好きになった奴が男なだけだよ

キノハタ

前編

 刀祢とうやと出会ったのは中学一年生のゴールデンウィーク前だった。


 いい加減、部活を決めないといけない。


 なら、せっかくだから運動部にしときなさい。根性着くから。そしたら色々とこれからの人生楽よ。


 精神が強くなる。色々と楽になる。そんなアバウトな親の言にほいほいと乗せられ、遅ればせながら野球部に入った。


 刀祢とはそこで出会った。


 まだ成長期に達していない俺とは裏腹に刀祢の奴はすでに、中一の時点で身長が170程あって、当時150にも満たない俺は軽くため息をつきながら、よくあいつを見上げていた。


 仲良くなった理由はあまり覚えていない。


 なんとなくだ。


 なんとなく、話しやすかった。


 なんとなく、いっしょにいる機会が多かった。


 身長差のあまり、凸凹コンビなどと揶揄されたのも、きっかけだったかもしれない。


 部活帰りによくコンビニによってアイスを食った。


 少ない小遣いを工面するためによくジュースの回し飲みをしていた。


 部活で仲がいいと、それ以外でもよく遊んだ。


 家でスマブラをした。刀祢のマリオに俺はいつもぼこぼこにされていた。流行りのスマホカードゲームで遊んだ。俺のエルフデッキで刀祢は大体ぼこぼこにしていた。唐突に裏山に探検に出かけた。水源に到達したかったが、日が暮れてしまい暗い山をびびりながら帰った。見たい映画があるからと、二人してあまり乗り慣れない電車に乗って隣町まで行った。刀祢はラストにギャン泣きして、俺はそっちが気になりすぎてあんまり頭に内容が入っこなかった。他の友だちと一緒に校内で鬼ごっこをしていたら、学年主任にどやされた。遊ぶ内容が小学生かお前らはと怒られた。怒るのそこかよと俺らは笑った。


 刀祢以外の友だちもいたし、よく遊んだけど、そう言った場には大体刀祢もいた。他のメンバーは用事があって変わったり来れなかったりするが、俺たちはずっと一緒に遊んでいた。


 中一の冬ごろには凸凹コンビも板についてきていて、阿吽の呼吸で俺たちは咄嗟に刀祢の肩に飛んで肩車ができるまでになっていた。今思うと、なんであんな練習したんだろうか。一発芸みたいにクラスで披露したら、そこそこ拍手をもらった。周囲も俺たちはセットでとらえている節があるらしく、俺たちもそれに気分を良くして色々とふざけていた。


 多分、人生で最も大人に怒られた時期だと思う。でも、ただただ楽しかった。


 刀祢はうちに来て、よく遊び疲れてそのまま泊まっていた。


 うちの両親も慣れたもんだったから、またか、と軽く笑いながら布団を敷いて、刀祢の家に電話していた。


 気づくといつのまにやら親同士も仲良くなっていたらしい。よく刀祢の家の話が出ていた。


 ちなみに顧問が変わったのをきっかけに野球部は二人そろって辞めた。


 部活の時間が無くなって、代わりに遊ぶ時間が増えた。


 中二になりかける三月の頃だった。その日も刀祢はうちに泊まりに来ていて、俺はベッドで刀祢は床に敷いた布団で寝ていた。


 「刀祢んちって、シングルなん?」


 「ん? んー、そうだな。うちは母親だけ」


 なんとはなしにそんなことを聞いた。聞いたけど、実は事実としては知っていた。刀祢の家に遊びに行く機会は実はなく (刀祢が行かせたがらなかった)、でも母親が刀祢の母親と連絡しているときに聞いてしまったらしい。


 「ふーん」


 「なんだよ、聞いといた割には軽いな」


 「いや、正直どう反応したらいいかわからんくて」


 「んー、でも今時珍しくもないだろ」


 「ま、そりゃそうか」


 よくよく考えれば、そういう家庭を俺は刀祢以外にも何件か知っていた。特別仲良くなった相手はいないが、そういう奴がいたというのは知っていたんだ。


 「やっぱ、あれなん? 寂しいもん?」


 「んー……、いやうちは俺が生まれた時点でいなかったからな。元からないもんはわからん」


 「そーいうもんか」


 「そーいうもんだよ」


 「……あー、あれだな」


 「……なんだよ」


 「うちな一回、離婚しかけたことがある」


 「……そうなん? お前んとこの家族すっげえ仲良さそうに見えるけど」


 「離婚の話し出した次の日に、姉ちゃんが夕食んときにぶち切れてさ、その場で母さんと父さん正座させて説教し始めたんだ。あんたらは私たち子どものこと考えたことあんの? そもそも二人がちゃんと話し合わないからじゃん! 私らに愚痴言ってる暇あったら、ちゃんと二人で話し合いなよ! 二人がちゃんと話し合ったと思うまで私も悠馬も話なんて聞かないからってさ」


 「おお」


 「姉ちゃん、普段は割と静かなタイプだったから、母さんと父さんも完全に面食らってさ。結局二か月くらい話し合って、父さんが残業早めに切り上げるようにして、母さんの愚痴も減って。なんだかんだ、今に落ち着いてる」


 「つーか、悠馬。姉ちゃんなんていたんだ」


 「んー、今、大学行ってるからな。下宿してる。部屋だけはあるよ」


 「ふーん、俺一人っ子だから。ちょっとうらやましいわ」


 「そんなもんか」


 「そんなもんだよ」


 「……」


 「で、なんで急にそんな話したんだ?」


 「んー、踏み込んだ話聞いたからさ。俺も言っといた方がいいかなって。これであいこってわけじゃないけど」


 「ふーん、そっか」


 「うん、そうだ」


 「……」


 「……」


 「ま、正直さ余裕はちょっとないかな」


 「何が?」


 「うちの話。金とかももちろんそうだけど、ほら、親が一人だからさ。なにかと、全部やらなきゃ、全部やらなきゃって感じなんだよな。家事も仕事も、俺のことも小四くらいに学校の先生から過保護すぎですって怒られるくらいには酷くてさ。そっから俺も、自分で色々とやるようになったから最近、ちょっとましだけど。悠馬の家とか見てると、あー、うちも親父がいたらもうちょっと楽だったんかな、余裕あったんかなって思うな」


 「ふうん」


 「姉ちゃんのこととかもそうだけどさ、最初っからないからわかんないけど。もし、いたら、とか人んち遊びに行くと考えるな」


 「もしかして、うち遊びに来んのしんどい?」


 「いや、むしろ逆。おばさんもおじさんも可愛がってくれるし、俺がこっち来てる間、母さんも羽伸ばしてるみたいでさ。最近、俺が悠馬んち行くとすっげえ機嫌いいんだよ。楽できるからどんどん遊びに行って来いって」


 「ははは」


 「まあ、だから。来させてもらえると俺も楽かな。おばさんとおじさんが迷惑ならやめとくが」


 「いや、むしろ喜んでるよあの二人。刀祢くんは自立してて偉い! とかいっつも褒めてるぜ」


 「こーみえて、外面はいいからな」


 「そーいうの言っちゃうのが外面ポイントさげてっけどな」


 「お前にしか言わねえよ」


 「はは、ちげえねえ」


 そんな他愛のない話をした。そんなくだらない話をした。


 でもきっと大事な話をした。


 自分の話だ。



 --------


 学年が進んで俺たちは中二になった。


 クラスは一緒だった。何も変わらない。変わったこと言えば。


 「悠馬くん、最近大きくなってきたよね」


 クラスの女子に言われて、お、と思った。


 刀祢を見上げた、相変わらずでかい。差が埋まった気がしない。


 「ほんとかあ?」


 「いや、ほんとほんと」


 「俺も伸びてるからな、そろそろ180」


 「ばけもんかお前は」


 「ははは」


 まあ、そんなこんなで俺の身体もようやく成長期に入ってきたりした。




 「悠馬……今日、元気なくね?」


 「……あれがさ」


 「うん?」


 「あれが……剥けた」


 「……っぷ」


 「超、いてえ」


 「……っははははは! 俺、小四で剥けてたぞ!」


 「なになに? 何の話?」


 「だーっ女子は寄ってくるな!」


 ちなみにその後、クラスでは何故か男子の男子がいつ剥けたか選手権が始まった。


 最速で小二で剥けていたやつがいたが、全会一致で見栄であることが可決された。むしろまだ剥けてねえんじゃねえか。


 ちなみにこれはクラス委員長が学年主任にちくってどやされるまで続いた。


 説教の後、俺たちは何故か学年主任は小四の頃に剥けていたという情報が頭に入っていた。


 いつそのことを喋っていたのかは誰にもさっぱりわからなかった。


 のちに学校七不思議のひとつになる。多分、三年くらいで消える奴だけど。


 ----------


 身体が大きくなるころに現れるものがある。


 性欲ってやつだ。うんうん。


 まあ、中学生にとっては大問題なのだが。


 「めっちゃ、ムラムラする。めっちゃ女子の足が目につくんだけど。どうしたん俺」


 「生理現象だ。受け入れろ」


 「まじか」


 「気をつけろ、目覚めたては何にでも目が行くぞ。母親のブラジャーですら目が行く」


 「さすがにそれは理性で防御するわ……」


 「俺にもそれができると思っていた時期があった……」


 「ええ……性欲こわ……」


 刀祢のやつは少し寂しい顔をしてようやくそこまでいたったか若人みたいな目で俺を見ていた。同級生のはずなんだがな。


 「特に意味もなく起立するこいつはなんなの? 授業中に突然起立したら先生びっくりするでしょうが」


 「生理現象だ。そいつだって立ちたくて立ってるわけじゃねえ」


 自分で自分のズボンを叩いた。勝手な起立は許可していませんことよ。


 痛かった。非情に痛かった。


 ----------


 そう生理現象だ。


 違和感にはそう言い聞かせた。


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 当時、俺の身長はぎゅんぎゅん伸び、170弱くらいまでには中三近くなるころにはすっかり伸びていた。


 ちなみに刀祢のやつはさすがに成長は緩やかになったが、185に身長が到達しかけていた。


 角度はましになったが見上げていることに変わりはなかった。


 体格が同じなのでよくプロレスごっこと称してじゃれるようになった。


 前までは体格差のせいで一方的だったのが、そこそこためをはれるようになる。


 それが楽しくて俺はよくプロレスごっこを挑んだ。


 よくもつれて変なとこにお互いの手が当たったりした。


 「おおん、あふうん」


 「何、その間抜けな声」


 「刀祢さん、そこはデリケートゾーンでしてよ」


 「おう、かってえんだけどこのデリケートゾーン」


 「生理現象だ、言わせんな恥ずかしい」


 「男って悲しい生き物……」


 「じゃかましい、お前もその悲しい生き物だろうが」


 「残念、そーいうむやみやたらに、エネルギーを使う時期を俺は通り過ぎたからな」


 「自分が幼かったころを忘れた大人なんてさいてー! あなたにも幼かったころはあったんでしょう!?」


 「ふははは! 忘れちまったなあ、そんな記憶!!」


 くだらないやり取り、笑い合うやり取り。


 生理現象だ。


 そう。


 そのはずだ。


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 そんなやり取りを繰り返した。仲良く遊んだ。


 身体はでかくなった。でもそれだけ。


 俺たちは何も変わらない。


 何も。


 変わりやしない。



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 まあ、嘘なんだが。



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