旦那たちの愛を見届けろ/17

 だが、立ち位置が逆である。ピアニストが立っていて、料理上手な体育会系の夫が椅子に座っているのだから。妻の軽い妄想が始まる。


「あぁ〜、懺悔と称して、ご主人さまにBL罠を仕掛けられた、感覚的執事の受難……。ストレートだった執事はこうして、男色という世界へ堕ちてゆくのだった――」


 ピンクのストールで二人の腰元はうかがえない。隠れているからこそ、妻の意識はそこへと釘付けになる。しかし、颯茄は首をかしげた。


「ん? 光さんと独健さんのとで、どうやってお楽しみをする?」 


 かろうじて見えている、アーミーブーツとミリタリーズボンを体へとたどってゆく。


「独健さんのあの躍動感のあるモノ……」


 この記憶は静止画にした。今度は窓に半身を見せるように立っている光命。だったが、颯茄は彼の身を案じる。


「光さん、大丈夫かな?」


 男性自身まで瞬発力バッチリの、スーパーエロ夫。颯茄はドアを開けたまま、廊下を左右に眺めた。


「夕霧さん、呼んできて、お姫さま抱っこしてもらわないと、もう動けないんじゃ……。あの光さんの男女兼用のやつじゃ……」


 夫二人の隠れんぼで、夫夫のキスなのに、他の夫夕霧命が必要になるという緊急事態。


「やっぱり、夕霧さんきてもらった方が……」


 光命の冷静な水色の瞳には今度、妻がドアを開けたまま、廊下を右に左に落ち着きなく眺めている姿が、背を向けているにも関わらず映っていた。


「颯? 構いませんよ」


 遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声が聞こえてきて、颯茄はビクッと反応した。


「あれ? どうして、わかったんですか?」

「窓ガラスにあなたの姿が映っています」


 開けたままにしていたレースのカーテンには、待ち構えていた妻の姿が映っていた。


 冷静さも落ち着きも持っていない妻は、独健と同じようにはまってしまった。颯茄はぺこりと、礼儀正しく頭を下げる。


「あぁ、バレバレだった……。すみません、邪魔してしまって……」


 今はもう、ひまわり色の短髪は妻からもよく見えていて、独健は不思議そうな顔を、光命に向けた。


「邪魔なのか?」


 細く神経質な手の甲は中性的な唇に当てられ、くすくすという笑い声を間近で聞かされた。


「おかしな人ですね、颯は。私たちの妻なのですから、よいではありませんか」


 その手のひらにある、鈴色の懐中時計は、


 十七時二十二分二十三秒。あと、四十二秒――。


 時間制限があることなど知らないどころか、颯茄は十一人で夫婦をしていることに、まだまだ慣れていなかった。


 家訓その二、夫婦の営みを隠し事しない。


 普通ならば、夫婦は二人しかいない。だから、わざわざ情報を共有する必要もない。しかし、明智分家は違う。他の人が見ていないところで、大人の情事は起こる。すると、知らない人が出てきてしまう。それは夫婦としてどうなのか。機能を果たさないのではないか。というわけで、これは罪悪感も猜疑心なく、真実の愛の形なのだ。


 本人たちが特別に断ってきたのなら、それはのぞき見はいけないことだが、今はただの隠れんぼであって、煩悩を持っている妻が勝手に妄想しているだけだ。


 颯茄は達成感で自然と笑顔になり、指先を夫二人に勢いよく向けた。


「はい! じゃあ、二人を見つけました!」


 独健と光命が近くへ瞬間移動してきて、それぞれの手が妻をつかむと同時に、三人はすうっと消え去った。


 センサーで点灯していた、部屋の明かりは日が沈むように少しずつ暗くなってゆく。レースのカーテンは乱れひとつなくなり、強い青――花色の厚手のカーテンが部屋に一日の終わり、幕を下ろした――――

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