最終話 相変わらず貧乏だけど……

 カルは頭を抱えていた。予想以上に予算がかかってしまったからだ。


 呪刀事件を解決したことでお偉方から多くの報奨金をもらう予定であった。

 だがその証拠となるものが何もない。目撃者が誰もいなかったからだ。これでは「事件を解決しました」なんて堂々と公言できるわけはなく、今回のことは、世の中の「いつの間にか呪刀事件は消えたねぇ」という噂話を待つ……そんな泣き寝入りをするしかなかった。


「はぁぁ……」


 バスラの宿、飛天の暖簾を出た先でカルは唸った。背後から続いて外に出てきたクウタは苦笑しつつ、肩をポンッと叩いてくる。


「剣士ってのは世の人のためになる稼業だけど金を稼ぐのが大変だってのは本当なんだなぁ。まぁ、カルがまたバスラに戻ってきた時に払ってくれればいいよ。事件を解決したこと、俺は知ってるしな」


「だからと言って、せっかく解決して新たな旅立ちだって言うのに宿に借金して旅立つんだぞ……というより、そこまで言うならまけてくれてもいいだろう、あんなにお前の代わりに手伝ったのに」


 恨みを込めた言葉をクウタに向かって吐くが、彼は「それとこれとは別だ」と言っておかしそうに笑っていた。


「だって、そう言っておかないと、お前がバスラに来る理由がないだろ? スーもキッタもお前がまた来るのを楽しみにしてるんだから」


「失礼だな。ちゃんと来るって、お前とスーとキッタに会いにな。その時、ちゃんと金も払う」


「本当か? じゃあお前の好物の饅頭用意しておくわ」


 カルはクウタと顔を見合わせ、何もおかしいことはしていないのに笑い合う。金を貸し借りしていようがなかろうが、お互いに「また会おうな」という含みのある笑いだ。


 またしばらくは会えない。

 でもまたいつか会える。次に会う時は二人の間の子供もいたりしてな、とカルは思った。


 クウタに別れを告げ、宿から離れたところで。タキチが(カルゥ)と文句ありげな声を上げる。


(元はと言えばさー、あの酔っ払いのケガがなかなか治らないから宿の滞在が長くなっちゃったんだろー? だからあいつから金もらえばいいのに。あいつを置いて、とっとと旅立っちまえばよかったんだ)


「そんなわけにもいかないだろ。それに滞在している間、クウタ達の結婚式もあって結構楽しかったじゃないか」


 あの二人はめでたく結ばれた。スーはあの時、着付けをしていた婚礼衣装に身を包み、とても幸せそうにしていた。その姿を見ているとカルの中には母が連想される。

 母も、あんなふうに幸せになれていたら。

 でもそんなことを思う必要はない。

 母は幸せだったのだから。


 木造の建物が並ぶ通りを歩き、やがて外とバスラを隔てる大きな門に近づく。バスラに来てから数週間、色々なことがあった。

 失うものもあり、得るものも多かった。


「遅いぞ、お前ら」


 相変わらず着物を着崩した出で立ちのキユウが門の付近で気だるそうに待っていた。

 だが左腕は以前あった場所には存在していない。痛々しい跡は着物の袖に隠れて見えないが、戦の多いこの時代、腕の一本や二本ない者は存在している。だから世の中からすれば違和感はないのだ。


「キユウ、傷は大丈夫か?」


(カル、酔っ払いの心配なんてしなくて大丈夫だって。腕なくした翌日には酒飲んでるような奴だぞ)


「いちいち、そこのタヌキは突っかかってきやがるな。そんなことを言ってお前、片腕の俺にも勝てなかったじゃないか。タヌキの能力は刀にも反映されるから、まぁ仕方ないことなんだけどなぁ」


(な、なんだとっ!)


 刀の赤い飾り紐が怒ったように揺れる。

 相変わらずにぎやかな二人を見ながらカルは笑う。二人でしばらく言い合いをしていられるよう、タキチを腰から外すと「持っていて」とキユウに手渡し、一足先にカルはバスラの大きな木造門を走り抜けていた


「ひゃあ、気持ちいいなっ」


 門の外に広がっているのは天に晴れた空、眼下に砂の大地。はるか遠くに見える山々。

 まだ行きたいと思う場所はたくさんある。気の向くままにあちこちを巡ってみようと思う。

 だがまず行くところは決めている。自分が住んでいた村だ。


「こいつを両親の墓に持っていってやらないと」


 カルの手にはサビた小太刀が握られている。これはダイの墓に供えられていた、一度だけ自分の腹を突いた、あの時の物だ。元は自分の物であったがずっと長い間、ダイの魂と共にあった物。


 これを両親の墓に一緒に置いておけば、家族はずっと一緒になれる――と、自分がそう思っているだけに過ぎないが。今度はもう、さびしくないように、そうしてやりたいのだ。


「本当に優しい奴だね、アンタは」


 不意に感心したような声がした。声の主はカルの腰に提げられた、もう一つの刀の持ち主だ。見れば足元にはいつの間にか銀色の毛並みの狐がちょこんと座っていた。


 秘刀命の鏡。本当なら元に祀られていた場所に戻すべきなのかもしれない。けれどギンちゃんから何も文句は出ていないから、さり気なく自分の腰に差している。


「ギンちゃんはどっか行きたい場所ある?」


「うーん? 私は特にないよ。私の楽しみは今はアンタ達を眺めていることだからね」


「なんだよ、それの何が楽しいんだ」


「くくっ、それはねぇ……金がなくて悶えるアンタとかギャアギャア騒ぐタヌキとか……うくく」


 ギンちゃんは意地悪く笑い、尻尾を震わせる。実はすごく性悪な神様なんじゃないかと思う。


「それはまぁ、半分冗談にしておき、一つだけ助言しておくと。カルはさ、その真っ直ぐな気持ちを失わないで進めばいいと思うよ。お前の魂が負けぬよう、あのタヌキが守るだろうからね)


(タキチが?)


(そう、結構粘るよー、あのタヌキは。私みたいに神様になって身体を具現化できる日も近いかもしれないね。大事にしてあげなよ)


 タキチが具現化……ギンちゃんは美青年だったけど、タキチが身体を持ったらどうなるのだろう。なんだか余計にうるさくなりそうだ。


 けれど邪念渦巻く世の中を渡り歩くために。一人では厳しい世界も、明るくにぎやかで。ちょっと不安も多い相棒がいれば乗り越えられる気がする。

 今度は頼りになる片腕の剣豪も一緒だ。


(おーい、カル! おれっちを酒臭い酔っ払いの手なんかに置いてくなぁっ!)


「カル! こんなポンコツタヌキなんて俺はいらねぇぞ!」


(ポンコツ言うなー! この死に損ない!)


 噂をすれば、というところ。タキチがキユウの手に雑に握られながらカルの元に戻ってきた。


「やれやれ、じゃあ、にぎやかに行くとするか」


 今日も今日とて一人と一匹……いや二人と二匹なったか。

 旅は陽気で楽しく、まだまだちょっとは貧しいが。楽しくやって行けそうだ。

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あやかしタヌキと少年剣士〜にぎやかに呪刀事件解決します~ 神美 @move0622127

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