復活のプリームラ

8

　姫様はお疲れのご様子でしたので、帰りはわたしがおぶってお送りすることになりました。

「次はゴールデンウィークにしようと思ってるの。つまり、私たちのお出かけのことだけど」

　広場からバス停への道中でもう一度桜草の群生地に差しかかった際、姫様は仰いました。

「今回は近場だったけど――ねえ、東京に出てみない？　まずは池袋ね。それから徐々に南に下っていきましょう。目指すは舞浜よ」

「舞浜は千葉でございます」

「わかってるわよ」姫様はむっとしたように仰いました。「慇懃無礼っていうのかしら、あなたってたまにそういう小馬鹿にしたような口を叩くわよね」

「申し訳ございません。そのようなつもりは断じてないのですが」

　姫様はいま外の世界へと羽ばたこうとしておられるのでしょう。世界を知ろうとしておられるのでしょう。自分と世界の関係を定義しようともがいておいでなのでしょう。

　かつて、私やあの方がそうだったように。

　すべての大人たちがそうだったように。

　青春のはじまりと悲しみ。

　少年時代の希望。

　初恋。

　あこがれ。

　桜草の花言葉が象徴する青春の入り口に、姫様は立っておられるのでしょう。

「ねえ、さっきの歌ってあそこで終わり？」姫様がすぐ耳元で問いかけられました。どこか甘えるような、幼い子供が子守唄をせがむような声音と口調でお続けになります。「続きがあったら、教えて（イェスリ ドゥージェット プラドルズィーニェ ）ちょうだい」（ダイチェ ムニェ ズナーチ）

「お屋敷に戻ったら、レコードをおかけしましょう」

「ダメ（ニー　）。あなたが、（ハラショー　スポイ）いまここで歌うの（シチャス　ズヂェースィ）」

「ここで、でございますか（　　　ズヂェースィ　　　）？」

「ここで、よ（ズヂェースィ）」

　姫様に命じられれば、それに従うが私の務めでございます。

　私は羞恥心を振り払うようにひとつ咳払いをし、オペラ歌手には及ぶべくもない、小さな声で歌いはじめました。

　黒い瞳、（オーチィ チョールヌィエ）情熱的な瞳（オーチィ ストラースヌィエ）

　燃えるような、そして美しい瞳（オーチィ　ジグゥーチィエ　イ　プリィクラースヌィエ）

　何と私はお前を愛していることか（カーク　リュブリュー　ィヤ　ヴァース）、何とお前を恐れていることか（カーク　バィユース　ィヤ　ヴァース）

　きっと私は悪い時に（ズナーチ、ウヴィーヂェル　ヴァース）お前と出逢ってしまったのだ（ィヤ　ヴ・ニェドーブルィ　チャース）

　おお（オーフ）、深淵よりもなお暗いのにはわけがある（ニェラーダム　ヴィ　グルゥビーヌィ　チィムニェーィ）

　それは私の魂への喪服なのだ（ヴィージュ トラーウル ヴ・ヴァース パ ドゥシェー マィエーィ）

　それは私の哀れな心を焼き尽くす（ヴィージュ　プラーミャ　ヴ・ヴァース　ィヤー　パビェーッナエ）

　勝利の炎なのだ（サジョーナ ナ ニョーム スェールツェ ビェーッナエ）

　だが私は悲しくはないし（ナ　ニェ　グルゥースチィン　ィヤー）、みじめでもない（ニェ　ピチャーリン　ィヤー）

　この運命は私には慰めなのだ（ウチシーテルナ　ムニェー　スゥドバー　マィヤー）

　神が与えたもうた全てのよきものは（フショー、シトー　ルーチシェヴァ　ヴ・ジーズニィ　ボーフ　ダール　ナーム）

　その燃えるような瞳に（ヴ・ジェールトヴゥ　オーッダル　）生け贄としてくれてやった（ヤー　オーグニヌィム　グラザーム）