第8ステージ 旅の情けは食い違い!?

第8ステージ 旅の情けは食い違い!?①

 『フレナイ』のライブは唯奈さまだけのユニットではなく、複数のユニットが出演するライブだ。唯奈さまの出番が少なくても楽しめるだろうか? そう、思っていたが杞憂だった。

 ――フレナイの現場は、やっぱり楽しい!

 知っている曲はもちろんだが、あまり聞いていなかった曲もライブで聞くと良いなと思えるようになる。ライブ会場で聞く前と後では、同じ曲でも全く印象が変わるのだ。

 なぜなら、ライブ会場で聞くことで曲が『意味づけ』されるからだ。

 あの時のコール、あの時の必死に歌う姿、会場の雰囲気、それがライブ後に曲に還元される。大きな意味を持った曲になるのである。

 そうなった曲は、強い。

 オタクは理由を求め、意味を欲しがる。

 だから、こうやって現地で参戦することに意味があるのだ。


「フレナイのライブ誘ってくれてありがとう。めっちゃ楽しかった!」

 

 ライブ後、駅ビルにあるもつ鍋屋さんで俺たちは食事をしていた。ライブ後のプチ打ち上げだ。俺は目の前のあずみちゃんに感謝を告げる。が、あずみちゃんの様子がどこか変だった。

 

「ハレさんが喜んでくれてよかったです。私も楽しかったです」


 そうは言うが、あまり楽しそうな感じがしない。お疲れ気味なのだろうか。

 普段のライブ後のあずみちゃんならずっと早口で感想を言うのに、今日はやけに静かだ。

 

「もつ鍋、美味しいですね」

「おう、本場のは違うな」


 あずみちゃんから話も振ってくるので、不機嫌ではないように思える。

 なんというか、不思議だ。


「唯奈さまはさすがだけど、他のユニットもよくてさ」

「はい、緑色チームもよかったですよね」


 普通に会話は成立するが、いつもほどの高揚感がない。思い当たる理由が浮かばない。

 あっ、そういえば、ライブ中にあずみちゃんに手を握られた。

 ペンライトの電池でも切れて、助けを求めたのかと思ったが、ペンライトはきちんと光っていて違った。疲れたわけでもなさそうだったし、不意に掴んでしまったのだとその時は解釈した。なので、次の曲の時は「ごめん」と言い、彼女の手を解き、ペンライトを振って盛り上がることを優先した。


 あの時、何かあったのだろうか。体調が悪かった? けど、その後は普通だった。

 頭を悩ませるが、それ以上にこれからのことに頭を悩ませる必要があった。

 

 そう、宿泊先は、あずみちゃんと同じ部屋なのだ。あずみちゃんの策略で俺は同じ部屋で寝るしかない。

 ただ、ツインルームだったので、同じベッドで眠ることにはならない。ダブルベッドだったら一生寝れる気がしなかった。

 しかし、『ライブの感想で盛り上がって、そのまま疲れて寝る!』っていう作戦を立てていたのに、今のあずみちゃんのテンションだと難しそうだ。

 ただ疲れているなら、それはそれですぐに寝ようとなるだろうか。

 ライブが終わったのに、まだまだ俺と彼女の一日は終わらない。 

 これも遠征ならでは、なのだろうか。もつ鍋の美味しさに今だけは現実逃避したかった。



 × × ×

 

 ホテルのエレベーターで大浴場が24時まで開いていることを知り、俺はホテルの部屋に入るや否や、部屋から飛び出したのであった。


「ごくらく~」


 女湯に他に人はいなく、貸し切り状態だ。

 あずみちゃんは部屋のシャワーで良いとのことで、別行動になった。のんびりとリラックスすることにしよう。

 早く戻って、一人、彼女のシャワーを待っているのは避けたかった。同じ部屋で交代ずつのシャワーでは、緊張して心が持ちそうになかったので、こうやって避難できたことに感謝する。



 × × ×

 

 部屋に戻るのが億劫だったが、ずっとお風呂に入っていてはゆでだこになってしまう。

 カードキーを使い、恐る恐る部屋に入ると、シャワーの音はしなかった。良かった、もうあずみちゃんはシャワーから上がっているみたいだ。

 部屋に入り、彼女が何処にいるのか探る。

 あずみちゃんは、窓際にある椅子に座っていた。

 そして、


「あっ、ハレしゃん! ハレしゃん、おかえりー!」

「ハレ……しゃん?」


 あずみちゃんのテンションが可笑しかった。

 さっきまで低いテンションだったのに、元気になっている。シャワーでスッキリしたのかなと思ったが、違った。


「ひっく」

「……うん?」

 

 なんだその反応は。

 顔がお風呂上りなだけでなく、赤い気がした。

 そして、俺は発見したのだ。あずみちゃんが、右手に缶を持っているのを。


「え、あずみちゃん、もしかして、お酒飲んでる?」

「これはレモンジュースで~~す」


 レモンジュースのテンションじゃない。慌てて、持っている缶をじっくりと見ると、嫌な予感が当たった。


「アルコール入ってるよ、これ!」


 アルコール度数5%の、レモンチューハイだ。確かに見た目はジュースにも見えてしまうが、一口飲めばこれがお酒だということがすぐにわかるだろう。


「へへ、たのし~」

「酔うとあずみちゃんは、こうなるのか……」


 感情をコントロールする思考力が落ちている。舌足らずな感じで、年齢感が下がっている印象だ。

 俺も、あずみちゃんも現在、20歳を超えているので、飲酒すること自体は問題ない。 

 が、少量でこの酔いようは危ない。


「あずみちゃん、飲むの止めようか」

「やだー、私のー」


 缶を手から外そうとしたが、拒まれた。酔っているが、力は強い。


「ハレしゃん、そこに座りなしゃい!」


 そして、指図された。

 この状況のあずみちゃんの言葉を断ると、面倒だろう。

 しぶしぶ、言う通りに対面の椅子に座る。


「ハレしゃんは、駄目駄目でーす!」

「えぇ、それは重々承知しているけど……」

「ハレしゃんは、わかっていませ~ん」


 「わかっていないのですか……」と敬語反省モードになると、あずみちゃんがびしっと指をさして、宣言してきた。


「ハレしゃんは、もっと私を意識してくださーい!」

「え、えええ??」


 酔っ払いの講義が始まったのであった。

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