08.「実際どれくらいの価値があるんだろうな」

「それで、どうなったんだ?」


馬車の荷台に揺られていると、御者台で手綱を握ったロレンスに聞かれる。


彼は街から街へと旅する商人で、昔に何度か依頼を受けた相手。


今は護衛のかわりということで荷台に乗せてもらっている。


まあこの辺は基本平和だから、ずっとダンジョン攻略の話をしていたんだけど。


普段はそんなにお喋りじゃない俺だが、こうして最後の結末までだらだらと話してしまったのは、長く人と話していない生活をしていたからだろうか。


探索中はむしろ一人の方が落ち着くと思うくらいだったんだけどな。


馬の歩みにつられて細かく揺れる荷台は快適な寝床とは言えないが、それでも暖かい太陽の日差しと平和な空気は悪いものではなかった。


「レッドドラゴンを倒したあとには聖剣を守護する女神様がいてなー、それが滅茶苦茶美人だったんだよ」


「マジか」


「嘘だが」


「オイ」


とまあ冗談は置いておいて、掲げたのは両刃で幅広の剣。


白を基調に金色の装飾が施されたそれは、鞘に納められたままでもその強い力を感じることができる。


ダンジョンの奥に封印されていた伝説の聖剣テスタメント。


世界最強のSSSランク武器だ。


「ちょっと触ってもいいか?」


「ん」


横になったままテスタメントを持った手を前に差し出す。


貴重すぎる品にしては軽すぎる扱いだが、まあ持ち逃げされても直ぐに追い付いて捕まえられるだろう。


「聞こえてるぞ」


「気にするな」


長いダンジョン生活で意識せずに思考が口から漏れていたようだ。


攻略中は独り言も多かったからなぁ。


反省しつつも、そんな台詞で失われるような信用はそもそも存在していないので特に問題はなかった。


お互いの間にあるのはギブアンドテイク。


あとは荷馬車の旅の暇を潰せる相手。


その程度だ。


なのでお互いに気にせずに俺が聖剣を手渡すと、手綱を放したロレンスがそれを受け取ってバランスを崩す。


「重てえな、なんだこれ」


「そうか? 鳥の羽根よりも軽いと思うぞ」


「そんなわけあるかよ」


全く信じてもらえなかったわけだが、俺の言葉は口から出任せではなかった。


聖剣はその持ち主にしか力を示さない。


契約の聖剣と呼ばれるそれは、本当の使い手が振るって初めてその性能を発揮するという代物になっている。


「しかし本当に美しいな」


「それは間違いない」


世界最高の性能を持つとされている聖剣は、王宮の宝物庫に専用の展示棚に飾られていても遜色ないくらいに見事な造形をしている。


もしこれが武器としてはなまくらだったとしても、その美しさだけで値打ちがついただろう。


返ってきたテスタメントを傍らに置くと、ロレンスが呟いた。


「実際どれくらいの価値があるんだろうな」


「お前なら、金貨何枚出す?」


「流石に俺の手が出るようなもんじゃないけどな。だけど金貨数十万枚くらいならすぐに出すやつがいるんじゃないか」


それは中流貴族や大きめの商会の総資産と同じくらいの金額。


「なんといってもそれさえあれば、自分の国を持つことも夢じゃないからな」


流石にそれは言い過ぎだと思う。


まあそれくらい凄い品なのは事実だろうけど。


「いやいや、実際に魔王を倒した勇者がその国の国王になる、もしくは国を興すなんて逸話はいくつも残ってるからな」


「それはそれで、お伽噺みたいなもんだけどなあ」


そういうのは大抵ずっと昔の話で、その国に伝わる伝承みたいな扱いになっている。


まともに記録が残ってる先代、先々代あたりの魔王討伐を成し遂げた勇者はそういうのはなかったみたいだしな。


ああでも、三代前の魔王討伐者はそのままお姫様と婚約して王家の一員になったって伝承があった気がする。


それ自体が今から数百年前のことだから、詳細は不明だけど。


ただしこの伝説の聖剣の伝承も、巷ではお伽噺話の筆頭みたいな扱いだったから案外他の伝説も実話だったりするのかもしれない。




そんな実のない話を延々としていると、耳に届く周囲の音に微かな違和感を覚える。


「ストップ」


俺が声をかけると、ロレンスが馬車を止める。


「どうしたか?」


「魔物の気配がする」


道の左手に広がる森から、僅かながら複数の魔物の動きを感じた。


上体を起こして聖剣の柄を握ると、その事実を裏付けるように微かに震えて反応を示す。


やっぱり、いる。


「今回はずっと寝て過ごせると思ったんだけどな」


この辺は魔物が殆ど出ない筈なのに運が悪い。


わざわざ俺がいるタイミングで襲ってこなければ死ななかったのに。


「まかせたぞ」


「ああ、馬車と積み荷はちゃんと守るから安心しとけ」


「俺は?」


「……」


「オイ」


「冗談だよ、そこを動かないで待ってろ」


馬車の荷台から降りると、そのまま森の中へ疾走する。


木の影と草むらに隠れていたのはCランクモンスター、ダークウルフが五匹。


それを一息で、まず三匹を斬り捨てる。


さらに未だに状況に反応できていないダークウルフを、返す刃でもう二匹をまとめて処理した。




まるで腕と一体になっているかのような感覚と、ほとんど重さを感じない聖剣。


魔物と対敵すると、その能力によって自身の身体能力と五感が強化されるのを感じる。


そして魔物の胴体は殆ど抵抗を感じることなくバターか何かのように簡単に両断されていく。


更にもっと高ランクのモンスターの牙や爪を受けても全く傷付くことのない本体強度。


ここに来るまでにも何度か振るう機会があったが、やはりこの聖剣はどれをとっても伝説級の武器に相応しい性能だった。




そんな聖剣の性能を実感していると、草むらのさらに向こう側から複数の気配が遠ざかっていくのを感じる。


群れの生き残りが諦めて逃げていったんだろう。


魔物にしては合理的な判断だった。


あえて追撃して掃討する必要もないので、俺も聖剣を鞘に納めて馬車へと戻る。


「終わったか?」


「近くに居た五匹は倒した。残りはあちらに逃げていった」


「そっちは倒さなくて大丈夫か?」


「もう襲ってはこないだろ。それに追いかけてこっちに何かあったら対処が遅れる」


魔物が一方向だけから襲ってくるとは限らないし、別の魔物の群れが狙ってくる可能性もある。


「なら俺の安全優先でいこう」


「間違いねえ」


人は死んだら生き返らないからな。




人の力では蘇生を成功させることはできない。


それは、過去に偉大な大魔術師や聖女が挑み、しかし成功させることが出来なかった業。


肉体の完全な治癒が可能であり、魂を操り保管する術も存在するこの世界で、どんなに理論を構築してもそれが達成されたという記述はない。


その事実から一説には、神が密かに禁じているのではないかと考察がされている。


死霊術が魂を降ろしてゾンビにすることはできるんだけどなー。


まあそれも蘇生とは程遠い代物で、そもそも忌み嫌われている術だけど。




すっかり日が暮れて周囲が暗くなってからやっと森を抜けて、途中で寄る予定だった村の遠景が見える。


そこは小さな村で、しかし旅人が泊まれるくらいの宿は一応在り、ついでにロレンスが運んでいる荷物を取引しようと話していた。




その村の方角の空が、真っ赤に燃えていた。

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