第7話 コンパス

竹林の横で休憩をとってからもう2時間くらい歩き詰めよ。そろそろもう一度休憩させてくれないかしら。


「華さん、こっちにきてごらん」


あら?あたしが息を切らして俯きながら歩いていると影井さんが声を掛けてきたわ。やっと休憩させてくれるのかしら。


お腹もすいてきたし何か食べたいわね。そういえば食べ物って……。あたしの鞄にチョコバーと飴くらいは入っているはずだけれど、影井さんはキャンプの荷物を持っているそうだから少しは食べ物ももっているのかしら?

そんなことを考えながら影井さんの横に立ったあたしは目の前にひろがる景色に思わず後ろに下がってしまったわ。

あたしたちは切り立った崖の上に立っているのだもの。


「な、なに影井さん。まさか現状に悲観して飛び降り自殺でもするっていうの?あたしは、もう少しがんばってみたいわよ」


影井さんがポカンとした顔になったわ。あら、あたし何かまちがったのかしら。


「あはは、私も投身自殺をするにはまだ早いかなって思うよ。そうじゃなくてここからならかなり遠くまで見えるってことだよ」


ふう、驚いたわ。あ、でも確かに遠くまで見えるわね。

って、見える限り森と山じゃないの。思わず力が抜けて膝をつきそうになったわ。文明どころか水場も見えないってどうしたらいいのよ。


失望して影井さんの様子を覗きみると、あら?ニコニコしているわね。


「あの、影井さん。この景色を見てニコニコしているってどういうことですか?」


あたしの声に影井さんはまるで不思議なものをみるような顔になったわね。


「え?いや、川らしきものが見えたからね。水が普通に補給できるのは助かるし、川に沿って下れば文明があればどこかで見つけやすいだろうと思ってね」


川?どう見ても見渡す限り森なのだけれど?それにその言い方だと川が無くても普通じゃないやりかたでなら水が補給できるみたいな言い方ね。

あ、あたしが理解できないでいることに気づいたのかしらちょっと”あれっ?”って表情になったわ。


「説明がいるかな。ほらあそこ森に少し蛇行した線ができているのわかるかい?」


影井さんの指さしたあたりを見ると、確かに線があるわね見える範囲の端から端までつながっているわね。


「あれは、あそこで森が切れているってことなんだ。地球だと道路とかで結構切れ目が見られたと思うんだが見たことないかな?」


そう言われても、あたしは山とかあまり行かなかったからあまり記憶にないのよね。


「うーん」

「実際に自分で山に行った時でなくてもテレビとかネットの映像で見たことないかな?」


あたしが分からないでいるのに気づいたのね。言われてみればそうだったのかもしれないわね。でも……。


「思い出せない」


あたしはちょっと落ち込んでしまったわ。身体を動かすこと自体ならともかくネットやテレビで得られる情報が頭に入っていないってインドア派としてはちょっとよろしくないもの。でも、あの線のところに行けば水が手に入るってことよね。でも川を下れば文明を見つけやすいっていうのは、下流が平野になりやすいからかしらね。地球でも大きな川の下流域で文明は発達したものね。


「ま、地球でのことはいいだろ。今回で覚えておけばまた何かの役に立つこともあるかもしれないからね。それで、だ。これが使えればいいんだけど」


影井さんが取り出したのは、


「あ、これ知ってるわ。方位磁針コンパスね」

「ん、まあそうなんだけどね。これちょっと特徴があってね」


そう言うと影井さんはコンパスのリングを動かして見せたわ。

「本来は地図と合わせて使うんだけどね。うん、地磁気自体はあるね。これである程度目標方向を固定して動けるよ。あとは地球と同じように地磁気がある程度一定であることを祈るってとこかな。そしてこれから私たちが向かう方向はあっちだってのは分かるよね。だからこの矢印をあっちにむけて、このリングで磁石の向きを合わせる。こうすれば目標が見えなくても、磁石の向きを合わせれば目標の方角が分かる。ね簡単でしょ。他にも歩測しながらこれで合わせて記録していけばある程度ピンポイントで目標に向かえるし、地図とか書けるんだけど、まあ今回はそこまでしても意味が無いから目標の方向だけだね」


そう言うと影井さんはコンパスの矢印を身体の前に向けて持ってゆっくりと一周回って見せたわ。なるほど目標と違う方向をむくとコンパスの角度とずれるのね。


「じゃあこの角度を記録してと。目標角度は32度。じゃあ山を下りてあっちに向かおう。ここからはくだりだから負担が増えるから気を付けて……。あ、先に軽く食べようか」


そう言うと、影井さんはリュックから黄色い箱を出して渡してきたわ。これカロリー〇イトね。まあここでは仕方ないわね。


「それと、これ。水ね」


そう言うとこれもリュックから割と大き目の水筒を出してきたわね。ちょうど喉も乾いていたから助かるわ。


「悪いけど今は、それだけで我慢してね。早く水の補給できるところまで進みたいから」


あたしは頷いて受け取ったカロリー〇イトとコップに注いでもらった水で食事を済ませたわ。これだけでも大分落ち着くわね。


「じゃ、降りるよ」


食後に30分くらいの休憩をしてあたしたちは山を下りはじめたわ。だいぶ足が疲れたけど、どこまで歩くのかしら。

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