03.「殴ってもいいですか?」

「それで、なんでまだいるんだ」


翌朝。


程々に混んだ酒場にて朝食を頼んでいる最中、テーブルの向かいに聖女様が座っている。


こっちはもう二度と顔を会わさないと思ってたんだが?


しかも同じ宿に泊まったわけでもなしに朝食にタイミングよく現れるのは本当に謎である。


俺が店に入ってからほとんど時差もなく店に入ってきたからな。


ちなみにイリスも同じテーブルを囲んでいる。


「旅の同行は断られましたが、食事をご一緒することまでお断りされてはいませんから」


じゃあそれも断る、と言うのは簡単だ。


しかしなんでもかんでも断っていると、後々面倒なことになりそうな予感があった。


そもそも悲しいかな、立場は圧倒的にあちらが上なのである。


冒険者なんて言っても結局のところ命をベットして金を稼ぐしかできない生き物なんでね。


世間の中で言えば代わりはいくらでもいて一番最初に切られる捨て駒みたいな存在だ。


まあ、Sランクになれば多少はマシな生き物として扱われなくもないけど。


あと勇者は除く。


神から与えられた称号は唯一無二の物ではないもしても、一目を置かれるからな。


その代わりに周囲からは期待がかけられる訳なので、まったく羨ましくはないんだが。


なんてどうでもいいことを考えながら、結局聖女様の同席はお断りしないことにしておく。


というか朝っぱらからああだこうだと長話をするのがめんどくさかった。


「好きにしろ」


「有難うございます」


メインの客層が冒険者のこの酒場では、朝の混みようは程々だ。


真面目な冒険者のいくらかは、なるべく長く活動できるように日が昇っているうちに朝食もそこそこにして依頼に街を出る。


そして不真面目な冒険者のいくらかは、夜通し酒を飲んでまだ寝ているか、二日酔いで苦しんでいる。


そんな状況で店の席は半分くらいしか埋まっていないが、それでも注目を集めれば視線が気になるくらいには人がいた。


その注目の的は俺たち、正確に言えば聖女様とそれに同席している謎の冒険者である。


これでもSランク冒険者であると主張していれば、まあ聖女様と同席していてもおかしくないかと納得されたかもしれないが、あいにくギルド証は服の中だ。


今更取り出してアピールするのもなあ。


いっそ店を出るかと思ったが、この聖女様が着いてくるならどこでも同じだなと考え直す。


やはり穏当にお帰りいただくのが一番か。


「聖女様はこんなところで暇してていいのか?」


「ティアナとお呼びください」


「それで、いいのか聖女様」


「わたくしの仕事は司祭様が代わってくださっているので支障はありませんよ」


「それは大丈夫じゃねえだろ、帰ってやれよ可哀想に」


「教会としても平時の仕事よりも、聖剣の契約者様との対応の方が優先されますから」


本当かよ、と思うが確認する術はない。


なんと言っても俺が主観的に教会は嫌いだからそれを知りうるツテなどないのだ。


「ビダン様がこのまま旅の同行を許可してくだされば、わたくしにも教会から正式に聖剣の契約者との旅に任命されますから。そうすればわたくしの仕事にも正式に代行者が立てられ司祭様も救われますよ」


「断る」


「わたくしが同行すれば色々と役に立ちますよ?」


「断る」


「回復とかもできますよ?」


「断る」


「殴ってもいいですか?」


「それは別にいいが」


えいっと殴られると、拳が脇腹にめり込む。


痛くはないが衝撃は確かにあった。


凄いな、俺のスキルを抜けられるのか。


聖女とは勇者と同じく、『神から与えられた』クラス。


世界に数人しかいない選ばれた人間。


そして聖女は、信仰に由来する神の御業の再現と、ステータスへの優遇があり、ランクの算出自体も普通の冒険者とは異なるという。


まあその聖女になるには神に認められるほどの敬虔な信仰と自己犠牲の精神、更には十分な資質が求められるというが。


「あんた、聖女になる時に天啓を受けたのか?」


「はい、十の誕生日に御告げと共に聖女のクラスを授かりました」


「そうか」


その事実を聞いて、一番最初に覚えた感情は悲しみ。


だけどその事実を伝えても理解されないだろうし、そもそも俺の勝手な感想なので胸にしまっておく。


むしろ一方的にそんなことを言うのは傲慢ですらあった。


少なくとも本人はそれに満足しているんだろうし。


そんなことを考えながらも俺は、一人の故人の姿を思い出していた。


あいつは神に決められた役割を最期まで演じて、満足だったんだろうか。


その答えは、俺にはわからない。




食事を終えて席を立つと、イリスとティアナ、両方の視線が集まる。


「どうかなさいましたか?」


「今から行くところがある、着いてはくるな、昼には一度宿に戻る」


意見は聞かないし、反論も受け付けない。


そんな意図が言葉から伝わったのだろう。


聞き入れられなければ無理にでも姿を眩ますつもりだったが、その必要は無さそうだ。


そのまま店を出る時にふと、残った二人がどんな展開になるかが少しだけ不安になったが、きっと大丈夫だろうと自分に言い聞かせておいた。


まさか喧嘩になったりはしないだろうし、な?

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