第2話

 あてもなく歩き続けていると、知らぬ間に薄暗い場所まで来てしまった。

 上を見上げると高い壁のようになった建物が多くなっているが、少し前までは普通のサイズほどにしか見えなかった。

 少しずつだが、僕は下に歩いているんだ。

 建物ではなく、僕のいる位置が低い。

 この街の建物は上にではなく、下に階を広げていく構造なのかもしてない。


 それにしても、居酒屋っぽい場所の辺りとは違いここは人気が全くない。

 寂れた商店街と言うか、スラムのような感じだ。

 何か危険そうな空気が漂っている。


 後ろからザシュッと通り魔に刺されたりしないだろうか。

 自然と嫌な考えが浮かんでくる。


 一度引き返して交番みたいな場所を探すべきだろうか。

 しかし、ここは現実らしからぬ異様な世界だ。

 日本ではないだろうし、言葉が通じるかもわからない。

 でも、目覚めた店だと日本語が聞こえた。

 もしかしたら、言葉だけは通じるのか?

 とにかく、一旦考えをまとめたいな。

 そう考えていると、背中に何かを突かれたような感触がする。

 振り返ろうとしたところで、誰かに耳元で囁かれる。


「動かないで」


 女の子の声だが、僕の身体は凍り付く。

 この感じ、まさか背中に銃でも突きつけられてるんじゃないか。

 よりにもよってこんな見知らぬ土地で追いはぎにあうだなんて。

 ここは言うことに従うしかない。


「持ってる金品を全て言って。そうすれば殺したりしないわ」

「わ、わかった……」


 ゆっくりとポケットに入れていた財布とスマホを取り出す。


「床に置いて」


 言われた通り、二つを床に置く。


「……なにこれ?」


 少女は僕のスマホと財布を拾うなり、そうつぶやく。

 スマホを知らないのか?

 でも、これはチャンスだ。


「うおおおおお!」

「きゃあ!?」

 

 彼女の注意がスマホに向いているうちに振り向いて、凶器を持っているであろう腕を掴む。

 大人じゃなければ非力な僕でも勝算はあるはずだ。

 腕を強く掴んだこと、咄嗟とっさの行動だったことから凶器が地面に落ちた。

 だが、予想もしていないことがあった。


「えっ……」


 少女が手に持っていたのは銃やナイフみたいな凶器ではなく木の棒だった。

 そう、彼女はハッタリをかましてたんだ。

 それだけじゃない、僕の予想していたよりもその子は見るからに幼かった。

 大雑把な予想だけど、十五歳にもならないくらいじゃないだろうか。

 それに、髪の上に柴犬のような三角の耳が生えている。

 体中毛が生えているわけではなく、人間の要素が強いけど獣人って言うのが一番しっくりくるだろうか。

 さっき見た一つ目やエルフっぽいのみたいに、彼女も普通の人間じゃないんだ。


「は、放せ!」


 少女は僕の腕を振り払おうとするが、さすがに成人男性が少女に負けることはない。

 それより、言葉が通じてるようで僕は安心した。


「なあ、君。ここはどこなんだ?」

「はあ? 何言ってるのよアンタ。てか放しなさい!」

「いいから! じゃないと投げ飛ばすぞ!」

「投げ飛ばす!?」


 お、喰いついたぞ。

 こちらがハッタリを喰らったのだ、今度は俺がハッタリをかます番だ。

 パワーじゃこちらが上、その土俵であればいくらかは脅しも効くはず。


「そうだ。そこら中の壁に叩きつけてやってもいいんだぞ? 君くらいの軽さなら余裕だ」

「くっ!」

「さあ、話してもらおうか」

「……わかったわよ。まあ、アンタみたいなのから盗っても仕方ないしね」


 それから、彼女はこの街のこと、世界のことについて教えてくれた。


 まず、ここは僕の知っている世界じゃない。

 言うなれば、異世界ってやつだ。

 それも、僕のようなこの世界とは別の世界からやってきた人々が結構な数いるらしい。

 そういう人たちを総じて異邦人いほうじんと呼んでいるらしい。

 その異邦人たちが作ったのがこの街――セダン。

 そして、セダンはカルッゾという国の一部なんだと。

 さらに、カルッゾは小さな国で他にも四つの国があるらしい。

 ここまでくるとスケールが大きすぎる。


 それで、彼女の名はナビ―ユ、本人曰く獣人で盗賊らしい。

 異邦人は金持ちが多いらしく、よく仕事と称して盗みを働いているようだ。

 だが、少し気がかりなことがある。


「なあ、君って盗賊なんだよな? だとして、なんで服がボロボロなんだ。もっとこう、忍びやすいというか、そういう服があるだろ? これじゃあ、孤児みたいだ」


 彼女が身に纏っているのは古いローブに汚れたワンピースのようなもの。

 あまりにも身なりが悪すぎる。

 こんな格好じゃ、異邦人が多く住んでいる上の階層には行けない。


 この街は上下で貧富の差が出ている。

 さっきまで僕のいた地上に近い場所には富裕層、ここのような太陽の拝めない地上から離れた場所には貧困層が暮らしている。

 スラムって比喩もあながち間違いじゃなかった。

 異邦人は上にいる、ならばそこで暮らすべきだろうと思う。


「この格好じゃなきゃ、ここに来れないわ。アンタみたいな恰好だとはじき出されちゃうんだから」

「じゃあ、上で暮らせないのか? 結構広そうなイメージだったし、隠れ家のひとつやふたつ用意できそうな気がしたけど」

「あるわよ、下水道の中とかね。でも、ここに来るのは理由があるの」

「理由?」

「……ついてきて」


 彼女に言われるままついていく。

 先ほどよりも少し低い位置、より暗さが増した。

 他のものより大きい木製の扉、門と呼ぶべきだろうか。

 僕の身長よりも二倍は大きい三メートルくらいだ。

 彼女がドアノブ部分にある黒い輪っかドアノックを使ってドアをノックする。


「ナビ―ユです」


 数秒後、扉が少しだけ開かれる。

 中からロウソクの灯りが漏れ、紺色の修道服を着た女性が姿を現す。


「こんばんは、おば様」

「こんばんは、ナビ―ユさん。そちらの方は?」

「そこで拾ってきた異邦人」

「拾ってきたぁ!? 違うだろ!」

「ふふ、とりあえず中へ。さあ、どうぞ」


 修道女に促され、中へ。

 建物の中ともなればより暗く、灯りなしでは何も見えない。

 長い間いると方向感覚を失いそうだ。


 壁を見るに結構古い建物のようだ。

 天使を模した石像にヒビが入っていたり、柱にもヒビがある。

 崩れはしないだろうが、少し不安にさせられる。


「あの、ここは?」

「昔使われていた教会なんです。今は別の施設として利用しています」

「別の施設って?」

「ついて行けばわかるわ」


 歩くこと数分、途中何度かある扉を過ぎて、廊下の奥まできて一際大きい扉の前に。

 修道女が開けると、そこは他よりも明るく、色とりどりの光が差し込んでいた。

 ステンドグラスだ。

 木製の横に長い椅子がいくつか並び、奥には講壇がある。

 だが、部屋の中央だけ大きなテーブルが置かれている。

 なにより、数人の子どもがいた。

 それも、身なりが悪く痩せているように見える。

 みんなナビ―ユのように獣の耳が生えている。

 きっと同じ種族なのだろう。


「あ、ナビ―ユお姉ちゃんだ!」

「ナビ―ユ姉ちゃん!」


 子どもたちはナビ―ユが現れるなり、嬉々とした表情で集まってくる。


「アンタたち、おば様の言うこと聞いてたでしょうねぇ?」

「もちろんだよ、好き嫌いせずに食べてるよ!」

「オレもケンカしてない!」


 ナビ―ユは彼らのお姉ちゃんのような立場なのだろうか、とても仲がいい。


「この子たちはいったい?」

「みんな孤児です。ここは現在、孤児院として利用しているんですよ」

「孤児院……」


 日本にもあるが、実際に見るのは初めてだ。


「あっ、そうだ。おば様、これ今月の分ね」

「ありがとう、ナビ―ユさん」


 ナビ―ユはそう言いながら茶色の巾着袋を渡す。

 修道女は中を確認するとすぐにふところにしまった。


「それじゃあ、私はそろそろ行くね。久々に顔が見せられてよかった」

「えー、もう行っちゃうの!?」

「もっと遊ぼうよ~!」

「あはは、ごめんね。行かなきゃいけない場所があるからさ、また今度ね?」

「約束だよ?」


 そう言ってナビ―ユと子どもたちは指きりをした。


「じゃあ、行くね」

「またね~」


 部屋を出ていくナビ―ユに僕もついて行く。


「さっき渡してたのって……」

「ええ、盗んだ宝石をさばいた時にできた硬貨」


 やっぱりお金だったか。


「あの修道女の人はそのこと知ってるのか?」

「もちろんよ」

「いくらなんでも盗んだ物でできた金はだめだろ!」

「綺麗事言わないで、何も知らないくせに! 私たち獣人はこうでもしなきゃ生きていけないのよ!」

「それってどういうことだよ?」

「教えてあげる、私たち獣人がどういう種族なのか」

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