第2話 Adventurers ――冒険者たち

 

「行くよーっ」

 小人族パルヴスの少女が勢いよく石の扉に手をかける、が。

「――わ、わわっ」

 重そうな石の扉が、予想以上に軽く動いた。

 押し開きの扉の向こうへと、勢いに任せて吸い込まれていく小人族。

 扉の向こうに広がる闇へと消えた小人族の少女を追うように、残る三人も扉の内側へと慌てて飛び込む。

「サ、サブレ――ッ?」

 血相を変え、名を呼びながら扉をくぐった戦士に、

「呼んだ―?」

 扉の陰に佇み、緊張感無く答える小人族の少女サブレ

「えっ?」

 あっさりとした返事に、戦士が間の抜けた声を上げ足を止めた。

「――あ」「え、えぇっ?」

 突然の制止に後続の神官と魔法使いは対応できず、

「うわぁっ」「あぁっ」「きゃあぁっ」

 戦士を巻き込んで見事に転んだ。

「……なにしてんの?」

 重なり合って地に伏した三人を見下ろして、呆れた口調でサブレ。

「なにしてるって……あんたが急に消えたから」

 転んだ際にぶつけたところをさすりつつ、身体を起こして戦士が答えると、

「消えたって……扉の動きに合わせてただけだよ?」

「わたくしたちからは、サブレさんがこちらに吸い込まれたように見えたんですよ」

 サブレの言葉に、神官が苦笑しながら返す。

「でも、何事もなくてよかったですね」

 魔法使いが、つば広の三角帽子を被り直しながら言えば、

「うん、いや。アタシから見ればアンタたち大惨事だわ」

 見降ろしてとてもいい顔をして笑うサブレに、三人は苦笑いを返すしかなかった。 


 一党がくぐった扉の内側は、自然物からは程遠い人工的な環境だった。

 四方が石材で作り上げられており、所々が淡い光を放ち、それなりの明るさが得られている。

 だが空間の大半を占める闇は、質量をもって圧し掛かってくるようだ。

 そんな迷宮の通路を、慎重に進みゆく一党。    

「話には聞いてたけどさ」

 斥候スカウトとして先頭を行くサブレが、誰に向けるでもなく口にする。

「おかしなところだよね、迷宮って。薄暗いのに松明たいまついらない程度には明るいとか」

 軽い口調ではあったが、先ほどまでの浮ついたような感じはしない。

 むしろ緊張をごまかすための軽口にも聞こえる。


 楽天的で陽気、好奇心に満ち行動的な小人族であるが、一転して危険に対する感性が強い。

 いつ敵に襲われるかわからない草原で、命を育む種族ならではの持って生まれた能力。

 ゆえに冒険者としては、斥候や野伏レンジャーに就く者が多い。

 あるいは身軽さや敏捷はしっこさを買われて、盗賊シーフに為る者も。


 足先や靴底で石畳を探り、耳をそばだてて異音を拾い、闇を見透かそうと目を凝らす。

 サブレは一見気楽そうに、しかし繊細に一党を先導してゆく。

 石造りの四方は狭いようにも感じられるが、闇に隠されとてつもなく広いようにも思えた。

「おかしなところだけど……それだけ面白い、ね」

 チリチリと皮膚を灼くような危機感、それを上回る好奇心。

 サブレは、相反する感覚に昂る自分を楽しんでいた。


「――危ないって感じたらすぐに下がって。あたしが出るから」

 後ろを行く戦士が、緊張を隠さずに告げる。

「大丈夫、シュー?」

 振り返りもせずに返すサブレ。言葉にはからかいが混じっている。

「大丈夫じゃなくても、やらなきゃ――」

 どこか切羽詰まってる感のあるシューの言葉に、サブレは返事をしなかった。


 新人冒険者と言えば武具も防具もピカピカの新品であることが多い。だが、彼女シューは明らかに違う。

 中古品とわかる傷みと修繕痕の目立つ革の装具に、主武器としているのが槍。

 比較的安価な割に威力のある槍は、赤貧戦士の友と呼ばれる。

 装備一式から、シューには金銭的なひっ迫感が見て取れた。

 

 冒険者を職業として選ぶものは、大まかに二種類に分けられる。

 望んでなった者と、者だ。

 望んでなる者については、言うまでもないだろう。

 成功して財を成し名を売った冒険者に憧れ、自分もそうなりたいと夢見たとか。

 あるいは自分は社会の枠にはまらない、自由人だと格好つけるためだったり。

 いずれにしても、それなりの前向きな理由があったりするものだ。

 選ぶしかなかった者は、社会的弱者が多く、後ろ向きな理由持ちが大半を占める。

 貧困から抜け出すためとか奴隷に堕ちるかの二択に迫られたとか、都市の民としての身分を得るためだとか。

 大抵、マイナス状況からの脱出が理由になっている。

 戦士シュー。彼女もマイナス側の人間なのだろう。


「シューさん、ご安心を。わたくしもおりますから」

 どこか張り詰めた感のあるシューの肩に、後ろからそっと手が添えられ、

「ご自分だけで、と思わないで。成り立てとはいえ、わたくしたちは一党パーティなのですから」

 落ち着きのある柔らかな言葉がかけられた。

「……だね。ありがと、パイ」

 強張った身体から力を抜くように大きく息を吐いた後、肩越しに背後の相手に礼を言うシュー。

 神官パイは、かけた言葉と同じような柔らかい笑みをシューへ返し、

「戦うすべは学んでいます。足手まといにはならぬかと」

 腰帯に吊るしてある鎚矛メイスに手を当て、力強く言う。

「――頼りにするね」

 シューからの言葉に頷いて答えるパイ。


 神々によってこの世界は創り上げられた。

 迷宮も、その多くが神々がいた時代に造られたものだ。

 神々はのちに天上へと去ったが、今も世界を見守り続けている。

 僧侶や神官たちは、神の教えや言葉を守り人々へ伝え奇跡を代行する。

 神に仕えながら武器や拳を振るって戦う者を、神官戦士、もしくは武僧と呼ぶ。

 宗派によって武具の制限などがあったりするが、戦闘力は戦士とさして変わらない。

 神の奇跡を代行し仲間を守り癒し敵を討つ。尼僧プリーステスパイもそんな神官戦士のひとり。


「それにバニラさんの魔法もありますし、ね?」

 パイは頷いた後、最後尾を歩く仲間に言葉を向ける。

「え? は? ははは、はいっ」

 突然振られたためか、慌てて応える魔法使いバニラ

「び、微力ですが、お役にたてると、思い、ますです、はい……」

 言い終わりが小声になる辺りに、自信の無さがうかがえた。


 神々によって作られたこの世界は "力" に満ちている。

 魔法使いは真なる言葉トゥルー・ワードを唱え 、"力" を "魔法" という現象へと変換する。

 だが "真なる言葉" を口にすれば、誰しもが魔法を使える訳ではない。

 言葉の持つ意味を正しく理解し、"力" に形を与えるように文言を綴らねば魔法は発動しない。

 しかも魔法を行使するには、唱える者キャスター体力や精神力スタミナが必要なのだ。

 "真なる言葉" への理解が深くなれば、すなわち経験を積むほどに必要とするスタミナも少なくなる。

 理解のまだ浅い成り立てでは、日に数回の行使が出来れば良い方。

 バニラの自信の無さは、己が新米だと自覚しているから。

 だが、その聡明さこそが魔法使いの資質。真理の探究者にして "力" の行使者たる証しなのだ。

 

「優秀な斥候スカウトのサブレさんもいますし、わたくしたち、良い一党だと思いませんか?」

 会話の流れから外れていた、サブレへの称賛を怠らないパイ。

 黙々と探索していたところをさり気なく持ち上げられ、サブレも悪い気はしない。

 探りながらの足取りが、心持ち滑らかになる。

 自然と一党の気持ちをまとめたパイ。これも神に仕える者ならでは思慮深さか。

 パイの気遣いにシューはただ感謝し、バニラは内心舌を巻く。

 一党の頭目リーダーは戦士のシューであるが、要はパイなのだと。

 そんなバニラの心の内を見透かしたように、パイが振り向いてそっと微笑む。

「は、はは……」

 引きつり気味の笑みを返しながら、この人には逆らわないでいようと決めるバニラである。


 一党内の力関係バランスを構築しながら、彼女たちは迷宮を進んでゆく。   

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