第七章 代表決定戦が始まる

 メダルレースの選手たちはヨットハウスに集まった。

「みなさん、首位のチームに対して抗議がありました。今回セーリング協会会

長、および日本の審判代表としてとして、そのクレームを受けいれます」

 日本セーリング協会会長と自分を紹介した老人が話し出した。

「一位のチームは制限海域を出て航海したとみなします」

「よって失格とします」

「質問、意見を受け付けます」

「そんな事実はありません」

 私は手を上げた

「審判団のボートもすぐ近くにいました。レース中にはなんのコールもありま

せん」

「審判員は警告しています。あなた達がそれに従わなかった」

「そんなフラッグは見たことがありません」

「そもそも海域を出ていない」

「エクスキューズミー」

 長身の白人が手を上げた。ブルーのノルウェイ国旗を付けたポロシャツを着ている。

「どうぞ」

「私達も彼女たちと同じコースをとっていました。私達も違反なのですか?」

「え、いいえ...え?」

 会長がいいよどむ。

 その男は流暢な日本語で続けた

「私たちのチームも同じコースをとっています。警告も見ていません」

「私たちが間違っているというのか?」

「これは国際レースです。公正なジャッジがなされるべきだ」

「あなた達は問題ありません」

 会長が断言する。

「他に質問は?」

 男性は英語で他の審判団のメンバーに何か話している。

「これで裁定は最終結論とします」

 会長が打ち切ろうとした。

「ノット・イェット」

 外国人の審査団が遮る。会長の顔に赤みがました。

「我々は、ルール違反はないと考えます」

 通訳がその言葉を伝えた。


「審判団でもめだしたぞ」

 マリが他人事のように言う。

「マリさん、そんな呑気なこと言っていていいんですか?私達のことなんです

よ?」

「あれ、アンの親父だろ?」

 国際審判団と熱心に話し込んでいる男性を指して言った。

「そうなんですけど…どうして」

「なら、大丈夫だよ」


「今回のワールドは各国のオリンピック代表決定に大きな影響を与えます」

 国際審判団がマイクを取った。通訳の声が大きく響く。

「このレースは各国のオリンピック代表選定に大きな影響があります。そのた

め、IOCも強い関心が寄せています」

「ヨットレースはフェアなスポーツでなければなりません。それが我々の根幹

であるべきです」

「今回の裁定はIOC、国際セーリング協会、そして開催国の日本セーリング

協会での協議とし、明朝までに結論を出します」

「選手の皆さんは退場して結構です」


 結局私達が開放されたのは夜の十時近かった。昼間のレースの疲れもあって、私達の足取りは重かった。とにかく、そのままホテルへ向かうことにした。

「じゃあ、明日は七時に一階のレストランで落ち合おう」

マリがいう。

「わかりました。あれ、どうなるんでしょうね」

「IOCとやらも出てきたからね」

「やっぱり、わたし出たいです。ちょっと欲が出てきちゃいました」

「そうだよな。精一杯やりました、だから満足です、なんてね。そんな単純な

問題じゃないよな」

「他にできることってないのですか」

「結果なんて言うものはずっと前に種がまかれているんだよ」

「マリさんのいいていた、ほら、ギュゲスの指輪ってやつの話ですか?」

「そうじゃないさ。ほら、お前の父さんが頑張ってたじゃないか」

「それもちょっと、なんか、見慣れないもの見るみたいです。なにか新しいセ

ーターみたいに、首んとこがチクチクします」

「あたしなんか借金で首が回らんさ」

「あはは」

 ちょっと笑ってみせた。日に焼けたマリの頬にもシワが走る。

「今日はもう寝よう」

「そうですね。もう彼らに任せるしか無いですよね」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

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