09.「そもそも、人のためとか、誰かを助けるとか、そういうのが嫌いなんだよ」

街へ戻るために森を抜けると、視界の先に高くそびえる街の外壁が見える。


そしてそこから左手へと視線をずらすと遥か先、街道に沿って平原を埋める魔物の大群が見えた。


月の僅かな明かりに蠢く魔物の多くはスケルトン。


数えるのを諦めたくなるくらいのそれは、少なくとも数百ではきかない。


数千か、あるいは数万か。


そんな数をどうやって揃えたのかは謎の限りだが、以前にギルドの依頼で調査した仕掛けが関わっているのは間違いなさそうだった。


つまり、あの大群の奥には相当高ランクの魔族がいると予測できる。


まあどっちにしても、一先ず街に戻るのが先決だな。


少なくとも聖女様は大聖堂に届けなけりゃいかんし。


幸い魔物が集結しているのと別の門に走れば戦闘になることなく街には辿り着けそうだ。


というわけで聖女様とイリスが走るのを、周囲を警戒しながらついていく。


本当は、俺が二人を両脇に抱えて走った方が速いんだろうが自分から言い出したりはしない。


状況が一瞬の猶予もないほど切羽詰まったら聖女様から言ってくるだろうしな。


自主的にそこまでする義理もないし、それに一応両手が塞がると襲撃されたときに対応が遅れるというデメリットもある。


そんなことを考えながら無言で並走を続行。


聖女様は至極走りにくそうな格好のわりには後ろを走る俺たちに意識を割く余裕があるようだ。


綺麗に背筋を伸ばし、先行しすぎないように速度を調整している。


イリスは冒険者らしく走りやすい格好をしているが、この中では一番余裕がなく走っている。


まあ治癒師の身体能力は一般人とそう変わらないから仕方ないが。


そもそもマナを練って人を治癒するのと、運動性を強化するのは全く別のアプローチだ。


そしてその両方を平行して鍛えるのは冒険者としては効率が悪い。


まあ斬り合うのは前衛職に任せて治癒の技を磨くのに集中しろって話だな。


稀に両方高い水準でこなす奴もいたりするけど、そういうのの大半は特殊な才能を持った人間たちだ。


あとは特殊なクラスを持っている人間とかな。


その特殊なクラスの持ち主、聖女様に視線を向けるとまもなく門へたどり着く。


この状況で外敵から街を守るべき門を開けるのは一定のリスクがあると思われたが、聖女様が声をかけるとすぐに中に入ることができた。


権力の力すげえ。


通りには避難する住人と、慌ただしく走る衛兵、あといくらかの冒険者と教会関係者が行き交っている。


住人は街の中心の大聖堂周辺を目指しているようだ。


外から敵が来るなら中に逃げるのは自然な流れか。


衛兵も、そうするように避難誘導を促している。


聖女様もその流れに沿って大聖堂て向かい、俺たちも後を続く。




「ティアナ様!」


叫んだのは見覚えのある修道服の女性。


それを切っ掛けに彼女へと視線が集まる。


大聖堂の中、避難住民から少し離れて集まっているのはこの街の要人たちだ。


見るからに位が高そうな教会の人間に、全身鎧の男はおそらく衛兵の代表、あと冒険者ギルドのマスターもいる。


この街は教会の権力が強いので、教会主導で防衛計画を練っていたんだろう。


聖女様はその主要人物の一人だ。


「状況をお聞かせ願えますか」


状況把握をする彼女を輪の外側から眺める。


漏れ聞こえる話によると、北から魔物の本隊が、東からは別部隊が、同時に侵攻しているらしい。


外壁を主にした敵への備えはあるが、先行して攻められた東門はいつまで保つかわからないし、北側の門も本隊に攻められれば守り抜くことは難しいだろうとのこと。


どちらにしても街への被害は防げないだろう。


更に魔物な大群の出所が不明で、南や西に逃げても安全かは保証できない。


そもそも人の足で魔物から逃げ切るのは難しいという現実がある。


馬車でもあれば確率は上がるが、市民の大半にそんな備えはなかった。


ということで、絶体絶命といった感じで議論が止まる。


空気が重い。


つーか、俺は聖女様を連れてきただけで場違いだしもう帰ってもいいかな。


と思ったがそうはいかないようだ。


聖女様が議論の輪から離れて、こちらに来る。


他の人間からも、探るような視線が送られてきていて至極面倒だ。


「ビダン様、お願いがあります」


「断る」


「聖剣の契約者の力を貸していただけませんか」


「断る」


今までの冗談とは訳が違う、本気の否定だ。


確かに聖剣の力は千の魔物にも万の魔物にも匹敵する。


俺のスキルと併せれば、外の魔物の殆どを殺すことはできるだろう。


しかしその先にはおそらく高ランクの魔族がいる。


ならばこの戦いは命懸けだ。


まあそんなこととは関係なく、その願いを受ける気は無いんだが。


「そもそも、人のためとか、誰かを助けるとか、そういうのが嫌いなんだよ」


神を信じ、人を助け、場合によってはその身を捧げることも厭わない、そんな聖女様とは違う。


それに逃げようと思えば、魔物の大群が来ていても俺だけなら問題なく逃げられるしな。


だからこの街を守るために命を懸ける理由はない。


それを理解して、聖女様が言葉を止めて視線を伏せた。


他人に命を懸けろと言う意味を、彼女も理解している。


「頼みを聞く気はない。だが提案がある」


そんな彼女が、顔を上げた。


「提案、とは?」


「北の大群、その先にいる奴に用事がある。だからその用事が済むまで街の人間が北門の外に手を出さないというなら、そちら側の敵は相手をしよう」


俺は外で暴れるだけ、街を守ることも人を守ることもしない。




勇者でもなく、聖女でもなく、一介の冒険者らしい利己的な動機と役割だった。

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