10.「まあ、ここで死ぬ貴様には関係がない話だがな」

「ですが、それでは」


北門の外を相手にする。


それは街の防衛に協力するよりもよっぽど危険だ、と聖女様が言う。


大群の雑魚はともかく、その先にいる魔族に単体で挑むのはたしかに命の危険があった。


「気にするな」


自身の目的のためにやっていることで、その危険さで行動を変えるつもりはない。


あとは、聖女様が認めるかどうかだ。


「……、わかりました」


よし、と頷いて身体を翻す。


どうするか決まったのならすぐに行動するべきだ。


魔物の大群はもうすぐそこまで迫ってきている。


あとのことは全部聖女様とこの街の偉い人間がどうにかするだろう。


外で暴れるだけの契約をした俺には、街のあれこれは関係がない。


「お前はどうする?」


「もちろん、着いてく」


「そうか」


イリスの言葉に、あえて多くは問わない。


俺と聖女様のやり取りを聞いて尚着いてくるなら、覚悟の上だろう。


「好きにしろ」


あえて危険な場所まで着いてくるイリスの内心は俺にはわからない。


ただそれを止める理由はなかった。




門をくぐり、壁の外へと出る。


事情を伝えた伝令が衛兵に門を開けるように指示して、俺たちが通ったあとで再びその門が閉ざされた。


視線の先には地面を埋め尽くすように魔物の大群が見える。


報告ではその総数は万を超えるとか。


距離は目前という程ではないが、ゆっくりしている余裕がある程は離れてもいない。


1000を数える前には大群の先頭がこの門まで到達するだろうし、それより前に弓や魔術の射程範囲に入るだろう。


既に地面を踏み鳴らす振動が重なって、ここまで届いている。


ただ、あっちの到達より先に外に出れたのはよかったな。


そうじゃなければ門から出ることも出来なかっただろうし。


門は街を外敵から守るためにあるもので、その敵の目前で開けるにはリスクが高すぎるからだ。


東門の方では今まさに、その門を挟んで衛兵と魔物が攻防を繰り広げているだろう。


隣で、緊張した面持ちのイリスを横目に見て、声を懸ける。


「先に行く、あとから着いてこい」


そして返事を聞く前に、俺は地面を駆けた。




聖剣、テスタメントを片手で振る。


月明かりに照らされた白刃が軌跡を残し、スケルトンを複数両断する。


そのまま、速度を落とさずに踏み込みに力を込め、更に加速する。


元よりこの程度のランクの魔物に傷つけられることはない。


よって回避動作などは必要なく、ただぶつかればスケルトンの側が砕けていく。


彼我の戦力差とはそういうものだった。


作業のように街から近い順に駆け抜け、剣の切っ先が届く範囲を殲滅していく。


左右どちらの手でも聖剣を握り、それを伸ばして届く幅が魔物の生命活動は停止させる距離だ。


まあ大群の中央から大半を占めるスケルトンはそもそも死んでいるんだが。


たまにゴブリンや、その他の一群も現れるが、それらも等しく魔物だったものに変えていく。


例えるなら畑を端から隙間なく耕していくような光景で、離れた場所から遠目に見たら滑稽だったかもしれない。


先頭からスケルトンの成れの果てのただの骨の製造が進むと、少しずつランクの高い魔物が混ざってくる。


スケルトンの上位種、更にオーガなど。


とはいえ、傷を受けないことに変わりはなく、更に聖剣の切れ味の前では等しくバターと同じなので進行速度にさほどの変化はない。


強いていうなら、生の魔物とぶつかって血塗れにならないために直線の進行をほんの少しずらすくらいだ。


聖女様に言って、人員をまとめて街の中の防衛に回すようにしたのは正解だったな。


他に人間が近くにいれば、手の届く範囲に魔物しかいないという前提で斬り伏せていく速度は出せなかった。


それにおそらく、高ランクの冒険者を大量に連れて来れるわけでなければ、俺一人で殲滅した方が速い。


まあ俺の実力ではなく、聖剣の力なのだが。




「おっと」


おそらく千を超える魔物を土に返してからしばらくして。


振り下ろされた大斧の切っ先を一歩下がってかわす。


オーガの最上位種、エルダーオーガ。


Aランクの魔物だ。


背丈は俺の二倍近く、手に握っている大斧の時点で俺の背丈より長い。


「よく好き勝手暴れてくれたな、人間風情が」


怒気をはらんだ言葉が低く響き、吐き出した息が蒸気となって立ち込める。


圧が凄い。


少し離れて囲んでいる雑魚の山はまだ多く、敵の本命は更に先に進まないと会うことはできなそうだ。


奥の方にはランクが高そうな魔物がちらほら見えるので、目の前のこいつは雑魚を抜けてきた手練の人間を相手する先鋒といった所か。


ちらりと後方を確認すると、イリスが周りを見渡しながら警戒しつつ、こちらへと進んできているのが見えた。


俺が通過した所には魔物は一匹も残っていないが、人のことを信用せずに行動するのはいいことだ。


少なくとも、俺とイリスは信用なんて言葉で繋がれた関係ではないから。


それもまだずいぶん俺とイリスの間の距離は開いていて、追い付かれるまでには時間がありそうなので、話しかけてきたエルダーオーガにひとつ質問をする。


「随分な大群だが、この先にいるのはなんて魔族だ?」


「そんなことも知らずにここに来たのか」


急に襲撃して来ておいてこの言い種よ。


少なくとも直前まで召集の隠蔽をしていたのはそっちだろうと言いたかったが、ぐっと堪える。


「我らを従えるは死霊姫グウェンエヴィエル様。魔王軍幹部のひとりよ」


予想はしていたが、本当に大物だったな。


魔王軍幹部。


魔族の中でも数える程の実力を持つ相手だろう。


死霊姫という称号からして、スケルトンを揃えたのもそいつなんだろうな。


この大群の統率者というだけで、その実力が推し量れる。


少なくともただの人間が相手をするには過ぎた力の持ち主なのは間違いない。


「まあ、ここで死ぬ貴様には関係がない話だがな」


話は終わりだと勢いよく大斧が振り上げられ、下ろされる前にオーガが両断される。


「なっ……!?」


雑魚を相手にしていたときより一段速度を上げた俺に反応できずに、そのまま斬り離された身体が崩れ落ちた。


聞くべきことはもう聞いた。


もう一度、街の方を確認するとイリスが近付いてきているのが見える。


追い付かれる前にまた距離を開けないとな。


再び競争をするように、俺は加速して、周囲の雑魚を斬り捨てる作業を再開した。




そして俺は魔物の全てを魔物だったものにして、その本命と相見える。


「聖女に会いに来たのだけど、変なのがいるわね」


そこに立つ女は、大きな鎌を構えていた。






鎌だけに?

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