火曜日 ショウロウさん


20:00  私はもの凄く焦っていた。

今私が向かっているお店のラストオーダーが20時半だからだ。

せめて25分にはお店に着かないと迷惑になってしまう。

そんなことを考えている今現在私がいるのは電車の中。

誰かが線路に侵入したらしくその後の点検で遅延しているのだ。

(今日はもう諦めようか…。ぎりぎりに行ってもお店の迷惑になるだけだし。)

『たいへんお待たせ致しました。間もなく発車致します。』

タイミングが良いのか悪いのか間に合うかもという期待が胸を高鳴らせる。

(お店の前まで行って間に合わなかったら帰ろう。)

そのまま目的地まで電車の揺れに身を任せた。


20:18  目的の駅に着いた。

駅から歩いて20分

全力で走ればきっと10分

…………意を決して私は走り出した。


20:33  お店の前に到着した。

「っ…ま、間に合わなかった。はぁはぁはぁ」

駅からお店までの道のりを走り続けることが出来ず走ったり歩いたりを繰り返した結果目標時刻に間に合わなかった。

一気に体から力が抜けその場に崩れ落ちた。

落とした視界に自分の太い脚が入り、自分の体形を呪う。

私は所謂ぽっちゃり体型で、運動も得意ではなく体力もない。

ダイエットはしているけど、食べることが大好きで長続きできなかった。

そんな私にとってショウロウさんの作る低糖質高タンパク質の美味しいごはんは運命といっても過言ではない出会いだったのだ。

(一週間に一度の楽しみ。今週はダメだった…。)

涙が滲むのを零れ落ちる前に拭うための太い腕が視界に入る。今の自分にはそれさえも結構堪えた。

「あの、大丈夫ですか?」

具合が良くないと勘違いさせてしまったのか、誰かに声をかけられた。

「だ、大丈夫です。すみません。ちょっと走ったので息を整えてただけなんです。」

立ち上がりながらそう答えると

「じゃあカフェでゆっくり休んでいって下さいな。美味しいごはん作りますんで。」

とショウロウさんが返してくれた。

「!?しょ、ショウロウさん!?」

あまりのことに驚いてしまい、夜だというのについ大きい声を出してしまった。

「はい、こんばんは。」

ショウロウさんの微笑みで先ほどまでの暗い気持ちがどこかへと吹き飛んでしまった。

普段厨房にいて横目でしか見れないショウロウさんが目の前で微笑んでいる。

これは夢か幻か。乙女ゲームなのか。

「ご飯食べていきますよね?あ、それともカフェ目的じゃなかった?」

「いえ!カフェ目的です!!あ、でもラストオーダーの時間が…。」

到着した時点で過ぎていたのだ。完全にアウト…

「大丈夫ですよ。せっかく息を切らしてまで来てくれたのに、何も無しで帰すなんて申し訳ないし。ただ表からはちょっとあれなんで、ついてきて下さい。」

そう言ってショウロウさんが歩きだしたので私は後をついていった。

お店の裏手から店長さんが育てているという菜園に入ると店内からは見えなかったテラス席があった。

「こちらどうぞ。」

ショウロウさんが椅子を引き席へと誘導してくれた。

照れくさい気持ちと嬉しい気持ちが合わさって私の鼓動は先ほどよりも早く脈打っていた。

「今メニュー持ってきます。」

「あ、大丈夫です。ショウロウさんのオススメでお願いします。」

「かしこまりました。すぐお持ちしますね。」

ショウロウさんがお店に戻っていくと入れ替わりで女性店員さんが出てきた。

「いらっしゃいませ。春とはいえ夜はまだ冷えますのでこちらお使いください。」

女性店員さんはブランケットとヒーターを持ってきてくれた。

「店内のお客様がお帰りになられましたらすぐお席にご案内致しますね。」

「あの、すみませんラストオーダーに間に合わなかったのに。」

頭を下げると女性店員さんはニコリと微笑んでくれた。

「ショウロウさんが作るご飯て美味しいですよね。」

「え…は、はい。」

「低糖質で高タンパク。味も美味しい。」

「そう!そうなんです!!低糖質て言うと味は二の次みたいなところがある中、ショウロウさんが作ってくれるご飯は本当に美味しくて。私の唯一の楽しみなんです!!」

ハッ

つい我を忘れて熱く語ってしまった。恥ずかしさのあまり熱をもった顔を両手で隠した。

「今の言葉ショウロウさんに伝えてあげてください。絶対喜ぶと思います。」

女性店員さんがそう言って戻ろうとした時裏口のドアが開いた。

「紫ちゃん。皆さんお帰りになったよ。」

(あ、火曜日のフロア担当のマドカさん。紫ちゃん…?)

紫…ゆかり…縁!!

「あの、もしかして店長さんですか?」

「はい。わたくしイケオジカフェ縁の店長兼オーナーの紫と申します。なので時間とか気にしなくて大丈夫ですよ。お客様が毎週火曜日時間内にご来店頂いていたのは知っていましたし、むしろ今日は来ないのかなってショウロウさんと話していたくらいですから。」

店長兼オーナー…すごい私よりぜんぜん若そうなのにとてもしっかりしている人だ。

この人がこんなに素敵なカフェを生み出してくれたのか。

感謝してもしきれない気持ちでいっぱいです。

(ん…まって。さっきショウロウさんと話してたって言った…?)

先ほどの店長さんの言葉を思い出し落ち着いていた心臓がまたすごい勢いで動き出した。

「あの、もしよければこのまま外の席でもいいですか?」(ちょっと夜風にあたりたくて…)ヒーターもブランケットもいらないくらい今私は暑かった。

「大丈夫ですよ。お冷お持ちします。」

店長さんとマドカさんはお店へ戻っていった。

それを確認してから私は大きなため息と共にテーブルに倒れこんだ。



***



「お待たせ致しました。おからのグラタンと枝豆のポタージュです。もしよかったらデザートにアボカドのアイスをご用意してあります。」

しばらくしてショウロウさんが料理を席に運んできてくれた。

「デザートも頂きます。」

「かしこまりました。じゃあ、食後に持ってきますね。」

ショウロウさんはニコリと微笑み、店内へと戻っていった。

その姿を見送り終えると視線はショウロウさんが作ってくれた料理へと自然と移った。

空へと消えていく白煙がこの料理ができたての熱々だということを教えてくれるのと同時に、私の嗅覚を刺激する。これは美味しいともう教えてくれている。

「美味しそう~!いただきます!」

おからのグラタンも枝豆のスープもとても美味。

(低糖質って思うと罪悪感なくお腹いっぱい食べれて超幸せ~。)

「美味しそうに食べてくれるから嬉しいな。」

料理に夢中になっていてショウロウさんが目の前にいることに気づけなかった。

「!!」

吹き出しそうになるのを手を添え必死にこらえると気管になにか入ったのか咳込んでしまった。

「大丈夫?お水飲んで」

ショウロウさんが渡してくれたお水を飲み一息つく。

顔を上げるとショウロウさんと目が合った。

「驚かせてすみません。店長から俺の料理褒めてくれてたって聞いてお礼言いに来たんですけど、逆に迷惑かけちゃったかな。」

「とんでもないです!!あの、嬉しいです!!」

ショウロウさんの言葉にかぶせ気味に否定するとショウロウさんは笑ってくれた。

「私食べることが好きでこんな太っちゃって…。ダイエットしても続かなくて…でもショウロウさんのご飯と出会って運命を感じちゃって!!」

自分が何を口にしているのか段々とわからなくなってきた。

それでもショウロウさんは真剣な顔で私の話を聞き続けてくれた。

「つまり、ショウロウさんの料理は罪悪感なく食べれる美味しい料理なんです!!私ショウロウさんの料理が好きです!!」

「ありがとう。俺も美味しそうにご飯食べてくれるの凄く嬉しい。ありがとね。」

敬語じゃないショウロウさんの言葉と満面の笑顔が私の胸に突き刺さり今日一番早く鼓動が脈を打った。


これからも火曜日はショウロウさんのご飯を食べに来よう。

ここは一週間に一度の自分へのご褒美です。



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ようこそ!イケオジカフェへ! ゆーかり @yu-kari1280

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