第三章 片浜ヨットクラブ
翌日は六時に目がさめた。西の空を眺める。ヨット競技を長いことやって
いると、気象を読もうとする癖がつく。今日は安定した良い天気になりそうだ。
さぁて、何を着よう。マリのヨットクラブは子供向け教室をやっている。スクールが終わる頃が良いだろうな、Tシャツを選びながら悩む。
「あーあ」
ソファに座り込んだ。まだ朝だぞ。どうして、こんなに人の気持ちばっかり考えるんだろう。この性格、うんざりする。
口笛を吹くみたいにため息を吐き出す。とりあえず朝食だな、冷蔵庫を開けた。
結局、午後を回ったあたりに尋ねることにした。
ヨットクラブへの道は下り坂だ。舗装もされてない細い道に入り口が面している。
そっと中を覗く。エントランスから敷地の中が見えた。クラブの裏庭部分にコンクリで舗装されたスペースがある。周囲は、工事現場のようなパイプラックに囲まれている。そのラックの上には行儀よくディンギー(小型のヨットのこと)が載せられている。
小柄な女性がホースで船体を洗っている。マリだ。声をかけようと息を吸い込んだ。彼女がいきなり振り返った。まっすぐな目の光。心臓を直接たたかれたような痛みがした。
「来たわね」
「お邪魔じゃないですか?」
「気にしないで。いつも暇なのよ。」
「先生、さよなら」
ヨットスクールが終わった時間だ。
「また来週ね」
マリがホース片手に子供達に声をかける。
ラックに載せられているディンギーのほとんどが子供達の練習艇だ。マストを抜き、セールを抜く。舵も外す。それぞれのパーツにホースで水を注ぐ。染み付いた海水を洗い落とさないと固まってしまうのだ。その上で、白い船体は、フォークリフトをつかってラックに乗せあげる。
こうすれば狭いヨットクラブでも多くのディンギーを保管できる。
五月の太陽はまだ高い。
「ここが私の居場所、そう、あなた、いつも眺めているよね」
マリは私の後方を眺めながら楽しげに言った。そこからちょうど自分が務める会社の事務所の窓が真っ直ぐに見える。私の席は窓際だ。そして、いつも外を眺めている。授業に集中できない小学生のようだ。きっとそんな姿がよく見えるのだろう。
「そうだ、ヨット、乗ってみない?今日はまだ、日が高いわ」
「私、何も持ってないです」
「ちょっとだけ濡れても良いような服装であればいいわよ。ウェットスーツは
余っているのがあるし」
ドギマギして地面を見た。
「ごめん、別に売り込んでいるわけじゃないのよ。私もちょうどちょっと乗っ
てこようかな、と思っていたから」
「私、水着着てきました」
バイト初日のみたいだ。受け答えがなってない。ホント、嫌になる。
「?」
「海が綺麗だなって思ったんで?」
「準備万端ね」
「まだ、水温は冷たいから水着の上にウェットスーツを着たほうが良いわね。
そこの事務所の奥が更衣室になっているわ。あたしについてきて」
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