第21話

21 惹かれていくモノたち

 その日の夜も、聖女トリオたちは宿屋のスイートルームに一泊する。

 クジラの背中のような大きなベッドで川の字になって寝たのだが、アーネストはなかなか寝付けなかった。


 ピュリアの『クズに仕えたい宣言』が、彼女にとってはあまりにも衝撃的すぎたのだ。

 そしてこの宣言によって、いちばん認めたくない事実が明らかになってしまった。


 ピュリアは本当に、クズリュウを好きであるということが……!


 『ラッキースケベ』は好意を抱いていないと発動しない、とマネームーンは言っていた。

 その被害にあったピュリアは真っ赤になるばかりだったので、クズリュウに本当に好意を抱いているかどうかはわからずじまいだった。


 そのためアーネストは、マネームーンの言うことはデタラメだと決めつけていた。

 なぜならば、あんな人間のクズを好きになる女なんて、この世には存在しないと思っていたから。


 その根拠のない自信こそが、アーネストにとっての心のよりどころのひとつであったのに……。

 それがついに、ガラガラと音をたてて崩れ去ってしまった。


 アーネストは寝返りを打って、隣で寝ているピュリアを見やる。

 ピュリアの寝姿は美しく、永久凍土に安置された氷の彫像のように、一糸乱れぬ姿であった。


 寝ているときも姫巫女であり続けている彼女だからこそ、アーネストは余計信じたくなかったのだ。



 ――なんでピュリア様は、あんな男の人を……。



 アーネストがピュリアを守ってきたのは、ピュリアに立派な勇者に仕えてもらい、姫巫女の一族をさらに繁栄させるためであった。

 ピュリアの純潔を守るために、領主に身体を求められても断固として断り、聖堂を追い出されるハメになっても、ピュリアのそばにいつづけた。


 それなのに、ピュリアが初めて興味を示した異性は、身も心も汚れきったオッサン。

 しかも悪魔に魂を売るどころか、逆に悪魔をぼったくる、地獄のホームレスのようなオッサンである。


 そしてそれ以上にアーネストを困惑させていたのは、自分の気持ちであった。



 ――クズさんのことを考えると、昨日まではムカムカしてたのに……。

 なんで今は、こんなに心がフワフワするの……!?



「ええい、きっと今日は忙しすぎたから、気持ちが昂ぶってるだけよ!」


 アーネストは小声で吐き捨てると、ベッドから飛び起きて部屋を出る。

 あまりに眠れないので1階のロビーで寛ごうとしたのだが、階段で足を踏み外してしまい、


 ……どんがらがっしゃん!


 と1階まで転げ落ちてしまう。

 しかし幸いなことに、柔らかいものの上に着地したおかげでケガはなかった。


 アーネストは尻もちをついたまま、満開の花のようにローブのスカートを廊下に広げている。

 ショーツごしのお尻には、生温かい感触があり、両のふとももで挟み込んでいた。


「ああ、どこも痛くなくてよかった。

 でも、お尻の下にあるのはなんだろう? 妙にあったかくて、妙にごつごつしてるけど……」


 そっとスカートの裾をめくり、下にあるものを確認してみると……。


 そこには、ふとももに挟まれてギュッと圧縮された、ジト目のクズリュウの顔が。

 アーネストは「だめっ!」と咄嗟にスカートを戻し、顔を覆い隠した。


 そして、めまいを覚えたかように、ポニーテールをおろした黒髪をふるふると振る。


「ああ、ダメダメ。クズさんのことを考えるあまり、クズさんの幻覚が見えるようになっちゃった。

 気持ちを落ち着けて、もういちど見てみましょう」


 アーネストは深呼吸して、再びスカートをめくる。

 今度はおそるおそる、そーっと。


 しかし依然としてそこにあったのは、ふとももでムニュッとなったオッサン顔だった。

 「だ……だめえっ!」と悲鳴をあげるアーネスト。


 クズリュウは「いい加減にしろ!」と起き上がり、アーネストは勢いあまってうしろでんぐり返しで転がった。

 受付カウンターにぼんやり立っていたマネームーンが、


「『ラッキースケベ』によるパンモロ、2人目ゲットまね。

 しかも顔騎のオマケつきとは、もはやクズ様にゾッコンまね」


「ちっ……ちがぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーうっ!!

 誰がこんな人を、好きになるもんですかぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 アーネストは下半身が丸出しになった体勢のまま、ホテルじゅうに響くほどの大絶叫を轟かせていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 次の日。

 クズリュウは酒場で寝ていた兵士たちに、遅い朝食を振る舞う。


 ダマ小隊長が二日酔いで正常な思考ができないことをいいことに、ホテルの1泊分の宿泊料、合計100人を請求した。


 そして最後は転移屋を展開し、城への帰還商売まで行なう。

 結局なんだかんだと、ダマ小隊長の持参していた軍票を、1枚残らずすべて巻き上げてしまった。


 それは、前回のプチ戦争の5倍もの稼ぎとなる。

 なんと金額にして、5000万エンダーっ……!


 アンダースリーブ王国の小隊長が利用できる軍票は、ひとつの作戦で最大2000万エンダーまでという制限がある。

 2000万すべてを使い切るのは、1週間以上の作戦の場合がほとんどであった。


 今回は邪竜討伐ということで、特別増額をしてもらっていたのだが、それをたったの24時間足らずで吐き出してしまった。

 転移屋で城下町に戻ったダマ小隊長は、遅まきながらもそのことにようやく気付いていた。


 5000万もの軍票をたったの1日の任務で使い切ったら、きっと上司から使途は何なのかと問われてしまうだろう。

 他の小隊長たちはここぞとばかりに責め立て、出世レースからコースアウトさせようとしてくるだろう。


 しかしダマ小隊長に降りかかった悩みは、ただの杞憂で終わる。

 なにせ転移屋から、一歩街の外に出た瞬間から、


「あっ!? あの方は、もしかしてダマ小隊長じゃないか!?」


「ほんとだ! あの方が、邪竜をこの国から追い払ったんだな!」


「新聞に載っていた通りの、勇ましいお方だわぁ……!」


「わたし、サインもらっちゃおうかしら!」


 ダマ小隊長は街の人たちから、あっという間に囲まれるほどの人気者になっていた。


「たしかに邪竜を撃退したのはワシだが、もう街じゅうの噂になっているとは、夢にも思わなんだ……!」


 そう困惑するダマ小隊長に、街の人たちが見せてくれたのは、今日の朝刊。

 その一面には、にわかには信じられないものがデカデカと写っていた。


 それは空飛ぶ邪竜だったのだが、頭上に空を焦がす真っ赤な文字を浮かび上がらせていた。


『恐るべし武器屋ギルド、ヘルボトム! そしてダマ小隊長!

 そのふたつがある限り、我は永遠にこの地を去らん!』


 邪竜は、ビイル山にある寝ぐらから飛び立ったあと、アンダースリーブの空を何度も旋回し、隣国へと飛び去ったという。

 その、宣伝する飛行船のような軌道のおかげで、記者たちはベストショットを何枚も撮ることができたそうだ。

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悪徳ショップマスター スキル『どこでもショップ』で魔王の前でも店を開く 勇者様を生き返らせてほしい? なら、今までのツケを払ってください。払えない? ならリボ払いというサービスもありますよ(ニッコリ) 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

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