秘刀が見せるそれぞれの思い

第二十七話 飛天のひととき

 自分の想像だけだと――両親はとても愛し合っていたと思う。だって二人だけで全てを投げ打ち、厳しくとも二人で生きる道を選んだのだから。


 その結果として自分は生まれた。

 リラとレン、二人のおかげで。

 けれど自分は二人の存在も、その愛もわからない。

 病気で亡くなるまで女手一つで育ててくれた母も。自分が生まれて間もなく罪人として処刑されてしまった父も。

 自分のことを少しでも愛してくれていたのだろうか。

 どうか教えてほしい……。






(――カル、カル。生きてるよな? 大丈夫だよな? まぁ、お前が死んじまったら、多分おれっちも消えるだろうから大丈夫なんだろうけど……大丈夫、だよな?)


 相棒の声を聞くといつでも心が安らぐ。いつも側にいて家族みたいに、長い時間を共に過ごしてきた存在だからか。

 どんな時でも、この相棒の存在は心地良い。


(……カルゥ〜)


 だから、そんな情けない声を出すなよ……ん?


(あっ! カル! 起きたー!)


(……タキチ?)


 目の前がまぶし過ぎる。強張るまぶたをゆっくり開けると、視界に映ったのはここ数日世話になっているバスラの宿の部屋の天井だった。整えられたやわらかい布団の上に横たわりながら、すぐ側に、畳の上に置いてあるタキチの気配があたたかいと感じた。同時に騒々しさも。


(カルゥ! よかったよぉー。おれっちは心配で心配で、メシも食えなかったんだぞー)


 とぼけたことを言うタキチに「元から食えないだろ」と通年の突っ込みを入れると、タキチは(へへへ〜)と笑っていた。

 こんなやり取りも久しぶりな気がする。ここ数日はずっと慌ただしい感じだったから。


 ……ん、なんで慌ただしかったんだ?

 最近、自分は何をしていたのだろう。いつの間に、こうして布団で寝ているのだろう。まだはっきりしない頭の中を動かしていきながら何気なく布団の上で左手を動かした。


 すると硬い何かが指に当たる。掴んでみるとそれは細長く、冷たいがそれほど大きい物ではないとわかる。寝転がったままそれを掴み、顔の前に持ってきた。


「あっ、タキチ、これって……!」


 綺麗な金の装飾が施された鞘と柄、そこに収まる短い刀。自分の物ではない、初めて見る短刀だ。

 カルは片手の指を使い、鞘から少しだけ刀を抜いた。すると、そこから現れた刀身はきらりと光り、鏡のように澄んだ面が現れた。


「うわ、すげぇ、綺麗……」


 そのまま見続けていると鏡面に吸い込まれてしまいそうな気がする。それほどまでに研ぎ澄まされて綺麗だ。

 感嘆の吐息をもらしながら、カルは刀を鞘に納めた。これは間違いなく自分が探していたあの刀だ。


(それ、キユウが置いていったんだよ)


「キユウ……あぁ、そうか……って、えぇっ!」


 彼の名前を呟いたことでカルの記憶は一気によみがえった。

 苦い記憶……思い出すと、今度は絶望のこもるため息が出てしまう。そうか、キユウに結局助けられたわけだ。しっかりとあの美しい着物から、いつもの緋色の着物に着替えてもあるし。


(あいつ、全部知っていたんだよ。カルが変装していることも。カルがその刀を望んでいることも……全部だぞ。なんでだろ?)


 ついでにタキチから、キデツの屋敷での一件から一夜明けていることを聞いた。


「なんでって言われてもなぁ」


 キユウに命の鏡のことを打ち明けたことはない。実の両親の姿を見たいということも。その事実を知ろうとすることを彼は拒むと思ったから。


 キユウは自分の父親レンに対して憎しみを抱いているのだ。そんな両親の姿を見たいと言えば彼も穏やかではいられないだろう。


「でもキユウに、着物を着た俺を見られちゃったんだよなぁ……うぅ、穴にずっとはまっていたいぐらい恥ずかしすぎる……」


(ま、まあまあ、助かったんだからよかったじゃん。結果的に命の鏡も手に入ったしな)


 タキチの励ましの通りだ。今さら嘆いても仕方ないと思うことにする。キユウはあの場から助けてくれ、自分が欲しいと思っている物を与えてくれたのだ。理由はわからないが今はそれに感謝するとしよう。


 あと感謝をする相手はもう一人いるのだ。

 せっかくだから今、礼を述べておこう。


「タキチ、いつもありがとうな。俺はお前の存在にいつも勇気づけられているんだ。お前はおしゃべりで、うるさいばかりだけど。お前がいつも不安を吹き飛ばしてくれるから、俺はいつでも戦えるんだ」


 自分はいつも怖いと思うとタキチに触れていた。タキチに触れると怖さが消し飛んだからだ。

 それはタキチが恐れを持たないから。命知らず……とも言えるのかもしれないが。

 タキチは恐怖心を抱かない。それがいつも恐怖心を抱いてしまう自分の気持ちを、かき消してくれるのだ。


 自分とタキチは一心同体。それはずっとこの先も変わらない。どんな時も共に戦う運命だ。

 そんなタキチに応えられるように、自分ももっと強くなれたらと思う。どんな相手にも屈せず、戦えるようになれたら。

 そうなるまではタキチも歯がゆいだろうけど、一緒にいてほしい。


 自分の気持ちを包み隠さずに言うとタキチは涙ぐんだ声で(カルゥー!)と、わめいていた。

 そんなタキチを「よしよし」となぐさめてから、カルは話題を変えた。


「ところでタキチ、これってどうやって使うんだろう?」


 寝床から身体を起こし、カルは命の鏡を見つめる。一見すると装飾の素晴らしい短刀だ。でも手に取って眺めても、なんということはない。何も起きない。妖刀のような気配もほんのわずかに感じられるが、タキチに比べたら砂粒と言えるほど、その力は小さい。これが本当に見たいものを見せてくれる秘刀なのか、疑わしくもある。


(おれっちもわかんないなー、とりあえずギン太に聞いてみれば?)


(誰だよ、ギン太って)


 ギンちゃんのことでしかない、が。

 命の鏡を手に入れたはいいが使い方は不明だ。

 カルとタキチが頭を悩ませていると「おーい」と部屋の外から声がした。

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