ファイル17 閉じ込められ事件
定期テストも今日で終わりだし、私の怪我もほぼほぼ治った。
何か問題がない限り、病院通いも一ヶ月後の一回で終わりとのことだった。
なので、私は、この療養中に助けてくれた人たちへの恩返しを始めた。
家族には手料理を、果南にはいずれ何かするという約束を、そして学校でも助けてくれた凛――もといアイリには、一晩のお月見デートに付き合うことになった。
はたして桜浜という都会で月を見てどうするのかと思わないでもないが、まあ二人っきりという空間がアイリには良いのだろう。
なので私はそれで了解したのだが、
「普通、テストが終わったばっかの日に、怪我が治ったばっかの人に労働仕事させる?」
「あはは……。鈴先輩、重いのは私がやります」
なぜか私とアイリは体育倉庫の整理をしていた。
幽霊塔と言われる部活棟よりも薄暗く、なおかつ狭く、埃っぽい体育倉庫にいた。
「ずーっと疑問なんだけど、このマットって……、普段、どれくらいのペースで洗っているのかしら……」
「少なくとも年に一回はやっていると思いますけど」
「可能なら、使用後は必ずファブリーズしてほしいわね」
今度、生徒会にそれを提案してみるもいいかもしれない。
私はそう思うが、どうせなら教師の体質改善もさせるべきだなとも思う。
さて、私とアイリがこんなことをしているのは、当然のように羅生門先生の指示だ。
学校の屋上でお月見がしたいとお願いしたところ、この体育倉庫の整理・掃除を言いつけられた。
花火大会のときは簡単に部室棟の鍵を借りられたらしいので油断した。
あのダメ教師め。
こういうのは教職員、せめて体育委員会の仕事なはずなのに。
私は悪態をつきつつ、床を箒で掃く。
「でも、思ったよりは綺麗ですから、それほど大変じゃないですよ。羅生門先生も、お月見の許可と労働の交換条件っていう体裁だけ整えてくれたんじゃないですか?」
アイリはそう言って先生をフォローする。
しかし私は、あの先生はそんなこと絶対に考えない、と強く断じる。
他の先生への媚売りのために、こういう面倒な仕事を生徒にやらせているだけだ。
だからダメ教師なのだ。
まあ、そのダメ教師のおかげで、私やミス研も、今回のお月見などの良い思いをさせてもらっているのも事実なのだが。
私は溜息をつく。
「ちょっと休憩にしましょう。もう何時間ぶっ続けで疲れたわ。私、なんか飲み物買ってくるけど、アイリはなにがいい?」
「あ、それなら私が――」
「じゃあ、カルピスね」
私は凛の好物を言い、アイリを黙らせる。
そもそもお月見はアイリのためにやるものだし、そのために何か必要なら私も労を惜しむつもりはない。
ただ、それが肉体労働という病み上がりにはキツいものならば、他のところでフォローするしかない。
そう思い、私は体育倉庫の扉を開ける――開ける――開け――?
開かない。
私は小首を傾げ、
――開け、ごま!!
そう念じて、力を目一杯いれて、扉を引っ張る。
だが、その重々しい引き戸は、うんともすんとも言わなかった。
さっき、ここに入るために開けて、レールを掃除するために閉めたときは、軽々と動いたのに。
これは……、どういうことだろう?
私は、ちょっと緊張しつつ、もう一度力を入れようとする――が、
「あ!!!!!」
アイリが、ものすごい大声をあげた。
狭い体育倉庫だけあって、耳によく響く。
「うっさいわよ――」
私は耳を抑えて文句を言う。
だがアイリは、
「すすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすみません!!!!」
これまた大声で謝罪した。
しかも異様なほどパニクって。
私はまた耳を抑えるが、アイリは続ける。
「すすすすすみません! じじじじ実は、さっき、職員室を出るときに先生に言われてたんですけど、ここここの第一体育館の体育倉庫は、ううううちの学校のなかでも古いらしく、ししし昭和に建てられたらしいんですが、いいいいい一度閉めると、とととと特殊な方法じゃないと開けられないらしくて――」
「――それじゃ、開くには開くのね?」
アイリの大声に私は眉をひそめるが、ちょっとだけ湧いた緊張感をすぐに解いた。
なるほど。狭くて埃っぽいと思ったら、そもそもここは建てられたのも昔だったのか。
そういえば照明もなぜかLEDではなく白熱電球である。
しかし昭和と言われると、一周回って味ある雰囲気にも見える。
外からもう一度じっくり見てみたい。
「それじゃ、アイリ。さっさと開けてよ」
私は言う。
だがアイリは言う。
「そそそそそそれが、この扉は――、そそそそそ外からだったら、簡単に開けられるそうなんですが――!!」
「へぇ、外からなら……」
「けけけけけれど、ううううう内側からは絶対に開けられないそうです!」
「へぇ。そうなんだ。……ちなみに、間違いがあったら大変だから聞くけど、外側と内側って、どっちがどっち?」
「こここここの体育倉庫内が、内側です!」
「……つまり?」
「わわわわ私たちだけでは、絶対にこの扉を開くことはできません!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
沈黙の中で、私は考える。
私とアイリのスマホが入った鞄は、汚れると嫌だからと外に置いてきた。
また、今日はテストが終わったばかりの日ということで、運動部がここに来ることはない。
先生たちもテスト採点で忙しく、体育館を訪れることはおそらくない。
羅生門先生は放任主義(怠惰主義)だから、なおさらだ。
しかも、私と凛の親は帰宅が遅く、顔を合わせるのは朝だけということもある。
加えて、今日は金曜日。
明日学校に来る教職員・生徒はおらず、私たちの親も昼まで寝ているかもしれない。
果南、萌、美彩などが、虫の知らせで助けに来てくれる可能性は考えるだけ無駄。
さらに、照明を夜までつけっぱなしにしていれば誰かの目に止まれば可能性はあるが、この倉庫の窓が面した裏庭に人が来る可能性がそもそも低い。
そしてその小窓は当然のように人が通れる大きさではないし、そこから声をあげても職員室に届く距離ではない。
だから私はさらに考える。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……トイレは、そこのカラーコーンを使いましょうか」
「鈴先輩、諦めないでください!!」
私の考え抜いた結果に、アイリがまた大声を出す。
しかし私はそれを注意せず、淡々と他にも考えたことを語る。
「まだ九月だから、掛け布団はいらないわね。でも、熱中症になっちゃうかもしれないから、寝るときは、そこの小窓の近くで寝ましょう」
「具体的な対策をあげないでください!」
「虫がでるかもしれないけれど、そこは我慢しなくちゃね。あ、でも、貴重なタンパク源になるかしら」
「嫌です! 私、世界が食糧危機で昆虫食をすることになっても、生では絶対に嫌です!」
「大丈夫。私が最初に毒味してあげるから」
「毒の有無を心配しているんじゃありません!」
「ねえ、アイリ。私はあなたを凛じゃないかと、いまだに疑っているけど……、例えあなたが凛でもアイリでも、私が絶対に守るからね」
「死亡フラグみたいなこと言わないでください!」
「そうね……、慎重にならないと死んじゃう可能性だってあるわよね……。ねえ、アイリ。死ぬ前に、私のこと抱きたいって思う?」
「それは思います――じゃなくて、完全に自暴自棄になってるじゃないですか! 暴力は振るうけど貞操は厳しいのが鈴先輩でしょう!」
アイリは、私の肩を掴んでガクガク揺らした。
脳が揺れるし、ひょっとしたらほぼ治っている骨もまたポキリといってしまうかもしれない揺れだったが、私はそれを笑顔で許した。
そういえば、この事態の原因もアイリということになるが、それも許す。
「と、とりあえず、そこの窓から外を覗いてみましょう」
アイリは言うと、跳び箱を足場にして、窓に顔を近づける。
だが、どうせ無駄だ。
窓の外は人の気配がほぼゼロの裏庭だ。
案の定アイリは唸るばかりになる。
私はアイリの足元に座り、アイリを見上げる。
「アイリ――パンツ丸見えよ」
「……あの、その位置に来られれば、そりゃあそうでしょう……としか。……それに、ちょっと恥ずかしいので、そういうのは……」
「あ、ごめんなさい。それじゃ、代わりに私のパンツ見る?」
「それは見たい――じゃなくて、何を言っているんですか。それに、それで私が暴走したら困るのは鈴先輩ですよ」
「暴走は困るわ。優しくしてね」
「鈴先輩、もはやビッチか変態ですね」
アイリはもう私を顧みずに外を眺める。
私に呆れているようだ。
が、
「変態かどうかは知らないけど、ビッチではあるかもね。私の元カノの人数、片手じゃ数えられないし。春ちゃん、日暮、文乃、井伊先生、果南、あとは――」
「そうですか――って、ええ!?」
アイリが私を見て叫んだ。
「え、ちょっと、部長とも付き合ってたんですか!? あとさらっと先生って言いませんでした!? 先生と付き合ってたんですか!?」
アイリは跳び箱から飛び降り、私に掴みかかってきた。
その目は、これ以上ないほどの驚きを見せており、勢いあまって目玉が飛び出そうだった。
「果南とは去年に、井伊先生とは小六のときに」
「小学生時代に先生と!?」
「幻滅したかしら?」
「それは――! まあ……ちょっとはイメージ変わりましたけど……」
アイリは目を逸し、頭をボリボリとかき、顔を小さくしかめた。
「でも私、夜のほうは未経験よ?」
「それは――、そうですかぁ――」
アイリは部を撫でて、小さく笑みを作った。
忙しい子だ。
しかも、「いやまあ」と話を即座に切り替え、顔つきも引き締める。
「鈴先輩のカミングアウトは置いといて」
「せっかくだから全部話させてくれない?」
「だからそれ死亡フラグですって」
「大事なことはここから出てから――って言ったら余計に死亡フラグっぽくない?」
「――――――ともかく、ここからの脱出法をもう少しいろいろ考えて、実践しましょうよ」
アイリは言うと、優しく微笑んだ。
とても優しく。
もともと自分のせいでここに閉じ込められたくせに……。
いや、私はそこを許しているけどね。
本当に。
ただ本当に、アイリは意外とピンチに強く、冷静な対処をしてくれる。
年上は自分だが、そんなアイリがいると心強い。
とは言え、さすがのアイリも、この状況では何もできないだろう。
実際、いまも天を仰いで考え込んでいる。
そんなところ見ても、狭くて小さな天しかなかったが。
しかも照明も小さく薄暗い。
しかし、
「あ。あった――。外に助けを求める方法――」
私が呟き、
「え?」
アイリが私を見るが、私はもう一度アイリに天井を見るよう促す。
そして言う。
「火災報知器」
「あ――!」
私は二つある小さな照明の間に備え付けられている小さな器具を指差した。
「なんとか火とか煙を起こして、これに警報を鳴らしてもらえれば、先生たちも気づいてくれるわ」
「そうか、その手があったか――」
「もちろん、先生にはこっぴどく叱られるでしょうけれど――、私は、アイリをこんなところからすぐにでも出してあげたい」
私が言うと、アイリは少し黙り込んでしまったが、「やりましょう」と頷いた。
「焚き木とか燃料は、箒でいいですね」
「そうね。それをワイシャツでくるんで、そこのカゴに入れて、電球に押し当てれば、きっとすぐ火がつくわ」
言って私はシャツのボタンを外す。
「あ、鈴先輩。ワイシャツは私のを――。もとはと言えば、私が原因で閉じ込められたんですから」
「それはそれ。これはこれ。こういうときは先輩を頼りなさい。あなたは電球の下に、跳び箱を運んでおいて。足場にするから」
私は言うと、手早くシャツを脱ぎ、竹箒とカゴの準備をし、アイリも私の指示に従ってくれた。
そして、私はゆっくりと跳び箱の上に乗り、シャツと竹くず入りのカゴをアイリから受け取る。
ただ、こうして手製の着火剤を持ち、高所に立ち、白熱電球の間近に迫ると、恐怖が芽生える。
ここから出たい一心で、急いで準備したが、ひょっとしたら大火事になってしまうかもしれない。
そうしたら、私もアイリも死んでしまうかもしれない。
やめたほうがいいか?
いや、やるにしても、もう少し辺りを整理したほうがいいんじゃないか?
私は辺りを見渡す。
すると、マットなど燃えやすそうなものが多く目につく。
せめてこれを端にどかしたほうが――
私はそう考え、「ちょっと待って」と言うと、跳び箱を降りようとした。
だが、ついこの前と同じく「危ない!」とアイリが叫んだ。
もっとも、バランスを崩した私が落ち行く先はマットの上だったので、大怪我することはないはずだったが、それでもアイリは飛び込んできた。
すると、その結果、私は横たわるアイリに馬乗りするような形になった。
ブラを曝け出した状態で。
まるで私がアイリを襲うような体勢になり、
そして、
「やあやあボンジュール。
突如として現れた私の元カノは、やたら長ったらしいセリフをすらすらと語った。
・・・幕間・・・
私は疲れ切った自分とアイリ、そして体育倉庫から助けてくれた果南のために、自販機でカルピスをまとめて購入する。
まあ、本当なら、カルピスどころかそれ相応のお礼の品をあげたいところだが、金持ちの果南にそういうお礼は喜ばれない。
なので今回は気持ちの入ったカルピス一本だけがお礼になるが、それで彼女はとても喜んでくれるのだ。
まあ、我が元カノながら、いいやつではある。
ただ、我が元カノながら、
「あの推理力は、ちょっと気持ち悪いわよね……」
そう思う。
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