選んでもらえない恋人

平 凡蔵。

第1話

深夜の勉強を終えたが、今日はまだ眠らない。

ラジオのスイッチを入れて、時刻を確認した。

昨年までは、スマホのラジコで聴いていたが、タイムラグが、どうも好きになれなくて、小さなラジオを買ったのだ。

1980円の安物だ。


時計の秒針が、ゼロに近づくと、本を閉じて耳を澄ます。

フェージングの中から、沙織さんの声が聞こえた。

「3時になりましたーっ。」

続いてタイトルコール「中島沙織のオールナイトニッポン週イチ」。


もう3年になるだろうか、僕は歌手の中島沙織さんが好きになって、この番組も毎週聴いている。

何と言っても、彼女の声を聞くと、疲れも吹き飛んでしまうから、すごい。

もちろん、見た目も、可愛くって、ある意味、僕の理想の女性と言える人だ。


2曲ほど、彼女の昔の歌が流れたら、待っていたコーナーが始まった。

「ネガティブ告白タイム。」

性格がネガティブで、告白も出来ない男の子や女の子が、深夜にコッソリ電波に乗せて告白しちゃおうという内容だ。

このコーナーには、毎週、投稿をしている。


実は、このラジオ番組は、同じ学年でも聴いている人が多い。

その原因は、僕が昼間、中島沙織さんの事を吹聴して歩いているからなのだけれど、中でも、このコーナーは、人気があって、僕と同じように、告白タイムに投稿している人も、これは話をしていて、多いんじゃないかと思うのだ。


しかも、確か半年ぐらい前だろうか、投稿をして読まれた同級生がいた。

勉強は中程度で、ただ運動能力は、驚くほどゼロに近い冴えないやつが、同じクラスの女子バスケットボール部のリーダーに書いた告白だ。

女の子は、部活をするときは、ポニーテールで、何故かジャージのズボンの裾を、右だけ膝まで、まくり上げて走っていた。

クラスだけじゃなくて、みんなの人気者だった。


告白の内容は、忘れてしまったが、僕なら始めにお笑いの1つでも入れて書きたいところを、ただただ、恋の苦しみを綴っていたことを覚えている。

それを、沙織さんが、抑揚の効いた可愛い声で紹介するものだから、その重い内容も、何故か、胸にスッと入ってくるように思えた。


ラジオの投稿は、普通は、イニシャルとかで投稿するのだけれど、彼は、相手の名前はイニシャルだったけれど、自分の名前は本名希望だったので、同じ学年のやつなら、誰でも判る内容だ。

それだけ真剣だったのだろう。


それにしても、その放送を聴いたときは、もう、早く学校へ行きたくて仕方がなかった。

クラスメイトも同じ気持ちだったようで、次の日は、みんな30分ぐらい早く教室へ行って、そこでみんなに会った時は、自然と笑いが出た。

そして、その後、通学してきた彼は、一躍ヒーローとなった。


それでもって、結果はどうだったのかというと、3ヶ月ぐらいは付き合っていたから、まあ、告白は、成功したといえるのだろう。

二人の関係が自然消滅したときは、もう話題にもならなかった。


今日のラジオの告白コーナーに、耳を澄ませる。

僕の投稿が、果たして、読まれるのか。

じっと、沙織さんの声を追いかける。


とはいうものの、ラジオの投稿数なんて、全国で考えたら、何十通、いや、何百通と来ているに違いない。

その投稿から、ラジオ局のスタッフが選ぶのだろうけれど、僕には選ばれる自信が全くないのである。


子どものころから、僕が、他人に選んで貰えるなんて考えることなんて、出来たことは1度もない。


冷静に考えたら、僕に興味を持つ人間なんて、いないに違いない。

ただ、同じクラスだから、そこで、面白おかしく話をしているから、嫌われはしていないだろうとは思う。

でも、それだけだ。


僕の事を、評価してくれて、選んでくれるなんてことは、まず、ありえない。

でも、それでいい。

嫌われなければ、それでいいんだと、本当に思う。


この前も、本屋へ行って立ち読みをしていたら、人生には、いくつもの分かれ道があって、その道のどっちを選ぶかで、先々の人生が変わってくると書いてある本があった。

僕は、ため息をついて、その本を閉じたね。

この著者は、余程の想像力の欠如した人間か、無駄なポジティブ思考をする人間かの、どっちかだ。

人は、人生を選んで生きているなんて、それは、実社会を見ると、あり得ないことだと気が付かないのだろうか。


人生は、選ぶのではなくて、人に選んで貰って、流れ流れていくものだ。

社会人としての経験のない僕でも解ることだ。


もし、僕が、卒業をして、どこかの企業にでも就職しようと考える。

もちろん、どこの会社がいいかと、選ぶだろう。

でも、それは、実は選んでないことと、イコールだ。

何故なら、選んだとしても、その会社に就職するには、その担当者と面接をして、他人に選んで貰わなきゃいけないのだ。

結局は、他人に選んで貰えないと、先に進めない。


そんでもって、やっと就職して、好きな女性が出来て、結婚しようと考える時もくるだろう。

でも、ここでも、好きな女性を、僕が選んでも、結局は、相手が僕を選ばなかったら、これは、選んでいないことと、これまたイコールなのだ。


詰まりは、選ぶなんてことは、ただの妄想であって、実は、選んで貰わなきゃ、何も始まらないのである。


就職については、まだ、未経験だけれど、恋愛については、これは経験済みだ。

僕はまだ、女性の、たった1人にも選んで貰ったことは無い。


とはいうものの、これは、選んだ人に、選んで貰ったことはないという意味だ。

選んでない人に、選んで貰ったことは、自慢話じゃないけれど、これはある。

しかも、2回もだ。


僕の事が好きで、付き合って欲しいと、別の友達を通して、言われたことがある。

普通なら、付き合うだろう。

僕も、そういう事態になった時は、付き合うだろうと思っていた。

なのだけれど、僕を選んでくれる人は、僕が、どうしても選びたくない人なのだ。

過去にあった2人ともね。


何故、こんなことになるのだろうと思う。

どうしても、選びたくないので、2回とも、ゴメンナサイをした。

本当に、申し訳ないと思ったけれど、どうしても好きになれない人だったので、断った。


でも、その2人も、僕から選んで貰えなかったのだ。

そのゴメンナサイを聞いた夜は、どんなに悲しかっただろうと、僕も選んでもらえない側なので、本当に可哀想だと、僕も泣きそうになったのは覚えている。


なものだから、ラジオの告白タイムも、好きな沙織さんにハガキを読んでもらいたいという気持ちも強いけれども、僕の、今気になっている女の子に、気持ちだけは伝えたいという思いがあって、でも、ラジオだから、選んで貰えなかった時でも、クラスで笑い話に、すり替えられるという、卑怯な手でもあった。


ネガティブ告白タイムのコーナーも、最後の1人となった。

沙織さんの声が続く。

「さて、最後の1枚です。兵庫県のN高校の、名前の下だけ読んでねの茉莉子さんからです。」

兵庫県のN高校?

僕も、N高校だ。


「私は、N高校で、弓道部に入ってるのですが、同じ弓道部のキャプテンのS君が大好きです。いつも、告白しようかと悩んでいるのですが、勇気が無くて、まだ、部活の事しか話をしたことがありません。だから、いつもS君の家がやっているお好み焼き屋さんへ行っては、壁に飾ってあるS君の全国大会の時の写真を見て、小声で告白の練習をしているんですよ。アホな女の子でしょ。でも、来年は、卒業したら、会えなくなってしまうと思うと、やっぱり告白したいんです。沙織さん、あたしの背中を押してくださーい。きゃー、そこは背中じゃありません。胸ですよ。もう、沙織さんたら、間違えないでよー。」

最後に、少しボケを入れてくるところは、笑えた。


でも、僕の頭にある女の子が浮かんだ。

兵庫県のN高校。

弓道部。

キャプテンが、全国大会に出たことがある。

実家が、お好み焼き屋さん。

そして、名前が、茉莉子。


同じクラスの茉莉子じゃないのか。

どう考えたって、そうだ。

誰だって、気が付く。

それを、ラジオに投稿してきたのだから、本人は、そうとう真剣だ。


それにしても、こんなことがあるのだろうか。

僕が、気になって、告白をしようとハガキを出したのは、まさしく、この茉莉子だったのだ。


1つひとつの要素を重ね合わせていって、やっぱり、あの茉莉子だと結論付けた時、僕は、頭を抱えた。

どうして、こんなことになるのだろう。

僕が、好きで、告白しようとした女の子が、違う男の子に告白したのだ。

またしても、僕は選んで貰えなかったということになるのだ。

好きな女性には、選んでもらえない。


僕は、その後も、ラジオから流れる沙織さんの言葉の1つひとつを必死で聞いていた。

その後、メールとかで、新しい要素が流れるのじゃないかと、気になって仕方がなかったからだ。

でも、そんな情報なんて、ある訳ない。

遂に、そのまま、中島沙織のオールナイトニッポン週イチは、終わってしまった。


悔しい。

いや、苦しい。

茉莉子もまた、僕の事なんか、どうでも良い存在だとしか認識してなかったんだ。

そして、他の男の子が好きだったんだ。

もう、寝ることも出来ずに、そのまま朝になった。


深い失恋の感情を押さえながら、教室に入る。

当然、クラスの話題は、その事だ。


当の茉莉子は、女の子同士で、その事について話をしている。

笑いながら、あれは、あたしだと、もう隠す様子もない。

或いは、まな板の上の鯉なのか、判決を待つ戦犯なのか、堂々としたものだ。

でも、内心は、ドキドキしているのだろう。

不安で仕方がないんだろうなと、そう思うと、声を掛けてあげたかったけれども、僕なんて、認識もされていないのだろうし、選んで貰えない訳だから、そんな人間の言葉なんて、力がないに違いない。

とうとう、一言も言えずにいた。


そんでもって、事態が急変したのは、夕方だった。

告白した相手の、弓道部のキャプテンが、ゴメンナサイをしたのだ。

キャプテンには、別に好きな人がいるというのが理由だそうだ。


可愛そうに。

茉莉子は、その日、1人で泣きながら帰ったという。

悲しかっただろう。

苦しかっただろう。

それに、クラスメイトに、あれだけ笑いながら話していたのに、カッコ悪かったという恥ずかしさで、気持ちが押しつぶされそうだっただろう。


茉莉子もまた、人に選んで貰えなかったのだ。


僕は、2日ほどして、あることを決めた。

茉莉子に、告白しよう。

たとえ、フラれたっていい。

自分の思いを伝えることが大切だ。

茉莉子がフラれたと聞いて、告白するのは、ずるいやり方だと、人は批判するかもしれない。

でも、それでいい。


僕は、茉莉子に、告白した。

勿論、茉莉子は、ゴメンナサイをした。


でも、毎日、毎日、僕は、茉莉子に、甘い言葉を浴びせかけた。

毎日、好きだと言った。

毎日、可愛いと言った。

毎日、声が聞きたいと言った。

毎日、顔が見たいと言った。

そうして、毎日、甘い言葉を、これでもかと、茉莉子に浴びせかけた。


その結果、どうなったのか。

僕は、今日、茉莉子と映画を見に来ている。

その後、新しく出来たパンケーキのお店に行く予定だ。。

所謂、デートというものをしている訳だ。


もう、嬉しくて仕方がない。

僕が、告白しようとした茉莉子とのデートだからね。


茉莉子は、僕の、浴びせかける甘い言葉に、こころの痛みを少しだけ、忘れているようなのである。

でも、茉莉子が僕を好きだという訳でもない。

勿論、嫌いではないと思う。

デートにOKしたんだからね。


でも、茉莉子は、僕に選んで貰ったことが、それで得た安心が、今は大切なのである。

選んで貰えたことが嬉しい。

それを、単純に、喜んでいるのである。


好きな人に選んで貰えない悲しみよりも、好きではないけれども、選んで貰える人とのデートを選んだということだ。

それほど、選んで貰えないということは、みじめで、悲しいものなのだ。


でも、それで僕はいい。

茉莉子の、横にいれるのなら。


岡本太郎さんの言葉を借りるなら、たとえ、相思相愛のカップルだったとしても、お互いの思いには、温度差があるから、それは片想いと同じなんだと。

必ず、どちらかの思いが強くて、どちらかの思いが弱い。

それならば、僕と茉莉子も、同じじゃないか。


僕が、茉莉子が大好きで、茉莉子は、僕をそこまで好きじゃない。

でも、それは温度差の問題で、まあ付き合ってるカップルと同じ状態なのだ。

そう考えて、二人でいられる時間を大切にしよう。

今は、茉莉子といられるだけで幸せだ。


しかし、ひとつの事実が、ここに存在している。

僕は、茉莉子に、選んで貰えた訳じゃないという事実。


僕は、1度たりとも、僕が選んだ人に、選んで貰えたことは無いのである。

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選んでもらえない恋人 平 凡蔵。 @tairabonzou

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