20代無職 初めての異世界義賊生活  ~ケモ耳少女と義賊活動に勤しみます~

S`zran(スズラン)

第1話

 普通に勉強して、普通に恋愛して、普通に進学して、普通に就職する。

 子どもの時の僕はそう思っていた。

 特に取り柄がなくても、それなりに努力していけばそれなりの生活を得られると。


 でも、現実はそこまで努力に寛容かんようじゃない。

 努力を努力にするのは結果だ。

 結果が悪ければ徒労なんて言われるし、無駄なものだと思われる。

 それに気づいたときにはもう、僕は何者でもなかった。


「はぁ……」


 ため息が漏れる。

 バイトの面接から四日、合格通知期限を過ぎてもメールが来ることはなかった。

 つまり、落選だ。

 これで五回連続になる。

 人手不足なんて言われているけれど、しっかり落とすあたり優秀そうな人を選ぶ余裕はあるのだろう。

 矛盾むじゅんじゃないけれど、何か喉元のどもとに引っかかるような感覚がくる。


 夜の街は中央ほど人であふれかえっている。

 そこからトボトボと離れていく僕はまわりからひどく映っているのだろう。

 ああ、想像したくない。


 こういう時は酒だ、酒で流そう。

 でも、居酒屋はうるさすぎて好きじゃない。

 かといってバーみたいな場所は自身との不釣り合いからくる嫌悪感けんおかんからいたたまれなくなる。

 帰り道の途中で都合のいい場所はないだろうか。

 

 スマホで細かく時間を確認しながら歩く。

 すると、視界の左端にぼんやりと明かりが見えた。

 顔を上げて見る。


 木製の小さな横長の椅子と屋台。

 椅子の前に垂れ下がった暖簾のれんには『おでん』の三文字が。

 おでんの屋台だ。

 こんな時代に見るなんて、少し得した気分になる。


 おでんは安価だろうし、お酒も飲める。

 今の僕が最も求めているものだ。

 早速暖簾をくぐる。


「いらっしゃい」


 白い衣装にタオルをバンダナのように頭に巻いたおじちゃんが店主らしい。

 らしい、実にらしいじゃないか。

 椅子に座って容器を見てみる。

 大根、はんぺん、こんにゃく、ちくわ、卵。

 いろいろな具材が煮えられている。


「お客さん、何にします?」

「じゃあ、大根とちくと卵。それから、お酒もください」

「はいよ」


 ほどなくして、小さな皿に具材が三つ載せられた状態で出される。

 そして、瓶ビールの栓が開けられてガラスのコップに注がれる。

 5秒くらい眺めてから、箸で大根を割って口に運ぶ。

 

 ああ、美味い。

 味が染みる、染みるなぁ。


 そこから、ビールを一口グイッと。

 幸せの味が口の中に広がる。

 勢いに任せてもう一口。

 すぐに酔ってしまいそうだ。


「お客さん、現実に疲れたことってありますか?」

「へ?」


 突然店主から話しかけられて驚く。

 現実に疲れているか。


「……そりゃそうですよ。いくら面接を受けたって落とされるし、働く以前の問題ですよ」


 僕なりに頑張ってきたはずなのに、気づけば職なしで二十歳超えてるし。

 高学歴じゃないけど、低学歴でもない。

 というか、いつも忘れられているかのように認識される。

 いるのに、存在しないみたいな。

 俗に言う、影が薄いってやつだ。


 目の前のカウンターに突っ伏して考える。

 いったい、どこで間違えたんだろう。

 何がいけなかったんだろう。


「生まれ変われるなら、生まれ変わりたい。それか、誰も僕を知らないどこかへ行きたい……そんな気分です」

「そうですか……おでん、あったけえうちに食ってください」


 なんだ、聞いてきたくせに慰めの言葉もないのか。

 期待するのが間違いなのは分かるけどさ。


 だめだ、酒が欲しくなってきた。


「おじちゃん、もう一杯」

「はいよ」


 僕はコップを差し出し、そこにビールが注がれる。

 そして、グイッと一気に喉へ。

 ついでにおでんをつまんでいく。


 それを繰り返しているうちにだんだんよいがまわってくる。


 そうして ねむく なって


 ZZZ


 ZZZ


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ZZZ


 ZZZ 


「——! お―――ん!」


 誰だろう。

 声がする。


「――!」


 僕は何をしていた。


 そうだ、酔って眠ってしまったんだ。


「――!?」


 ああ、うるさい。

 それに、まぶしい。

 ゆっくりとまぶたを開き、顔を上げる。


「……へ?」


 僕は右手にガラスのコップを握っていた。

 さっきまで酒の入っていたものだ。

 だが、それ以外が違った。


「どこだ……ここ?」


 目覚めたのは見知らぬ居酒屋らしき場所だった。

 多くの人が卓を囲んで木でできたジョッキを持って酒を飲んでいる。

 眠る前までの屋台とは大違いで、あまりにも異常な光景だ。


 僕は立ち上がってフラフラな足取りで歩く。

 途中、軽く人にぶつかりつつも外に出る。

 冷たい空気が肌に触れる。

 間違いない、これは現実だ。

 そして、外にはより異常な光景だった。


 石造りの壁でできた家、道、その道を行くのは人だけでなく人とは呼び難い存在だった。

 金髪の長い髪に白い肌、そして特徴とも言うべき縦に長くとがった耳。

 あれはファンタジー小説でいうところのエルフに酷似している。

 それだけでなく、灰色の体に一つ目の奴やなんかもいる。

 間違いない、ここは日本じゃない。


「俺はどこへ来てしまったんだ……」

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