旦那たちの愛を見届けろ/7

 合気は護身術。自分から仕掛けない武術。逃げてゆく敵をわざわざ追いかけない。自分へとくるものだけと戦う。手を先に出すような人物には、極められないもの。絶対不動を持つ夕霧命向きのもの。


 花柄のシャツの筋肉質な左腕が、深緑の短髪の首筋へ向かってゆっくりと伸ばされてゆく。長さの違うペンダントヘッドをチャラチャラと歪ませながら。


「惚れてんぜ――」


 しゃがれた声で、明引呼は愛を語った。遅れて、夕霧命の男らしい顔が、伸びてくるシルバーリング三つへと向いた。


「愛している――」


 明引呼の左足は振り向きざまに横へ引き上げられ、夕霧命の腰後ろへまっすぐ伸ばされ、ジーパンの間に袴姿の男を挟む形になった。その時だった。明引呼の口の端がニヤリと歪んだのは。


「っ!」


 たった一度であきらめてなるものか――。今度こそ、明引呼は自分へと夕霧命を、筋肉質な太い腕で首後ろから引っ張ってやった。兄貴はやはりタフだった。


 二度も同じことをしてくるとは思っていなかった。しかも、夕霧命は待っていたのに、自分が動かされてしまった。


「っ……」 


 夕霧命は完全に意表を突かれて、横に崩れるように倒れ、そのまま明引呼もろとも巻き込んで、芝生という緑のベッドの上に、二人の服は淫らになだれ込んだ。


 思ったよりも強い衝動で、二人の息が詰まった響きがもれ出る。


「っ!」


 ひずんだ貴金属の残響の中で、大地という安定感、明引呼、夕霧命、空という自由感の順で下から折り重なった。故意に作られた不動、動、不動、動。


 強く触れ合ったは唇は、式以来の感触。あの時とはまったく違っていて、お互いの性質に前後を挟まれたまま、腰元が灼熱を招き入れようとする。


 ――不意打ちのキス。


 アッシュグレーとはしばみ色の瞳は、焦点が合わないながらも、少しの間お互いを見ていたが、やがてすうっと閉じられた。


 相手の性的な匂いが頭をクラクラと痺れさせる。質感の違うお互いの服が腕に、頬に広がる。自宅の庭の片隅で、文字通り体が重なり合う夫二人。



 倒れ込んだ瞬間を、妻は見てしまった――


 少し離れた芝生の上で、深緑のベルベットブーツはびっくりして、ぴょんと一メートルほど飛び上がる。颯茄は両手で口をふさいだが、それでも驚き声は広い庭にとどろいた。


「あぁっ!?!? 夕霧さんが明引呼さんを押し倒したっ!!!!」


 駆け引きがあったとは知らない妻。あの和装の色気を持つ夫が、鉄っぽい男の匂いがする夫を押し倒している。しかも芝生という野外。衝撃が全身を貫くほど凄艶せいえんだった。


 妻は少しだけかがみこんで、紫のワンピースを夜風に揺らしながら、右に左にウロウロする。あの男臭い二人がどんなキスをしているのか気になって。


「明引呼さんが夕霧さんを押し倒すなら想像つくけど……」


 自分のところにバラバラにきては、対照的な対応をして、いなくなる夕霧命と明引呼。だが、明智家の婿にしては、珍しく男っぽい彼ら。


「二人で話してるの見たことなかったけど……。意外と進んで、きちんとまとまってたんだ。絶対不動の夕霧さんが動くなんて、よっぽどだよね?」


 妻としては嬉しい限りである、夫たちが仲良くなるのなら。颯茄は両腕を組んで、うんうんとうなずく。


「あぁ〜、そうか。激しい恋に落ちてたんだ、二人とも……」


 妻の中で、勝手に誇張表現されている夫たちだった。そして、颯茄はまた壊れたのである。


 あの長い足を持つ二人。ジーパンと紺の袴。あの腰元に隠された、自分を別々に共有する、あの個性的な二人の男性自身。今どうやって、男同士で交わっているのか気になった。


「夕霧さんのあの、うわっていうモノが、明引呼さんのフリーダムなあれに、こう両側から攻められて――!」


 颯茄が毎回驚く、明引呼の火柱。全員個性がある。同じものを見たことがない、妻は。もちろん、夕霧命の和装の奥に隠された、灼熱の両刀もそうである。だからこそ、妻の口走っていることが意味不明なのだった。


 その時だった。夕霧命が両手をついて、起き上がろうとしている姿を見つけたのは。妻は慌てた。とうとう着衣ではなくなるのかと勝手に妄想して。


「そっとしておこう。盛り上がってるから、よし、ここは静かに退散――」

「俺に気を向けたまま、どこへ行く?」


 走り出そうとした妻を、合気でもかけるように、夕霧命の地鳴りのような声が艶やかに捕まえた。


 やけに落ち着いていて、彼らしい言い回しで、妻の色欲という獣はあっという間に檻に閉じ込められたのだった。


 芝生の上だろうと、すうっと一本の縦の線が通っているように、ピンと張りつめた姿勢で正座し直した夕霧命のそばへと、颯茄は歩いてきた。


「あれ? 何でわかったんですか?」

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