第3話 宝石は転がる先を考える

 手段を選ばずに学園から逃げ出したイアリアがまず目指したのは、この学園を中心とした街から出る事だった。魔法と言う便利な物の恩恵は主に国同士の争いに用いられ、魔石も手に入れられるのは極一部の裕福な者だけだ。

 それ故に魔力を持っているかどうかを判別する方法はほとんど普及しておらず、それが魔石生みか魔法使いかを見分ける事は相当難しい。だから、魔石を作る瞬間さえ徹底的に隠してしまえば、人に紛れる事はそう難しくない。

 が。それにも例外があり、それがこの学園のある街――フリトゥトイだ。ここは学園があるという事で、比較的魔法の恩恵を受けやすい。学生の脱走もそこそこある事なので、隠れ潜んでいてはすぐに捕まってしまう。


「と言っても、馬鹿正直に門を通る事は出来ないわよね。荷物に紛れる方も、前例が多すぎて警戒されているでしょうし」


 という事で、他の国との戦争や、魔力によって変異した動物――魔物の被害から街を守る高い壁を、さっき使ったものと同じ小瓶で爆破したイアリア。ただしもちろんそんな事をすれば、魔法を使ってでも探されることは分かっている。

 だが。学園と言っても、逃げ出した生徒1人に構っている暇はそこまでは無い。それに過去行われた一周回って感心する程の数の嫌がらせからいって、学園だってイアリアの価値は魔力の高さしかないと判断しているのは明白だ。

 そして学園として連れ戻さなければならないのは「魔法使いのイアリア・テレーザ・サルタマレンダ」であり、「魔石生みの貴族の養子」ではない。


「それにしても、本当に魔力が全部魔石になっちゃうのね……」


 魔法使いのままであれば、一番得意な風を操る魔法を、この街が吹き飛ばされてもおかしくない規模で発動するつもりで、このまま魔力が尽きてしまえばいいと思いつつ体中からかき集めて練り上げた魔力は、世界を上書きするのではなく、赤ん坊ほどもある大きな碧色の宝石へと変わった。

 それを爆破した壁の近くに転がして、壁の穴を抜けて街の外へ飛び出す。あんな大きさの魔石、魔物から手に入れようと思えば、それこそ国の1つ2つは滅ぶほどの大物を討伐する必要があるだろう。

 つまり、「尋常ではない量の魔力を持った魔石生み」が居た事の、これ以上ない証明となる。……繰り返すが、学園が必要とするのは「魔法使い」だけだ。「魔石生み」に用はない。


「これで学園からの追手は考えなくていいだろうけど、問題は自称お父様よね。全く、お金の事になったら目の色変えるんだから。短絡的な上にがめついなんて最低だわ」


 魔法使いが魔石生みに変わるという現象自体は確認されている。そしてこのタイミングで姿を消したことと、あの爆発する小瓶を使った事から、脱走したのがイアリアである事はすぐに分かるだろう。そこにあの魔石があれば、学園は「魔法使いイアリアが魔石生みに変わった」事ぐらいすぐ気付く筈だ。

 その時点で、学園がイアリアを追う事はもうないと言っていい。だから問題は、そうなっても自分を追いかけてくる相手――養子と言う扱いになった、サルタマレンダ伯爵家だろう。

 課外学習でも入った事のある森に踏み込み、学園から離れる方向に森を進みながらイアリアは考える。


「自称お父様の領に近づくのは危険よね。学園からは北西の方向だった筈だから、そちらは無し。かといって、真逆に進むとそれはそれで単純かしら。となると……進路は真東ね。ちょうど国境から離れた穀倉地帯もあるし」


 魔法と言う力は、主に戦争で用いられる。だから国境沿いや防衛という点において重要な地点は魔力を感知する方法が比較的潤沢であり、そこに近づけば膨大な魔力を持っていることが分かってしまう。

 対して穀倉地帯であれば、確かに重要ではあるが、その広さによって魔力に対する監視網はほとんど無いと言っていい。そこに生活している人々も大半が毎日を作物の世話に費やす農民なので、魔力という存在自体に馴染みが無いだろう。

 そして、イアリア自身が農村の出身だ。下手に街の中で暮らすより、ずっと紛れ込みやすいという自信がある。


「まぁ農民に戻ると、それはそれで余所者として目立ってしまうから……。決めた。目指すはコーディニア領ね。あそこなら治安維持の主体が騎士じゃなくて冒険者だった筈だから、少々強くって物知りでも埋もれやすいわ」


 自由だけを自らの上に置いて、それぞれ個々人が求める夢をひたすらに追いかける命知らず達の組織は、国とは相互不可侵の関係だ。加えて基本的に、実力さえ確かならばその出自や過去の所業は不問にされる。

 個人としての信用さえ確かなら、その立場はしっかりと保証される。それこそ別の国から士官を引き抜こうとするのと同程度には、交渉と言う名の抵抗をしてくれるだろう。

 中には国が扱いきれなかった為に野に放たれた「強すぎる」個人も所属している。だから、「魔石生み」だったとしても、自分の有用性さえしっかりと証明できたなら、無理に「資源」扱いされる可能性は、大きく下がる。


「本当、目一杯に勉強しておいて良かった。とりあえず、魔薬師と名乗って冒険者になって、守って貰えるぐらいに信用を稼ぐ。当面の目標はこうね」


 魔薬師とは、魔力を含んだ素材を組み合わせる事で便利な薬を作る職業の事だ。イアリアが2度ほど壁を爆破するのに使ったあれも、分類としては魔薬になる。そして魔薬師に必要なのは、紙に文字で書けば重量で人が殺せる程度の知識だ。

 学園で知識はこれでもかと頭に叩き込んでいたイアリア。その魔薬師としての実力は、現在脱走に成功できているという時点で分かる通り、相当に高い。

 なので、よし、と気合を入れて、イアリアは明確に定めた方向へと進路を変え、更に森を進んでいった。

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