第四十二話 覚醒とその代償

 地面に固定されてどれほどの時間が経っただろうか。僕は体を動かせないもどかしさと自分の不甲斐なさに苛まれていた。

「このままじゃ、皆やられる……!」

 先ほどからダイバーの能力者の気配が濃くなった気がする。彼に勝つには僕一人では不可能であり、他の仲間に任せれば倒せるというのは楽観的すぎる。

「藍澤さん!」

 どこからか僕の名前を呼ぶ声がした。その声のした方向へ首を動かして目線を向けると、こちらへと走ってくる霧島さんの姿が見えた。

「霧島さん!」

 僕は助けが来た嬉しさと、安心感で胸がいっぱいになっていった。

「今助けます!」

 霧島さんはそう言って、僕の腹部を覆う膜をかかとを使って破壊を試みた。ガリッ、ガリッ、と砕けるような音が聞こえてくるが、完全に身体を動かせるようになるにはまだ時間が必要のようだった。

「霧島さん、全力で蹴って下さい。」

 早く仲間の元へ向かいたかった僕は一か八かの策に出た。

「でも! そんなことしたら、藍澤さんの身体がどうなってしまうか分かりませんよ?いくら私の治癒で治せるからといって、すぐ万全に身体を動かせるようになる訳じゃありません。」

 霧島さんは膜だけを破壊して僕の体に怪我を負わせないよう力を抜いていたことは容易に見てとれた。だがそれでは時間がかかりすぎる、だから僕は覚悟を決めなければならない。それに、大怪我をしたとしても霧島さんの治癒能力がある。万全に身体を動かせないというのは、恐らく痛みまで完全に取り除けるか分からないということだろう。

「……分かりました、やります……!」

 お互いに覚悟を決めたことを確認すると、霧島さんは助走をつけ、身体を回転させながら脚を振り上げる。

「はあぁぁぁあ……!」

 雄叫びと共に霧島さんが繰り出した渾身の一発は僕の腹部の膜に正確にヒットし、その衝撃はバリバリバリッ、という膜が粉々に砕ける音と共に僕の全身を駆け巡った。

「だ、大丈夫ですか!?」

 まず最初に聞こえたのは霧島さんの焦りを感じさせる声だった。徐々に視界が明瞭になっていき、最初はぼんやりしていた霧島さんの顔がはっきり見えるようになった。

「はい、なんとか……。」

「よ、よかったです。こんなに全力で蹴ったことありませんでしたから……。」

 気づけば僕を覆っていた膜は地面に転がっていた。僕は身体をゆっくりと起こし、立ち上がると身体に異常がないか腰を捻ったり、屈伸したりして確かめた。

「大丈夫そうです。ありがとうございます!」

 僕は膜から助けてくれたことへのお礼をした。

「では、武田さんたちのところへ行きましょう。先ほどから上條という方の気配が強くなっています。」

「上條……?」

 初めて聞く苗字に僕は首を傾げた。

「そういえば言ってませんでしたね。ダイバーの能力者の名前は上條というらしいです。」

 霧島さんの突然のカミングアウトに僕は驚いて声を上げた。そして同時に名前を知れたことが嬉しかった。

「どこでそれを!?」

「実は、彼の協力者の方がいる話は以前しましたよね?その方と偶然お会いして、その時に聞いたんです。」

 彼の協力者、というのは確かにここへ来る前に武田さんから連絡は受けていた。だがそんな人物と霧島さんはなぜ普通に話すことが出来たのだろうか。

「その人はどんな能力を持っているんですか?」

 もし戦える能力者なら上條と同時に相手をする可能性も十分あり得た。そうなれば勝ち目が無くなるのでは、という不安が脳裏をよぎったが、霧島さんは落ち着いている。

「大丈夫です。あの方は戦う気が無いと思いますよ。」

 何を根拠に言っているのかは分からないが、霧島さんが言うならそこまで心配する必要は無いか、とひとまずそう考えるとことにした。

 僕は身体に異常が無いことを確認すると、霧島さんと二人で駆け出した。

(早く皆のいる所へ……!)

 かなりの時間拘束されていた僕は焦っていた。先刻から、上條と思われる気配が濃くなってきており、禍々しさすら感じられた。そう考えると、自然と加速していった。

「霧島さん、僕、先に行きます!」

「はい!皆さんのこと、お願いします。私も後から合流します。」

 いくら脚の速い霧島さんでも、体力的に厳しいようだった。その点で言えば、僕はほとんど戦闘をしていないのでこのメンバーの中で一番戦えるのかもしれない。僕は霧島さんからグングンと離れていき、上條のいると思われる場所へと突き進んでいく。

 走ってから数分とかからずに上條と思われる人物を目視できた。そして彼の周りには地面から伸びたと思われる円錐状の物体がいくつも見てとれた。

「上條!」

 僕は彼の名を叫び、約十メートル以内に入ったところで立ち止まり、足先から氷を出現させ、彼を捕らえることを試みる。すると彼は自分が立っている地面を伸ばして高い場所へと移動していく。その地面ごと凍らせようと氷が上へ上へと、地中から出てきた土の部分ごと覆っていく。それは地面が上昇する速度よりも速く、もうすぐ彼の脚に届くかというところで彼は跳躍し僕の後方に着地した。僕は振り向き、彼の攻撃に備えた、が彼はついに話し始めた。

「次は藍澤、お前をやる。」

 その言葉に背筋が凍るような恐怖と同時にまさか、という不安が僕の胸の内に姿を現し、振り返って地面から伸びた円錐状の土の方へと駆け寄った。するとそこには地面に倒れ込んでいる三人の姿が見えた。三人とも服は土まみれ、骨折などの大怪我はしていないようだが、所々出血していた。前回の僕のように何度も地面から伸びる腕のようなもので殴られ続けた状態に近いと感じられた。

「皆!」

 三人の無惨な姿を目にし、一番近くで仰向けで倒れていた、紅の元へ駆け寄り、肩を揺らした。

「紅さん!大丈夫!?」

「……藍澤、?」

 かろうじて意識はあったようだが、声は弱々しかった。

「彼、すごく強くなったの、気をつけて……。」

 彼女の声は弱弱しく、掠れていたが内容は理解できた。強くなった上條が三人を同時に相手して勝ったのだ。僕一人では到底勝ち目が無い。だが僕らには霧島さんがいる、彼女が三人の怪我を治せば五人全員で彼と戦える。そのためにはどうするべきかはぱっと思い浮かんだ。

「時間稼ぎするしかない……!」

 これがどれほど難しいかは考えるまでもない。

「紅、もうすぐ霧島さんがこっちに来ます。そしたら傷を治してもらって下さい。それまでは僕がなんとかします。」

「駄目だよ、勝て……ない。藍澤君、死んじゃうかもしれないよ……。」

 彼女は目に涙を浮かべながら僕の服を掴んだ。死、という単語が僕の頭の中を侵食し、支配してくる。確かに、力量差は歴然だというのを身をもって体感したのだろう。心配してくれるのは嬉しいが、僕には引き下がれない理由がある。そもそもダイバーと戦いたいと言い出したのは自分だ、その責任を放棄することはできない。最悪、霧島さんが皆の傷を治してから、また逃げるという手もある、上條が見逃してくれるかは別だが。

「大丈夫、ほんの数分くらいだから。傷が治ったらその後どうするかは皆で決めて。」

 僕は彼女を安心させようと試みた。彼女は諦めたようにうん、と頷き、気をつけてね、と声を掛けてくれた。それでも僕を止める判断をすることも出来ただろうが、それでもこの状況を打開するには僕が戦うしかないと解っているのだろう。

 僕は恐怖と緊張から脚が震えていたが、ゆっくりと上條の方へと近づいた。一歩歩くたびにドクン、と心臓の高鳴る音が聞こえた。

「話は終わったか?」

 上條は僕が来るのを何故か待っていたようだ。

「どうして襲わなかったんだ?」

 僕は思ったことをそのまま口に出した。

「彼らが戦う時に言ってたんだよ、自分たちを奮い立たせたのは藍澤だってな。」

 彼はさらに続ける。

「だから気になった。お前がどんな奴なのか、どうして俺の邪魔をするのか。」

「だったら戦わなくてもいいんじゃないのか?」

 僕は一途の希望を託して提案するが、儚く砕け散った。

「勘違いするな、お前は俺の障害であることに変わりはない。全力で潰しにいくさ、後ろにいる三人みたいにな。」

 途端に彼の気配が濃くなっていくような気がした。

「俺はもうお前との戦いで能力の制御はしない。」

 その圧倒的なオーラに飲み込まれそうになるのを必死に堪え、僕は自分の精神を集中させる。

「僕は負けられない……!」

 覚悟を決めるために僕は言葉に表す。

「せいぜい楽しませろ!」

 それに応えるように上條も叫んだ。僕は両手に意識を集中させ、上條を凍らせるために距離を詰めた。彼は僕の意図を分かっているのか、絶え間なく地面からの攻撃を繰り出して来る。地面から伸びる円錐状に変形した地面を避け続け、彼に触れられる距離には一向に近づけない。

(こうなったら……!)

  僕は一度後方へと一気に跳躍して下がり、あえて彼との距離を取った。無論、隙を逃さず彼の攻撃は僕へと集中する。しかし、僕は両手両足から氷を生成した。ピシピシーッという音と共に、彼が僕へと向けた地面から伸びた多数の腕は一瞬にして凍り、急激な温度変化による冷気が見える。どうせなら彼の脚ごと凍らせて身動きを取れなくできればと考えていたが、彼は自分の立っている場所を能力で空中へと伸ばし、氷が自分の身体に届くのを防いでいた。僕は彼を見上げ、次の一手を考えようとする。パキッという音がどこからともなく聞こえてくる。

「……?」

 僕は周囲を見回したが、その音が何なのか分からなかった。気のせいかとも思ったが、小さく聞こえたその音は段々至る所から聞こえてきた。

「まさか……!」

 その音は、地面から伸びる腕や触手、そして先端が尖った形状をしているものなど、上條の作り出したものが僕の氷を割る音だったのだ。パキーン!という甲高い音が聞こえたかと思うと、動きを封じたはずのそれらが再度僕に襲い掛かる。こんなことは以前までは出来なかったはずだが、僕はそれが紅さんの言っていた、強くなった、ということだと察した。これほどの強敵を相手に果たして僕に何が出来るのだろうか。そう考えながらも、それらの攻撃を避けようと必死に動く。避けるたびに身体と腕や触手などの上條の攻撃との距離は確実に狭まり、いつもろに受けてもおかしくなかった。それはすぐに現実となった、腕の攻撃が僕の腕に直撃した。

「……!」

 言葉にならない悲鳴が出る。僕の身体は吹き飛ばされ、廃ビルの壁に激突した。

「ゲホッ、ゲホッ……。」

 思わず咳をした。以前の僕ならその一撃は戦意を失わせるには十分な威力だっただろう。だが僕は頑固だ、僕と戦うと決心してくれた仲間のために、僕の信条を彼へ突きつけるために。

「まだ、立てる……!」

 僕は歯を食いしばって立ち上がった。体の節々が痛み、出血もある、しかし僕の意識だけは明瞭になっていく。僕はこんな状態でも集中しているし、冷静だ。だからこそ彼への疑念が初めて戦ったあの日からあった。

『なぜ彼の能力はあんなに強力なのか』

 彼の経験値が僕より遥かに多いから?彼に才能があるから?能力との相性が良いから?憶測だけならいくらでも思い浮かぶが核心を突く答えは出なかった。だが今、彼との攻防でなんとなく理解できた。彼は能力の引き出し方が上手いのだ。これは果たして努力の賜物なのか、コツを掴めば僕でも出来るのか、それは両方だろう。なぜなら四条さんと戦ったあの日から僕は格段に強くなったからだ。

(僕にも出来るはずだ。)

 今日のこれまでの戦いで意識して彼の強さを探ってきたが、やるべきことは違った。

(僕のこの力、それ自体に目を向けるべきだったんだ。)

 十七年前の隕石由来だと言われているこの能力、それを僕はどこか恐れていた気がする。それは当然とも言えるが、それが彼との一番の違いだ。彼は恐れを抱くことなく、能力を自分の手足のように使う。ならば僕も仲間の命がかかっている以上なりふり構ってはいられない。僕は能力を使う時の全身に力が漲る時を想像した。改めて意識すると、不思議とも不気味とも言える感覚が全身に血が通うのを体感している気分だったが、それは一瞬だった。そして全身に力の源が流れているのを維持しながらその力を増大させようと試みる。例えるならば、水道の蛇口から出す水の量を取っ手を回して増やすような感覚だ。僕は手探りの状態ではあったが、全身に流れる力が増大していくのが分かった。何かを察したのか、慌てた様子で上條が僕に攻撃を仕掛けてきたが、僕はそれを他人事のように捉えていた。僕は周囲から先ほどの攻撃が来ているのを理解しつつ、能力を使って迫り来る触手や腕などを一瞬で凍らせた。

「こ、これは……!」

 上條は焦った様子で後方へと跳躍し、氷を避けた。

「お前、俺と同じ……。」

 彼が何か言っているように聞こえたが、僕の耳には大して内容が入ってくることはなかった。僕は他人事のように周囲を見回していたが、少しずつ意識が自分のものになっていくように感じた。周りの視界には急激に冷やされたことによって発生したであろう冷気が漂っていて、白いモヤがかかつてように見えた。

「う、うがっ……!」

 僕は両腕に痛みを感じて叫び声を上げ、反射的に自分の身体を見る。

「そ、そんな……。」

 自分の腕を見て絶望感が込み上げてきた。かろうじて動かせるが、僕の腕は氷で覆われていたのだ。僕はその腕を呆然としたままただただ眺めることしか出来なかった。






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