第3話 Underground starry sky ――奈落の星空

 

 シューらの一党パーティは、地下迷宮への通路を進んで行く。

 ゆるやかな下りを数回方向を変え、たどり着いたのはまたしても石の扉。

「罠無し鍵無し扉のあっちから異音無し。……開ける?」

 斥候スカウトのサブレが扉を一通り調べ、仲間に尋ねる。

「何が出てくるかわからないから……」

 戦士でリーダーのシューがサブレを促し、扉の前に立つ。

 一党の隊列が変わる。

 先頭にシュー、神官戦士のパイが続き、サブレは三番手。最後尾は魔法使いのバニラだ。

「行く、よ」

 肩越しに背後に控える一党へと視線を送った後、シューは宣言し、扉を蹴り開けた。

 初めの石扉のように軽く開く扉、なだれ込む一党。


「……う、わぁ」

 バニラの感嘆した声が漏れる。

 扉の向こうは、地下に広がる大空洞だった。

 ここへ至るまでのきちんとした石造りではなく、天然な状態のものに少しばかり手を加えただけの。

 地下の断崖に、テーブル上に削られた尾根の道が対岸まで続いている。

 上はもちろん、断崖の下も闇に阻まれ、その高さ深さは知れない。

 空洞を支える多くの石柱には石英や水晶が含まれているのだろう。迷宮構造材の放つ淡い光がそれらに反射して、空洞をほのかに照らし出している。

 まるで地中に現れた星空だ。

 

「ちょっとした絶景、ですね……」

 ほぅ、と、ひとつ溜息を洩らしバニラの言葉が続く。

 小人族パルヴスとは別の意味で、魔法使いも好奇心旺盛である。

 なぜなら未知なるものへの憧れ、興味、探究心。それこそが魔法使いたる資質のひとつなのだから。

 目を輝かせて景色を眺めるバニラの姿を、三人が微笑ましく見つめる。


「ねー、ちょっと休まない?」

 扉先の、階段状に削れた岩に腰かけてサブレが言えば、

「賛成ですね。ここなら見晴らしもよくて、もし奇襲があっても対処できそうですし……」

 頭目リーダーの裁定を求めるように、目配せしつつパイ。

「――そう、だね。そうしよう」

 パイの視線を受けて、槍を下ろしシューが答える。

 休息宣言を聞き、サブレは背後の石扉にくさびを打ち込み後方の憂いを絶つ。

 パイは自分たちのいる岩場の四方へ聖印を刻み、簡易の結界を作る。

 "キャンプ" と呼ばれるこの小さな聖域は、短時間ながら敵を拒むことが出来る。

 そのため外敵だらけともいえる迷宮のような場所でも、ある程度安全に休息が取れるのだ。

 緊張は疲弊を生む。疲弊はミスを呼び危険を招く。だから冒険に休息は欠かせない。


 石段に座り込んだシューへと、パイが水袋を手渡して自らも腰を下ろす。

「ありがと」

 一口飲んだ水袋を返しつつのシューの礼に、受け取りながらパイは笑みで応える。

 バニラは立ったまま、周りの景色を目に焼き付けていた。

「座れば~?」

 からかうようなサブレの声も耳には入っていないようだ。

 バニラ的にはこの光景を観れただけでも、ここまで来た甲斐があっただろう。

 もちろん、他のメンバーにもちょっとした話のタネにはなる。

 ――どちらにしても、無事に生きて帰れればの話ではあるが。

 地下大空洞の絶景は、しばしの間新米冒険者一党の憩いとなった。


「――じゃ、そろそろ行こうか?」

 皆から遅れて座り込んだバニラが充分休んだのを見計らって、立ち上がりながらシューが言う。

 頭目の言葉に従うようにそれぞれが腰を上げ、軽く装備の再点検。

「隊列はさっきのまま、警戒を怠らずに進もう」

 準備が出来たのを見回してのシューの言葉に、一党は動き出す。

 尾根の道を進み、地下空洞の対岸にたどり着く。

 ここからが迷宮の本番だ。

 迎えたのはご多分に漏れず、石の扉。ただ少しだけ違う。

 明らかにこれまでの物より、サイズの大きな扉を見上げる一党。

「……開くの、これ?」

 呆れた口調でサブレ。そう言いつつも扉を調べることは怠らない。

 罠や施錠らしきものはないことを確かめた後、

「一応、試してみる」

 シューが扉に身体をあずけ体重をかけて押してみる、と、

「――ぅおっと」

 巨大な扉は見た目よりも楽に開き、思い切り体重を掛けていたシューは倒れこみそうになる。

 結果的に迷宮へと入り込んだ形となったシュー、即体勢を整え辺りを警戒。

 あとのメンバーもすかさず中へ入り、隊列を組みなおす。


 入り込んだ先は扉に準じたスケールで、広く大きかった。

 三人が並べば狭く感じた、ここへ至るまでの通路の倍以上はあろうか?

「……文献に書かれていた伝承だと、ここの迷宮には巨人族の手が入っているとか」

 闇が重々しくのしかかる迷宮を眺めつつバニラ。

 淡く光る構造材のおかげて、数歩先までは見渡すことが出来るのは変わらない。

「げっ。んじゃ相手すんのって巨人族?」

 サブレが嫌そうに言った。

「迷宮踏破者の伝によりますと、遭遇しなかったそうですよ」

 さくっと答えたバニラに、

ってことじゃない。あーヤだヤだ」

 げんなりとした顔で吐き捨てるサブレである。

「まぁまぁ。……では浅い階層だとどんな怪物モンスターが?」

 サブレをなだめつつ、バニラに尋ねるパイ。

「ええっと……たしか一層目は狗頭コボルド小鬼ゴブリン粘菌スライム大蟲ムシたぐい、大ネズミとか、あと骨、でしたかね?」

「……どれも数で押してきそうなのばかりだね」

 指を立て視線を上にして思い出しながら答えるバニラに、これまた嫌そうにシュー。 

集団グループ相手はバニラさんの魔法にお任せして、わたくしたちはその撃ち漏らしを」

 出来ますよね? と、バニラに目配せしたのち、シューを力づけるパイ。

 有無を言わせないその視線に、

「はは……善処、します」

 引きつった笑みを浮かべて答えるバニラ。

 ――やっぱり、パイさんには逆らわないようにしておこう。

 そう胸の内でつぶやくバニラである。


 広くなっている通路に合わせ、隊列を変えて進む一党。

 前衛にシュー、パイ、サブレが就き、後衛をバニラという布陣だ。

 中央でサブレが一歩分だけ前に出て警戒しつつ、有事の際は両サイドのふたりが前に。

 通路で突然の遭遇戦が起きるかもしれないことを見越しての備え。

 広さが増せば闇が隠してしまう範囲も比例し、それだけ死角が多く生まれる。

 ただ歩いて進むだけなのに、ここへ至るまでの通路とは疲労度が違う。

 移動しているだけで、気力も体力も消耗していく。

 魂をすり減らす緊張感、これが迷宮に挑むということなのだ。

 初陣で半分が全滅するというのも、もっともか。


 幸いにして通路での遭遇はなく、一党は目的地である玄室に到達した。

 巨人族仕様らしい大扉の前で、最終確認を行う一党。

「あたしとパイが直接戦闘、バニラが魔法支援。サブレはバニラの護衛を」

 シューの端的な言葉に皆が頷く。

 扉はサブレが調べ終えてある。罠も鍵もない、けど部屋の中には何かのいる気配が。

「今日の目的。玄室で、一回戦って、宝箱を開ける。それから地上に、みんなで、生きて帰る」

 確かめるかのように言ってシューは深呼吸ひとつ。それから肩越しに皆へと視線をくれてから前を向き、

「――行くよっ!」

 叫び、扉を蹴り開けた。 

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