第21話


 下駄箱で由羅と落ち合ってから、電車に揺られて彼女の最寄り駅まで向かう。


 晴那の暮らしている駅とは反対方面らしく、朝の通勤ラッシュも回避しているらしい。

 いまだに1人で電車に乗れないため、それを素直に羨ましく思ってしまう。



 駅から10分ほどの場所に、彼女の暮らすマンションはあった。持ち家なため、ペットを飼うのも自由だったらしい。

 

 中はきちんとしていて、築年数も浅いために綺麗な内装だ。

 玄関口で靴を脱いでいれば、ニャアと泣きながら足元に猫が擦り寄ってくる。


 その姿が可愛らしく、つい抱き寄せてしまっていた。


 「本当に可愛い」


 首輪がつけられており、正真正銘この家の子になったのだ。降ろしてやれば歩くたびに鈴の音が鳴っており、それが尚更可愛さを引き立てている。

 

 「良かったね、リユ」

 「名前、リユにしたんですか?」


 この子にピッタリな名前だ。

 いつでもリユに会える由羅が羨ましくて堪らない。


 リビングに入れば、中には人がいる気配はなかった。


 「そういえば、今日家に…」

 「私しかいないよ?お母さんは仕事だから。うち、離婚してシングルマザーだからさ」


 それは初めて聞くことだった。

 沖縄にいた頃の友人にも、そう言う子は数人いた。

 学年が上がるタイミングで名字が変わって初めて知ることもあれば、気にした様子もなく打ち明けてくれる友人もいたのだ。


 あまり深掘りせずに、晴那は渡されたおもちゃを片手にリユと戯れていた。


 猫らしくジャンプ力が凄まじく、つい夢中になってしまう。しかしリユは暫くして飽きたのか、数分もしないうちに棚の上で眠ってしまった。


 相手にされなくなり、続いて由羅が好きだと言う女性アイドルグループのライブDVDを鑑賞する。


 初めて見るグループだったが、メンバーは可愛らしく、おまけに歌もダンスも上手で思わず見入ってしまっていた。


 画面に集中していたせいで、口数が少なくなってしまう。

 ライブ映像の音声だけが響く室内で、由羅はそっと言葉を零した。


 「晴那ちゃん、最近口紅の色変えた?」


 意識せずに、最近はひまりがくれたテラコッタ色の口紅ばかり使っていた。

 せっかく由羅が選んでくれた赤い口紅は、使用回数がめっきり減っていたのだ。


 「前結んでた時につけてたアクセも、あんまり晴那ちゃんぽくないデザインだった」

 「えっと…」

 「もしかして他にお友達ができて、その子に選んでもらった?」


 鋭い指摘に、はぐらかさずに正直に頷く。

 自分が選んだものよりも、他の人が選んだものばかり使うなんて、女の子であれば怒ってしまってもおかしくないというのに。


 大人な彼女は全くそんな素振りを見せずに、余裕のある対応を見せてくれた。


 「よかった…晴那ちゃんお友達出来たんだね」


 同世代の女子よりも、どうして由羅はこんなにも大人びているのだろう。

 その落ち着きに、晴那はなんども救われてきたのだ。


 「その色も、すごく晴那ちゃんに似合ってる。やっぱりコーラル系も似合うね」


 たしかコーラルはオレンジだったはずだ。いまだに、オシャレの用語はよくわかっていない。


 ポーチの中に赤色の口紅も忍ばせていたはずだから、由羅と会う時はそっちにした方がいいのだろうか。


 由羅はこう言ってくれているが、やはり自分が選んだものを使ってくれた方が、彼女も選び甲斐があるような気がしてしまう。

 

 「お化粧慣れてきた?」

 「前よりは…アイラインはまだうまく引けないからやってないんですけど…。由羅さんは器用ですね」


 目元をジッと見れば、由羅はそっと瞼を閉じてくれる。

 瞼に薄い線で惹かれたアイラインは、到底晴那には出来そうにない。


 「本当に器用…」

 「そうかな?私結構不器用だよ」


 言われてもピンとこない。由羅はいつも大人で、何でも器用にこなすイメージだ。


 今、開けてくれたスナック菓子もハサミを使わずとも上手に開封されている。


 「晴那ちゃんは、兄弟はいるの?」

 「一人っ子です。ペットもいないので、3人家族ですね」

 「そっか…」


 チーズ味のスナック菓子を口に頬張りこんでいれば、由羅は「あのね」と更に言葉を続けた。


 「私、親が離婚したって言ったでしょう?それで…父親の方に妹がついていったの」

 「妹さんが…何歳くらいなんですか」

 「一つ下で、晴那ちゃんと同い年。器用で、何でも出来る子なんだ。欲しいものも、気づいたら容量良くゲットしちゃうみたいな…そういう天性的に人に好かれる子」


 由羅の妹だから、さぞかし綺麗なのだろう。美人姉妹と呼ばれて周囲から一目置かれている姿が容易に想像できる。

 

 同時に年子であれば、離れ離れになって寂しい思いをしているのではないかと、心配になってしまう。


 「妹さんと離れて、寂しくないですか」

 「うーん…あんまり仲良いわけではなかったから。女同士だし、比べられることも多くて、気づいたらギスギスしてた」


 晴那はずっと一人っ子だったため、兄弟、姉妹という関係に憧れていたが、実際は理想の関係を築くことは簡単ではないらしい。


 「そうなんですね…」

 「まあ、会おうと思ってもいつでも会える距離ではあるんだけどさ。同じ学校だし」

 「え…」


 驚きで思わず口元を押さえる。

 一つ下と言うことは、晴那と同じ学年ということで、もしかしたら知っている誰かかもしれないのだ。


 間違い探しの絵本ブックを眺めているときのようなワクワク感に駆られていれば、由羅はあっさりとその答えを口にしてしまった。


 「晴那ちゃん知ってるかな?瀬谷ひまりって言うんだけど」


 離婚して苗字変わっちゃっからさ、と由羅はサラリと言ってのける。

 

 ルックスの系統だって、性格だって。

 正反対の二人が、まさか姉妹だなんて思いもしなかった。


 妹と折り合いが悪いと言っている由羅に対して、「その妹さんと仲良いです」だなんて言えるはずもない。


 晴那にしては珍しく、引き攣った笑みを浮かべてしまっていた。




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