第5話 最強騎士と知り合ったオレです

 魔物の背中からの血しぶきがおさまった頃、声の主が姿を現した。


 京たちと同じ国の紋章が刻まれた甲冑。キリッとした切れ長な瞳。すらっとした背丈に似合う長い金髪を紐か髪ゴムで簡単にひとつにまとめられている。

 誰が見ても上級の騎士と分かる容姿をした女性が二人の前に現れた。彼女の姿を見た時、ミヤビの顔が真っ赤になった。



「あ、あなたは……!?」



 先程とは違う緊張した声を発し、両手をガタガタと震えさせるミヤビ。敵なのか味方なのか分からない京は剣先を金髪の女性に向けた。



「怪我がないなら良かった。まさか、コイツがここまで逃げるとは予想外だったので、私も慌てて追いかけたのだよ」



 初心者向けの場所だから余計に心配したと付け足し微笑む金髪の騎士。その微笑にミヤビの頭は爆発した。



「はわわわ!! そんな!!」



 ミヤビの反応に京は首を傾げた。




「知り合いか?」



「知り合いだなんて! そんなおこがましい!」




 ミヤビが右手を金髪の騎士に向ける。



「彼女はこの国唯一の第一騎士であるキン様です!」



 誇らしげにキンを紹介するミヤビ。まるで憧れの役者や歌手に会ったかのようなテンションに京は若干引いていた。



「見たところ、君も騎士だろ? 隣国からか来たのか?」



 キンの言葉に京は一度視線を逸らした。その間に魔物の背中から降りて二人に近付くキン。彼女との距離が縮まるのと比例するかのように軍人のように姿勢を正すミヤビ。



「嫌、それが記憶が……」



 近くで見れば見るほど美しい金髪と切れ長な瞳。宝塚などがこの世界に存在すれば間違いなく大スターとなれるようなルックスは女性ウケが良いのは京でも分かった。



「そうか。それは大変だったな。えっと、二人の名はなんというんだ?」



 一歩下がり、膝を着くミヤビ。京も咄嗟にミヤビと同じ行動をとる。




「第五騎士のミヤビと申します」



「……。第二騎士の京です」




 自己紹介が終わると顔を上げキンを見るミヤビ。キンは微笑みながら二人に手を差し出した。



「ミヤビにキョウか。よろしくな」



 手を取り、立ち上がる二人。しかしミヤビはキンの微笑を見た途端、再度頭を爆発させた。顔も真っ赤になり、視線が泳ぐ。



「はわわわ!!」



 ミヤビの異常さにため息を着く京。それを察したキンはミヤビの頭をゆっくりと撫でた。



「怖かっただろう。そうだ。先に帰ってこの事を報告してくれ。またこの魔物に近いのがここまで逃げたら危険だからな」



 ミヤビの前髪を優しく撫でながら微笑むキン。その瞬間、ミヤビは全速力で来た道を走っていた。



「了解しました! キン様!」



 彼女の了解の声はかなり離れていたので小さく聞こえた。残された京。



「さて、第二騎士の君は私と共にこいつを捌く手伝いをしてくれ。こいつの爪や皮は良い防具になる」



 魔物の前足に触れながら京を見るキン。京は簡単に頷きながら皮を剥ぎ取るようの短剣を取り出した。キンもまた同じ短剣を取り出し、躊躇いなく魔物の肉と皮を剥ぎ取る。京もそれを見よう見まねで行った。転生前はプラモデルなどの趣味があった京は意外と器用だった。



「キョウといったな。忘却魔法か何かで記憶を失ったのか?」



 皮を剥ぎ取りながら話しかけるキン。京もまた剥ぎながら頷いた。



「はい。京という名前しか覚えていなく、先程の第五騎士からそれ以外を簡単に教えて貰いました」



 反射的に敬語で話す京。




「そうか。それで肩慣らしを兼ねてあの子のクエストを手伝っていたという所か」



「そんなところです。正直やることも無かったんで、良かったっすよ」




 脇の部分などは柔らかい為簡単にはぎ取れたが、背中や爪はかなり力を入れなければ剥ぎ取る事ができなかった。一旦会話を中断し、各々爪を切断することに専念する。


 30分くらい経っただろうか。全ての皮と爪を剥ぎ取った二人は疲労の汗が額から頬へ伝っていた。



「あー。終わった。一人だと倍はかかるから助かったよ。この後にビールを一杯引っ掛けるのも最高なんだけどな」



 右手をコップを持っているような仕草をするキン。京も頷き額の汗を簡単に拭った。



「ハイボールと唐揚げや餃子もたまらないっすよ」



 同じ仕草をする京。その時、キンの目が見開いた。彼女の長い金髪が美しく揺れた。



「おい。今、なんて言った」



 今までの優しい口調ではなく、トゲのある口調。切れ長な瞳が京を捉えた。



「え? ハイボールと唐揚げ、餃子……。もしかして完全ビール派でしたか?」



 地雷を踏んだと感じだ京だが、心当たりがそれしかなく視線を泳がせる。



「この世界にビールやハイボールは存在しない。唐揚げや餃子もだ。なぜ知っている」



 利き手を腰にある剣を握りしめるキン。答えによっては斬るという意思表示は京に正直に答える事しか選択権を与えなかった。



「えっと。オレ……実は異世界転生? してきてしかも転生前男でした」



 京の答えにキンは手にしていた剣を離し、京の肩を大きく叩いた。



「なんだ! それならそうと早く言ってくれよ!」



 京もキンの言葉に違和感を覚えていた。キンも存在しないビールやハイボールを知っているということは……。



「もしかして、キンさんも?」



 京の言葉にキンは再度京の肩をバシバシ叩いた。甲冑を着ていても衝撃を感じるほど強く叩かれ、苦笑する京。



「あぁ。そうさ。オレもお前と同じ世界から転生?

した。十年前にな」



 そこから二人が打ち明けるのは簡単だった。キンは会社の取引先から理不尽なクレームを受け、その怒りで取引先の社長を殴ってしまい、会社を解雇された。やけくそになり電車から飛び降りたら待ち構えていたのは死ではなく転生だったらしい。



「目が覚めたら、体は女だし知らない世界だしで大変だった。しかも女尊男卑ときた。しかし、何故かオレは第一騎士とこのビジュアルを持っていたから、何とかなった感じだ」



 苦笑しながら話すキン。京も今までの経緯を簡単にキンに説明した。女に騙され、事故に遭い、目覚めたら自分も女に転生していた。とりあえず記憶喪失という体でミヤビには説明し、匿ってもらっていると。



「なるほどねー。恐らくそれが一番無難な生き方だろう。男だとバレたら何されるか分からない」



 頷きながら自分の手のひらを見つめるキン。その瞳にはこの十年でどれだけの男が蔑まれたのかを物語っているように儚かった。



「あそこまで男女差別が酷いのは何か理由があるのか?」



 京の質問にキンは俯いた。長い金髪が彼女の表情を隠す。



「さっきの第五騎士のミヤビ? だったっけか。その子から恐らく聞いていると思うが、男には魔力が備わっていないらしい。それが一番の原因だろう。単純に言えば力がない人間は力のある人間に従え。オレ達が転生する前の世界と何一つ変わらない」



 金髪を左手でかき分け、苦笑するキン。京もまた複雑な表情をしていた。



「確かに。そう言われたら何一つ変わらないな。ただそれが男と女の二つに別れているだけで、実際は金や権力のあるやつと無いやつと同じだ。結局、転生してオレ最強ってなって夢のハーレム生活って思ったけど、それもここでは不可能だもんな」



 オレ以上に強い騎士がいるし、とキンを指さしながらキンを見る京。そんな京を見ながらキンは見た目らしくない、口を大きく笑う顔を見せた。



「がはは。それは残念だったな。ここで大人しくカッコイイ女ってやつを演じるしかハーレムはねぇな」



 年齢と性別を感じるその口調はキンが確かに転生し、女騎士として生きている事を京に理解させるのには充分だった。



「んだよ。オッサン」



 冗談混じりの京の笑み。彼の言葉にキンは再度背中を激しく叩く。




「こう見えてこっちだと三十歳なんだぜ。実際は四十五だが」



「やっぱオッサンじゃねぇーか」




 二人の男らしい会話。特にキンは久しぶりに本心を語れる相手が現れ、作らなくても良い本心からの笑顔を京に見せていた。


 数分ボーイズトークを楽しんでいると、森の入口の方からミヤビの声が聞こえた。



「キンお姉様! キョウお姉様!」



 元気よく手を振りながら二人の元へ走るミヤビ。よく見るの胸元の装飾が僅かに変わっていた。



「クエストクリアと巨大魔物の件を伝えてきましたー! しばらくここら辺での初心者向けのクエストは受注中断、第三騎士以上の騎士以外は進入禁止だそうです」



 ミヤビの登場により、二人は男の顔から瞬時に転生先の女騎士のしての顔に戻る。



「ご苦労。私たちもこの魔物の解体が終わったところだ。来てくれて早々悪いが、この皮や爪を運ぶのを手伝ってくれないか?」



 キンが先程解体した魔物の死体を指さしながらミヤビを見る。ミヤビは相変わらずテンションが高いまま頷いた。



「合点承知之助です!」



 十代の女の子とは到底思えない言葉を元気よく話し、さらに屈強な男でも持ち運ぶのが難しいであろう量の皮と爪を運ぶミヤビ。彼女の着ている甲冑が微かに音を立てたいた。



「あれを流行させたのはオレだ」



 京にだけ聞こえる声量で呟くキン。そんなキンに京はため息をついた。




「オッサン。なにやってんだよ」



「ほらほら、キョウも運ぶ運ぶ」




 第一騎士のキンとして話しかけ、京はそれに呆れながら、ミヤビの運びきれていない皮と爪を運んだ。三人(1(キョウ):1(キン):3(ミヤビ))で運ぶとそこまで重くなかった魔物の戦利品を持ちながら来た道を歩くと、双子と別れた分かれ道まで戻っていた。京は簡単に辺りを見渡したが、双子の姿は無く、既にクエストを終了させ、役所かミヤビの家に行っているのであろうと判断した。そんな京の動きをキンはそっと見ていた。


 さらに数分歩き、森の入口まで戻ると、台車と馬が用意されていて、数名の騎士や魔道士たちがキンに向かって一礼した。



「お疲れ様です。第一騎士様。こちらにお荷物をどうぞ」



 騎士の一人が台車を指さす。キンはその台車に先程の魔物の皮と爪を無造作に置いた。それに習い、京とミヤビも同じ行動をとる。体が軽くなったミヤビは思いっきり伸びをした。



「結構な量の皮と爪ですね。防具と武具にしたらざっと十人分は余裕であるくらいですよ」



 ミヤビにつられ、京とキンも肩を回したりして伸びをする。



「丸々一匹全て解体したからな。全く。女王はこんなのを何に使うのか」



 ため息混じりのキンの言葉。それに答えることが出来るのは誰一人いなかった。先程の騎士の魔道士たちが台車に乗せられた魔物の皮と爪をキンに一礼するとそのまま運んで姿を消した。



「さ、私は一度女王にこの事を報告しなければならないが、家に寄ってからにしようと思う。時間があれば家に来ないか? 迷惑をかけたお詫びをしたい」



 金属製の手袋をしたまま軽く両手をはたくキン。そのまま甲冑の間にある隙間から一枚の簡単に二つ折りされた紙切れを取り出し京に渡した。京は渡された紙を広げ目を通す。そこには京の知らない文字で書かれた住所らしきものと簡単な地図だった。



「おう」



 京の短い返事にキンは一度辺りを見渡した。その後京とミヤビに背を向けた。



「時間が無いから私はこれで失礼する。日没後には帰宅していると思うので一緒に夕飯でも食べよう。もちろん、友達も連れてきても構わない」



 それだけ言うとキンは魔物の戦利品を回収して行った剣士や魔道士と同じ方向へ足を進め、姿を消した。残された二人。



「えっと、今日はあのオッサ……いや、キンさんの家で夕飯って事でいいのか?」



 京の言葉で今まで口を閉じていたミヤビは我を取り戻したかのように目を見開いていた。



「え?! ちょ?! 今日?! キン様の?! 家?!

うそ?!」



 戸惑うミヤビに京は落ち着けと言う代わりに軽く頭をチョップした。今度は出血はしなかった。



「人の事言えないと思うが、とりあえず、落ち着け。それと、友達もって言っていたから一旦これをあの双子に伝えて誘うか」



 言ってないのにスゲェ洞察力だなと内心呟き、京は足を進めた。ミヤビはキン様と家を交互に呟きながら京の後を追った。

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