02.「なら、俺は地獄行きだな」

聖堂は夜になれば閉鎖されているのが通常だが、今日はその重厚な扉に鍵は掛かっておらず、見える範囲には警備の人間もいなかった。


静寂の中でぎいっと鈍い音を立てながら扉が開く。


重いなーこれ。


扉の高さは俺の背丈の倍近くあり、幅も俺の手の長さより厚い。


まあ開けるのに苦労するほどじゃないけど。


仮にも冒険者なんでね。


一応後ろ手に扉を閉め、左右に長椅子が並ぶ間を歩く。


中に蝋燭の灯りはなく、遥か高くの天窓から射し込む月明かりが祭壇を青白く照らしている。


その手前に人影がひとつ。


大聖堂って言うだけあって入り口から奥まで結構な距離があったけれど、その人物の姿は特徴的で分かりやすい。


首から上と手首より先の他に全く露出のない純白の修道服と、その上からでもわかる女性的なシルエット。


太ももまで伸びる白銀の髪が月明かりを反射して幻想的に輝いている。


「お待ちしていました」


凛とした声が聖堂内に響く。


こちらに歩いてくる彼女が一歩踏み出す度に揺れる修道服に、綺麗に保つの大変そうだなあと思いつつも、観察する限りは純白のそれには汚れひとつ見当たらない。


もしかしたら、特殊な素材で織られているのかもしれない。


もしくは刺繍に魔法的な加護が込められているか。


どちらにしても売ったら高そうだ。


などと考えていると、歩いてきた彼女が目の前に立つ。


しかし、聖堂って全部の長椅子が正面を向いているから向かい合って話をするのには向いてないよな。


とりあえず長話になるなら座りたいんだが。


なんて俺の考えは伝わらずに、彼女が真っ直ぐに瞳を向けて視線を合わせた。


あっ、このまま話すんですね。




「お久しぶりです」


懐かしむような口調で彼女の口から伝わった言葉は勿論昼のことではなく、もっと前のこと。


「覚えてたのか」


「あの時から一度も忘れたことはありませんよ。貴方は命の恩人ですから」


「俺が、じゃなくて俺たちが、だろ」


「そうですね」


聖女様を助けたのはパーティーで受けた仕事の一環だった。


なのでまるで俺一人の手柄のように言われると座りが悪い。


まあそのパーティーはもう俺しか生き残っていないんだけどな。


それに功績が四分の一になれば、感謝の気持ちという名の面倒事も四分の一になるかと考えたのだが、彼女を見る限りその気配はなさそうだった。


なぜそこまで俺に執着するのか、俺からしても謎なので本当に困る。


最低限そこさえ分かれば会話の運び方もわかりやすいんだけどな。


「それで用事は?」


「わたくしを旅に同行させていただけませんか?」


「またその話か」


とはいえ、同じ話を二度繰り返すためにこんな時間に呼び出したわけじゃないだろう。


この話し相手は変わらない手札を二度繰り返して、違う結果を期待するほど考え無しな人間には見えない。


「勇者とは、魔王を倒し世界を救う者の称号」


俺の予想通り、聖女様は別の切り口で会話を進める。


「逆説的に勇者の称号を持たない者は、魔王を倒すことが出来ないということ」


「そうだな」


それは神が決めたこの世界のルール。


「ならばビダン様の旅の果てにあるものは、貴方の死という結末です」


魔王を討伐して世界を平和にするなんてことに興味はない。


ただし、旅の果ての結末が死であるという話に反論するのは難しかった。


だから俺は話を逸らす。


「それで、俺が死ぬこととあんたが同行することになんの関係が?」


「その昔、勇者の不在のパーティーが一度だけ魔王を倒したという伝承が残っています。そして、そのパーティーには当時の聖女が同行していたとも。ならばわたくしがいれば貴方の旅の結末を変えることができるかもしれません」


なるほど、そう来たか。


確かに、聖剣の契約者を無駄死にさせないという建前と理屈は通っている。


とはいえ、やはり俺の考えは変わらないが。


「俺の世界で一番嫌いなものを教えてやろうか」


ただ断ると言っても納得しては貰えないだろうことは予想できたので、俺はほんの少しだけ内心を曝け出す。


「この世界の神だよ」


この世界の神は確かに実在する。


そして神の恩恵は計り知れない。


教会で神を信奉する教徒だけでなく、普通に暮らす殆どの人間が神の恩恵に預かっている。


例えば治癒の力。


例えば豊穣も恵み。


この世界では祈りに対して様々な神の奇跡を受けることができる。


それでも神に祈りを捧げないのは後ろ暗い生き方をしている奴か、もしくは自分の力のみを頼るような奴ばかりだ。


俺は後者だが、一番の理由は神の恩恵に頼らないからではない。


人の人生を勝手に決める神という存在が俺は気に入らないからだ。


「ちなみに二番目に嫌いなのは聖女だ」


神に与えられた役割をただ受け入れている奴が嫌いだった。


まあこれはほとんど八つ当たりではあったけれど、とはいえ感情的なものなので抑えることは難しいし、そもそもその気持ちを抑える理由がない。


そしてそれが俺の、旅の同行に対する願いへの答えだった。


「覚悟は、変わらないのですね」


俺の表情を見て、聖女様が告げる。


「このままでは、貴方は確実に旅の果てに命を落とす結果になりますよ」


「知ってる」


これで問答はおしまい。


ついでに聖女様と顔を合わせるのもこれでおしまいだ。


話は終わり、振り返って大聖堂を出る前に、こちらからも一つ言葉を投げかける。


「なあ、ひとつ聞きたいんだが」


「なんでしょう」


「もし、死ぬとわかっている旅の果てに魔王討伐を成して同時に命を落としたらどうなる?」


仮の話。


神教では自殺は大罪だ。


しかし魔王討伐は教会から聖人に列聖される偉業。


ならその二つを同時に達成したらどうなるのか。


ただの興味本意だ。


そもそも、この世界に神の存在は認められていても死後の世界は実証されていないのだから。


天国、もしくは地獄。


それを示唆するのは、遥か昔、教典が生まれたときに書き記された言葉のみで真偽を確かめる術はない。


なぜなら人間は、死んだら生き返らないのだから。


だから答えを求めるというよりは、彼女の意見を聞いてみたかったのかもしれない。


「魔王討伐は聖人として教会に列聖される偉業です。しかし自殺と併せておこなわれた時にどうなるかはわたくしにもわかりません。ですが、おそらく本人の意識によって審判されるのではないかと思います」


「なら、俺は地獄行きだな」


結局どんな死に様をしたとしても、俺に世界を救う気なんてないのだから。

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