第10話 Going around the city ――街を往く

 冒険者登録所及び訓練場。

 迷宮に隣接する街や都市、あるいは保有する国の首都には必ず在る、その名の通り冒険者志願の者たちを選別し鍛え送り出す施設だ。

 迷宮保有都市ロスリスバーガーの施設それは街外れに在った。

 簡易な柵に囲まれた草原に平屋の宿舎が数棟並ぶさまは牧場に似ていて、口さのない者たちからは『冒険者牧場』などと揶揄されていたりもする。

 宿舎内の教官室から開け放たれた窓越しに、冒険者としての基礎を叩きこまれている志願者たちを眺めながら、『牧場』という揶揄は当たらずも遠からじと思うのは人族の魔法使い・バニラ。

 『ある程度に育ったら出荷、の繰り返し。食われるのが人か怪物かの違いだけ……』

 汗だくになり柵に沿って息も絶え絶えで走る志願者たちに、数か月前の自分が重なる。

 魔法使いと言えど最低限の体力と戦闘技術は必要と徹底的に走らされ、短刀や杖を使った近接戦闘法を叩きこまれた。

 何度吐き、身体中に打ち身や生傷を作ったことか。

「……うぷ」

 嫌な記憶がよみがえり、朝食が胃からこみ上げ、口元を片手で塞ぎ堪えるバニラ。

 窓際から離れ、室内へと目を向ければ、 

「――って言う訳なんだけど、活きの良さそうな前衛、居ない?」

 同行者である小人族パルヴス斥候スカウト・サブレが、見知った顔の教官に訪れた理由を伝えていた。

「あのなぁ……」

 禿頭褐色で鍛え上げた肉体の中年教官が、剣ダコだらけのごつい手のひらで己の頭を撫でながら呆れた感じで言葉を返す。

「――馬鹿かお前ら? 訓練中の引き抜きなんぞ出来る訳がなかろう」

「へ?」「え?」

 唖然とするサブレとバニラに、残念なモノを見る顔で教官は言葉を続ける。

「訓練課程が終わっていない者に登録証は出んぞ? 身分が保証されていない、つまり自称・冒険者って訳だ。もぐりの冒険者やその一党は犯罪者として鉱山で何年か強制労働に就くことになるんだが……」

 知らなかったのか? って顔をして告げる教官。

 予想していたのとは違う言葉に『訓練場で何とかなる』なんて言い出しっぺなサブレへ、バニラは視線で訴えかけるが、当の本人は明後日の方向へと目を逸らしていた。

「……事前のスカウティングは黙認されているから、そんな勘違いしたんだろうが……。ま、そういうことだ」

 やれやれと、どこか憐れみを含んだ眼差しをふたりに向けてくる教官である。

「ついでに言っとくが、すぐに卒業でき出ていけそうなのはいないぞ」

 バツの悪そうな顔をしたサブレと、当てが外れて肩を落としたバニラが一礼とともに「失礼しました」の言葉をかけて、教官室を後にしたのはそれから直ぐのことだった。 


    §


 ロスリスバーガー外縁部にひっそりと狩猟伐採を司る神・コンウェアの神殿はあった。

 コンウェア信仰者の多くは狩人や森林のもたらす恵みで生活の糧を得ている者たち、つまり田園から緑辺部の住人たちだ。

 故に都市内部での支持者は少なく神殿もそれなりの規模で、入り口に掲げられている聖印が無ければ古びた宿屋にしか見えない。

 神殿居住区の狭い一室で出入り口の扉を背にして立つ、人族の戦士にして一党の頭目・シューと、痴情と肉欲を司る女神・グラマナに仕える尼僧・パイ。

 そして、ふたりと向かい合うようにベッドに腰かけた女性がひとり。

 ボサっとした髪から覗く中途半端な長さの尖り耳、それは人族と妖精族エルフの混血・半妖精ハーフエルフの特徴。

 淡く薄い青色の体毛から親のどちらかが水辺妖精アクアエルフだろうことがうかがえる。

 妖精族エルフ

 細く長い笹の葉に似た耳を持ち痩身で眉目秀麗、神代からの古種ゆえに魔法力や奇跡への親和性が高い。

 種として近い人族との間に子をなすことが出来る。

 生息域で体毛や体色が違うという特徴を持つ。

 森林妖精フォレストエルフ草原妖精メドゥエルフならば緑髪に黄みがかった肌、熱帯妖精トロピカルエルフなら赤髪や黒髪に褐色といった具合。

 例外はあるが山岳部のような高地に住む者は排他的で、平地や水辺に住まう者は友好的な傾向を持つ。

「――お話はわかりました、お受けするっス」

 しばし思案したのち、顔を上げシューとパイに視線を向け返答する半妖精の女性。

 あっさりとした物言いに即応できずにいるふたりへ、

「……実は懐具合が厳しくて、路銀を何とかしないとなぁって考えていたところで」

 苦笑しつつ言葉を続ける半妖精。

「いつまでも神殿ここのお世話になっとく訳にもいかんでスし、渡りに船で助かるっス」

 照れ隠しするように頭を掻きながら言う彼女へ、

「――では、わたくしたちの一党に」

「ハイ、お世話になるっス」

 かけたパイの言葉に即答する半妖精。

 予想外のスムーズな展開に現状認知できていなかったシューだったが、我に返って飛びつくように半妖精の手を握り、

「ありがとうっ、ありがとう……」

 感極まった声を上げる。そんなシューに慈しみのまなざしを向けてから、

「これからよろしくお願いします。あ……」

 視線を彼女ハーフエルフへと戻し、一礼したパイが言葉に詰まった理由を察したのだろう、

「エクスレンサリアいいます。――エクレアと呼んでください」

 半妖精――エクレア――は人懐っこい笑みで名乗った。


    §

 

 夕刻になって『巨人と洞窟亭』で落ち合う一同。

 テーブルに着くいつもの面子、シュー、サブレ、パイ、バニラの他に見慣れぬ顔がふたつ加わっている。

 浅黒い肌をした新顔のひとりが、傍らに立て掛けていた緩く曲線を描く剣を誇示しながら口を開く。

「ワシはアベカワ。御覧の通り湾刀使いじゃ」

 背丈はサブレより少し高いくらいだが体格はまるで違う、骨太で筋肉質。洞人族ドワーフの女性だ。

 『湾刀使い』とは、大陸の東端にある島国から伝えられた斬ることに特化した武具の使い手たちが好んで使う呼称で、正しくは『武士サムライ』という。

 前衛職だが真言魔法を唱えることが出来る、特異な戦士クラスである。

「斡旋所で暇そうにしてたから声かけた」

「普段は隊商の護衛をされているそうなんですが、最近は人数制限がきつくてあぶれてしまうことが多くなったとかで」

「手はいとるし、たまには違うことをしてみたくなってな。で、誘いを受けたと言う訳じゃ」

 サブレとバニラが勧誘経緯を話しているところへ、豪快に笑いながら割り込むアベカワ。

「迷宮探索は不慣れじゃが、よろしく頼む」

 洞人族特有の白い髪をいくつもの三つ編みにしてまとめた洒落っ気のある頭を下げ挨拶をする。

 髪の留め具に様々な細工物が使われているのにも、ごつい見かけによらず手先の器用な洞人族らしさが見て取れた。

 アベカワの礼に皆が返すのを確認してから、自分の番だなって感じで半妖精エクスレンサリアが椅子から腰を上げ口を開く。

「自分エクレアいいまして、コンウェア様にお仕えしてるっス。よろしくお願いしまっス」

 卓にいる全員にペコペコと頭を下げ、

「啓示があって司教職に就いとりますけど、実のとこ奇跡や呪文はあんまり得意じゃないっス。こっちの方がメインで……」

 やや早口で言いながら、弓を引くポーズをとるエクレアへ、

「コンウェア、と言やぁ弓だわな」

 信者ではないからか、神の名を軽く呼び捨てるサブレ。

 神に仕える者たちを前にしての不敬とも取られかねない態度に、バニラが顔をこわばらせるが、

「あ~、あまり気にせんでください。自分熱心な信徒ってわけじゃないスから」

 当のエクレア司教は気にする様子もなく、

「捨てられてた先がコンウェアさまの神殿だったってだけで……あ、お世話になった御恩は忘れてませんよ、ハイ。ただ、ちょっと、なんと言いますか~」

 他人事のようにさらりと自分の生い立ちを口にし、紛らかすように言葉を紡ぐ。

「……神への向かい方は人それぞれ」

 女神グラマナの忠実なるしもべである尼僧パイが、微笑みながら口にすれば、

「地上にいる信徒ひとりひとりの信心深さを気にするほど、天上の神々も暇ではなかろうし、器も小さくないじゃろ。ちなみにワシは炎と鍛冶の神・マクダラスさまを崇めとる」

 呵々かかと笑い飛ばすアベカワに、

「ですね。自分あまり徳を積んどりませんけど、奇跡の嘆願を断られたことないっス」

 うなづいたエクレアが朗らかに言い切る。

「もし神様がみみっちかったら、アタシなんざとっくに罰当てられてらぁ」

 神さま関係のきっかけになったことを忘れたかのように、カンラカラカラと胸を張るサブレへ、

「いやそれ、ちっとも自慢になりませんよ~」

 困惑顔で突っ込むのはバニラである。

 どっと笑いが起き、場が和む。

 初顔合わせであるが妙に馴染んだ雰囲気。

 増員を言いだしてわずか一日で面子が集まったことに合わせ、幸先の良さを感じシューの顔もほころぶ。

 ふと視線を感じそちらへと気を向ければ、パイが柔らかなまなざしを向けて笑っている。

 ささやかながらも飲めや食えやで卓は盛り上がり、楽しい気分のまま夜は更けていった。 

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彼女たちの冒険ライフ シンカー・ワン @sinker

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