第11話 翌朝

 誰も起こしに来ないので、さくらたちは午(ひる)近くまで寝過ごしてしまった。いや、寝過ごせた、というべきか。


 強い陽射しと、暑すぎるほどの室内にようやく気がつき、さくらはのそのそと起き出した。


 じんわりとした疲労が身体の真に残っていぼんやりとする頭を励ます。

 ここは、温泉宿。脱走した隊士を追ってきた。


「逃がしてしまったな」


 歳三にばれたら大目玉を食らう。さくらとて、処分されるかもしれない。隊規違反者を許してしまったのだ。

 それでも、後悔はなかった。逃げのびて、水原の血をつないでほしい。水原とサエ、あのふたりは、たぶん惹かれ合いはじめている。


「いずれは夫婦になってくれたら」

「もう、なってますよ」


 振り返ると総司がいた。すでに着替え済。さくらは、やや開き気味だった単衣の合わせをさりげなく直した。


「島崎先生、おはようございます。って、そんな頃合いでもないか。ぐっすり寝ていたようなので、起こしませんでした。帳場は大騒ぎですよ?」

「おはよう。そうだよな、騒ぎになるよな。いや、それよりも今、『もう、なってますよ』って、なにがどうなっているんだ」

「もちろん、夫婦にです」

「水原とサエさんが? 確かに思いは同じだろうが、サエさんはたぶん水原の兄さまの子を宿しているんだろうし」


 自信満々の総司に対し、疑問を投げかけた。


「それが間違っている、とは考えないんですか?」

「は?」


 総司のくせに、やけに小難しいことを語るものだ、さくらは怪訝に思った。笑顔が憎らしい。


「順に考えてみてください。はい、どうぞ」


 さっさと、答えをくれればいいのに。寝起きゆえ、いっそういらっとしたが、さくらは乗っかった。目覚ましにはちょうどよい問いだろう。


「……ええと。サエさんが、水原家に嫁入りした。水害で、夫……水原の長兄が亡くなった。水原はサエさんの再嫁先を探して送った。上洛して新選組に入った。サエさんの妊娠が分かった。温泉宿ではないがしろにされている。サエさんを好いていた水原は隊を脱走し、サエさんを救おうとした。以上」

「それで終わりですか? 島崎先生は刀ばっかり振り回しているせいか、色恋には疎いんでしょうねえ」

「さっきから、まわりくどいことばかりを言うな。お前だって似たような者のくせに」


 さすがに、腹立たしくなって、さくらは声が大きくなってしまった。



(次の更新で最終回です)

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