ヴァイナルダム。俺が北部にやってきた理由は、お前たちが黄泉の森と呼ぶ魔境に現れた魔物の討伐。ここで無駄足を喰っている暇はない」


 歓迎会の準備に数日前から、うちの使用人は大忙しだった。

 けれど、すぐに遠方へ出発しようとするジュリオ王子に戸惑っているお兄様たち。

 お兄様達があたふたしている姿を見るのは珍しいこと。

 北部国家ヴァイナルダムは大国、国王じゃなくても王子が持っている権力は大きい。


「北部ヴァイナルダムの豪族が手を焼く魔物、俺の力を試すには打ってつけだ」


 大陸に存在する5つの巨大な国々。

 我が家はその内の一つ、北部に位置する巨大国家ヴァイナルダム。

 しかし、嘗ての戦争で覇権を取った中央国家シンクレアと比較すると、我が家の格が一つ下がるらしい。底辺王族である私が詳しい話を知った所でって感じで、あんまり興味はないのだけど、お兄様達の態度を見る限りそうなんだろう。


「しかし、ジュリオ王子。到着と同時に出発なんて、急すぎます。少なくとも、同行する我らの準備というものが……」


 長男ベラミーが次男や三男にそう呼びかける。

 だけど、まごまごしているお兄様たちを押しのけて、ジュリオ王子の横に並ぶ人がいた。

 

「ジュリオ王子! 私はお供いたしますわ! 行きましょう、黄泉の森へ!」


 結婚願望が極度に強い……カミーラお姉さまだった。 



 

 中央からやってきたジュリオ王子のお陰で兄姉たちが北部に向かった。

 私は勿論、置いてきぼり。

 でも、いやな気持になんかなりません。


 これで少しの間、平穏な毎日を送ることが出来るからね。

 特にカミーラお姉さまがいないのは大きい。あの人、普段は魔物狩りなんて興味も示さないのに……恋の力ってのは凄いものだ。


 ジュリオ王子が北部にやってきてからというもの、我が家はどこかいつもと違う浮ついた空気が流れていた。

 使用人たちはジュリオ王子の余りに美しさにため息を漏らしているし。

 確かに氷像のような外見と言われる北部国家ヴァイナルダムの人間と、夏のように明るいシンクレアの王族、黄金の髪を持つジュリオ王子の姿は太陽と月みたいなものだと私も思う。


 だけど、私にとってジュリオ王子は無価値。

 私の人生とは何も関わりがない人だから、気にも留めていなかった。

 

「アレニャお嬢様、書庫の整理なんて私たちがやりますのに――」


 それよりも私はこっちだ。

 今なら、思う存分魔法の練習が出来る!


 お姉さまたちがいない間。

 いつも私のことを不憫に思っているらしい使用人たちからは、書庫の整理なんかしなくてもいいと言ってくれるけど、これは私が好き好んでやっているだけ。


「いいの。カミーラお姉さまから頼まれたのは私」


「しかし……アレニャ様に掃除をさせたなんて国王様に知られたら……」


「いいよ。皆もジュリオ王子の歓迎会に向けてこれから忙しくなるでしょ? それにお父様は私のことなんか気にもしてないよ。皆も知ってる通り」


 私は書庫に入り浸る毎日だ。

 薄暗い地下、王城の古めかしい古書を収めた場所で一人になりたかった。


 地下書物には、何て書いてあるかも分からない大昔の歴史書で埋まっている。

 最近の物だと、お父様が大活躍したらしい嘗ての戦争を分析した資料があるぐらいかな。昔は古書や嘗ての戦争を記した書物を読み漁っていた時期もあったけど、こんなものを読んでも何にもならないって知ったら、やめた。


 今は、魔法の練習場所として重宝しているんだ。

 集中、集中。


「カチカチ凍る。氷の世界アイスワールド


 この書庫は私だけの秘密の練習場。

 尊い血は半分しかないけれど、ヴァイナルダムの王族としての力は私にもしっかりと受け継がれているんだ。


 この書庫の中にある本は歴史的に見ても貴重なものばかりらしい。

 私からすれば読めない本に何の意味があるんだって思うけど、ここにある本は魔法の練習に打ってつけだったりするんだ。


「例えばこの一冊がそうよね。暗黙の祈祷書なんか、並の魔法じゃ弾かれちゃうもん」


 貴重な本には刻まれている情報が失われないように、魔法がかけられている。


 私の魔法の練習は、強い魔法抵抗の力を持つ古書を凍らせると言うものだ。


 北部国家ヴァイナルダムの王族は昔から氷を操る力を持っている。

 魔物狩りに向かったお兄様たちは氷の魔法を剣として操ったり、吹雪を生み出して戦っている。だけど、私は違う。


「目標は高く。生き物を氷漬けにしようとしてるなんて……家族に知られたら私は破滅ね……」


 熱を発し続ける、生き物を凍らすことは非常に難しい。

 特に人間を凍らすことができた魔法使いは長い多くの歴史を見ても数える位しかいないらしい。


 私は将来を考えて自分の魔法、特に威力を高め続けることだけを考えている。

 書庫で練習を始めたばっかりのころは、この地下書庫にある本を氷漬けにすることは出来なかった。

 けれど少しずつ、努力を重ねて今は――。


「氷女神の吐息」


 詠唱の一言で書庫の大半を閉める本棚が氷に包まれる。

 この書庫に収められている古書は並大抵の代物じゃない。

 強力な魔法によって壊されないよう保護されている。

 だけど、今は。全てが凍っている。


「……お兄様よりも、お姉さまにも、魔法なら誰にも負けないんだから」


 この練習風景は絶対に誰にも見られてはいけない。

 魔物討伐に行ったお姉様や兄様たちよりも私の方が才能を受け継いでいるなんて知られたらもう人生終わり。


「……家族と仲良くなんて、もう諦めてる」


 もっともっと小さい頃はそんな未来を夢見たこともあったけど、この世界はそれほど単純じゃない。

 結局は血の尊さとかそういうのが一番、重要。


「上出来ね。今なら傭兵にでもなれる気がするわ」


 私に頼れる人はいない。

 自分の力だけが、重要だ。

 お父様が死んだら、私を守ってくれる人はいなくなるのだから。


 この世の真理に気付いてからは、寝る間を惜しんで練習した日々。

 そのお陰で、私は確かな魔法への自信を手にしていた。


「―――――アレニャ様、アレニャ様! ご家族様がお帰りになられます!」


「……え、うそ!? もう帰ってきたの!??」


 けれど私の幸せの時間はすぐに過ぎ去ってしまった。

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