提案者の喜び

 ――――無事終えた、二回目のかくれんぼ。


「ありがとうございました。楽しかったです」


 何も知らない妻は笑顔で、夫たち十人に頭を下げた。夕食までまだ三十分以上もある玄関ロビーから、オルタナティブロックの縦揺れを再現しながら、すっと姿を消してゆく。自室のシャットダウンしていないPCの前へ戻るために。


 夫たちはお互いの顔を見合わせて、何も言わず、まだ本当に終わっていない、隠れんぼの終焉しゅうえんを待ち続ける。


 策士四人のそれぞれの時計は、


 ――十七時二十三分十秒。あと、五秒。


 他の夫たちももう気づいている。この隠れんぼの提案者が誰か。全員の心の中で密かにカウントダウンが始まる。


 ――あと、四秒。


 バイセクシャル複数婚をして、よかったと心の底から思える時間の訪れ。


 ――あと、三秒。


 つるしびなのような、フェルト生地の雪だるまとみかん。


 ――あと、二秒。


 十五時過ぎと十六時過ぎに、玄関の扉をバターンと勢いよく開ける人たち。


 ――あと、一秒。


 その時だった。月命のチャイナドレスだけを残して、夫たちは瞬間移動で、ロビーの吹き抜け高くへ浮き上がったのは。


 ――零。十七時二十三分十五秒。


 抜群のタイミングで、ガヤガヤし出した少し離れた廊下に、夕食を終えた子供たちが、思い思いに話しながら水色の絨毯の上に次から次へとなだれ込んできた。


 月命のピンヒールは綺麗な足を連れ、子供たちを迎えるように、かかとをそろえて立っていた。


 ニコニコと優しい笑み。学校で人気のある先生で、自分たちのパパの一人。子供たちはそんな大人を見つけると、目を輝かせ走り寄ってきた。


「月パパ〜!」

「どうだった?」


 さっとかがみ込むと、マゼンダ色の長い髪がシルクの布地を滑り、床にこぼれ落ちた。


「以前よりみんな仲良くなりましたよ」


 小さな手で万歳をしたり、ピョンピョンはね出して、子供たちは大騒ぎになった。


「よかったぁ〜!」

「僕たちの大作戦、成功〜!」

「やっぱり、大人でも一緒に遊ぶと仲良くなるんだね!」


 大好きなパパとママたちへのプレゼント。


 昨日お願いされた子供からの話。小学校教諭はいかに合理的に、彼らの願いを叶えるかを考えた。全てを記憶している頭脳の中で、


 日々の時刻のデータ。

 誰がどう動くかの可能性。

 三百億年という月日で手に入れた計り。


 そして、はじき出した。子供たちが帰ってくる、ちょうど二時間前の十四時七分から始めようと。


 時刻を記憶している夫たちは、七分のずれが、子供たちの帰宅時刻と関係しているかもしれないと気づくだろう。


 全員、自分と同じように父親だ。子供の願いとならば、叶えようとするだろう。すなわち、協力者が出てくるのだ。時間内に終わらせようとする人が出てくる。


 もちろん、気づかない夫や時計を持っていない夫もいる。それに対処するために、一回目は、月命が鬼になると言い出した。


 探したなど嘘なのだ。時間がくれば、個別瞬間移動をかけて、先へと強引に進ませる。


「パパ、僕ママをおやつに誘ったよ」

「よくできましたね」


 パパだとか、ママだとかではなく。両親全員に仲良くなってほしい。


 バイセクシャルの複数婚。夫たちのつながりもある。二回目はルールが変わる。


 そのために、子供たちが帰宅する時刻に、玄関ロビーへと一旦戻り、彼らに妻を連れて行くように指示を出したのだ。


 噓も方便。ママも一緒におやつを食べたいと願っているかもしれないと。


 そして、子供たちが夕食を終える、二回目の時間制限に向かって、二周目が始まる。


 四組のペアのうち、時計を持っている人がいるのは三組。調整はいくらでもつく。


 どうしても間に合わない時は何か言い訳をつけて、颯茄ごと戻ってくればよいのだから。


 最短時間で、子供たちの願いも叶え、自分たちの絆も深めた、月命の隠れんぼ。


 子供のために生きていると言っても過言ではない。小さな人たちが笑顔になるならば、好きでもない女装までする男。慈悲深く、数時間で全てを叶えるための策を投じたのだ。


 結婚指輪をしたパパの大きな手で、頭を優しくなでられた子供は照れたように微笑んだ。


「ふふふっ」 

「君たちのお陰で、パパ同士も仲良くなりましたよ」


 学校でみんなに、パパとママがいっぱいいてすごいねと感心される子供たち。誇りであって、休み明けの学校でまた話そうと心に決めるのだ。


 子供たちは全員万歳して、ピョンと飛び上がった。


「やったぁ〜!」  


 そして、月命の前に大きな布袋が瞬間移動してきた。桜色で水色のリボンがかけらている。


「それでは、こちらがご褒美です」 


 縛られていたリボンを解くと、甘い香りと色とりどりの紙に包まれた丸いものが現れた。


「うわぁ〜! キャンディだ〜!」

「月パパ、ありがとう!」 


 今日学校から帰ろうと、正門を出た時。ぜひ受け取ってほしいと、知らない男から渡されたプレゼント。


 好意に甘えて笑顔で受け取り、今こうして、めぐりめぐって、小さな人たちの幸せに変わっている。


「こちらこそ。君たちのお陰で、楽しい時間でしたよ」


 妻も夫も小さな人たちの思いやりのお陰で、幸せの連鎖はどこまでも続いてゆく。


 アメでぷくっと頬を膨らませながら、子供たちは得意げにまた相談を始めた。


「次何にしようか?」

「パパとママが仲良くなる方法?」


 将来やりたいことを、今日も遊びながら学ぼうと、数人で割り振っている部屋へと小さな足たちが歩き出す。


 月命はそっと立ち上がり、子供たちの小さな背中の斜め上に浮かんでいる夫たちの姿を、ヴァイオレットの瞳の端に映した。


「大人のアレンジを少々加えましたが……うふふふっ」 


 だが、子供は全員いなくならず、たて巻きカールをした髪を、頭の左右の高い位置で縛っていた、月命の娘で付き合も長い、繁礼かるれが女装しているパパに話しかけてきた。


「月パパ? ティアラはどうだった?」

「みんな喜んでいましたよ」


 月命はサイズの小さい銀の小道具を頭の上からはずし、持ち主の娘に無事に返した。


「パパのファンクラブの姫たちも喜んでたよ」


 受け取った繁礼は誇らしげに言って、ドレスを着たお姫さまがスキップするように、両手を後ろに組んだまま去ってゆく。


 取り残された月命はこめかみに人差し指を立てて、表情を曇らせた。


「困りましたね〜。僕の体質にも。小学生の女子児童まで、僕に夢中になってしまって……。どのようにしたら、なくなるんでしょうか〜?」


 ルナスマジックは強烈だった。

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