妹は兄と幸せになりたい!

スカイレイク

妹は兄と結婚がしたい!

「お兄ちゃん! 結婚しましょう!」


 と言ったのは俺の妹、ゆかりだ。まあいつものことなので俺も適当に受け流す。


「法律って知ってる?」


「ふっ……法律なんて絆の前にはなんと無力なものでしょうか……」


 コイツのコンプライアンス順法精神が腐っていることはよく分かっているので俺も期待はしていない。


「ちなみに大体の国では兄妹で結婚は出来ないからな?」


「お兄ちゃん……そんな風に『大体の国』とか無駄に大きな主語を使うと嫌われますよ?」


 コイツの屁理屈だけはものすごく上手いので手を焼いている。


「じゃあ兄妹の結婚がセーフな国がいくつ挙げられる? 禁止してる国なら十個くらい簡単にあがるぞ?」


「ぐぬぬ……」


 縁を論破して落ち着くと思ったが、今日は粘る日らしい。


「いいですか? 神話の代から兄妹で愛し合うという伝承は結構多いのですよ? つまり私たちが愛し合うのももはや必然と言って良いでしょう!」


 俺の部屋に入ってきたかと思ったら強引な自説を説く妹に対して、俺ももう慣れたのでやかましく言うことはないが……


「どうした? 今日はやけに粘るな?」


 すると縁が涙をぽろぽろとこぼしながら泣きついてきた。


「お兄ちゃん……父さんも母さんも私のできが良いからここから離れた私立高校に入れようとするんですよ! 酷いです……私とお兄ちゃんの仲をそんなに裂きたいのでしょうか……」


 俺への感情は歓迎されるものではないが、縁は確かに勉強が出来るのでそれなりの高校に入ることは可能だろう。俺みたいな凡人は地元で通っているので実家暮らしだが、コイツにはそれなりの投資をする価値があると判断されたのだろう。


「名誉なことだとは思うがな……」


「お兄ちゃんはそれで本当にいいんですか!?」


 目から涙をだらだら流しながら俺に抱きついてくる、俺を抱きしめる手の力が強く離れないのはコイツがフィジカル面でも優秀だからだろう。


「俺は……」


 兄妹の関係としておかしいことはお互いよく分かっているはずだ。それを求めることは罪なのだろうか?


 誰も答えは出してくれない、本当に大事なことは自分で決めるしかないのだ。例えば生涯をかけるに値するかのようなことは……


「俺は縁のことが好きだ、兄妹としてな……」


 俺はそこで逃げを打ってしまった、この辺が俺のダメなところだ、自覚はしているが、世間一般の常識というものには向かう気にはなれなかった。


「私は……! 私は全部の意味でお兄ちゃんのことが好きです! 愛していますし、一生一緒にいたいと思ってます! それの何がいけないんですか!?」


「きっと世界の全て常識が許さないからだろうな……」


「そんなものは窓から投げ捨てるべき無意味なものですね」


 断言する紫、コイツはどこまでも強い奴だ、俺みたいな脆弱な人間にはきっとたどり着けない意志の強さを持っているのだろう……


 しかし、それを受け入れればきっと紫自身が不幸になる、だから認めるわけにはいかないんだ。


「常識って言うのは得体が知れないが……とても強いものだぞ?」


 縁はシンプルに切り捨てる。


「私以上に強いわけではないですね。私の鋼のメンタルより強いわけがないじゃないですか」


 コイツはしっかりとした信念を持っている、俺には欠けているものだ。どうしようもなく眩しくて、羨ましく思える。それがねじ曲がった方向を向いていなければ、俺も全力で応援しただろう。それはどうしようもなくもったいないことだ。


「俺はそれを持っていない……だから常識には勝てないんだ……」


「大丈夫ですよ……お兄ちゃんは私が守ります……だからもっと正直になりましょう……」


 コイツの強さはよく分かるが、守られる? それでいいんだろうか?


「お兄ちゃん……考えるのはやめましょう……私に流されるままになってください……きっと私はお兄ちゃんを幸せにできますよ……」


 俺は手元のコーヒーを飲む、意識がぼやけていく。


 あれ? 俺は縁のことが好きで……だから……


「いいんですよ……私は全てを許します。だから私に任せてくださいね……」


 俺は意識を失いながら縁になされるがままになっていた。


 翌日、俺たちは家を追い出された、詳細について語るつもりはない。しかし縁の謎の資金でなんとか住むところを確保してささやかな生活をしている。


 きっと世間や常識が許すことはないのだろう。しかしそれらを全て敵に回したとしても、目の前の綺麗な笑顔を失うことよりはよほど良いのだろうと思える妹が俺の前に確かに存在している。


 だからきっと……俺たちの関係が爛れていようと、きっとずっと一緒にいられることがどこまでも幸せに感じられるのだった。


「お兄ちゃん! 大好きですよ!」


 その笑顔は、生涯賃金をかけるに足るものだと思えるほどに綺麗だった。

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