第5ステージ オモイは行き違い!?②

 今日も携帯を見つめ、ため息をつく。


「あずみさん、最近ため息ばかりですね」


 授業終わりに友人と食堂でお昼を食べているが、なかなか箸は進まない。机に置いた携帯をついつい見ては憂鬱な気持ちになる。


「そうかな?」

「意中の殿方と、何かあったのですか?」


 タイムスリップでもしたかのような口調と単語に、ここはお嬢様学校な大学であることを改めて思い知らされる。特に中学から付属の学校に通い、エスカレーターで上がってきた子ほど浮世離れしている。私は高校から付属の女子校に通っていたので少しだけ影響は少ないが、それでも世間とはズレていることは自覚している。


「彼氏じゃないよ。……趣味の友達とちょっとあってね」

「ご趣味の友達ですか。どんなご縁でお会いしたのですか?」

「縁って、たいしたことないよ。たまたま、偶然」


 ハレさんと出会ったのは本当にたまたまだ。

 偶然隣の席になり、ペンライトを貸してもらった。私のペンライトがつかなかったら仲良くならなかっただろうし、その場で返していたらそれで終わった。

 すれ違って、勘違いしたから、今がある。


「何があったかは、話しづらいですか?」

「うーん、何といえばいいのかな。簡単にいえば嫉妬かな」

「嫉妬」


 私はあろうことか、唯奈さまに嫉妬した。

 秋葉原のリリイベでハレさんを見た唯奈さまは、私の計画通りにハレさんの可愛さを褒め称えた。でもそれだけでなく、大宮のリリイベで男っぽいジャージ姿で現れた人物と、目の前のハレさんが同じ人であることを見抜いた。


「私が気づかなかったのに、その人は気づいたんだ」


 私はハレさんが女の子であると気づかず、告白までしたのに、唯奈さまは最初からハレさんが女性であることを疑わなかった。

 男に見えたハレさんも、可愛くしたハレさんも、どっちも同じであるとわかっていたのだ。


「友達のことは、私の方がよくわかっているはずだったのに、違った」

「悔しい思いをしたんですね」


 その通りだ。悔しい。

 悔しかったんだ。

 

 私の好きなハレさんをすぐに虜にする。

 私との時間をたった数分のリリイベで、簡単に超えてしまう。

 

 ……わかっている。

 唯奈さまは特別で、天使さまだ。私だって唯奈さまのことが大好きで応援してきた。ライブに行った思い出はかけがえのないもので、嫉妬している今も色あせることはない。

 でも私は、

 

「友達の、1番になりたかったのかな」


 そう気づいた。

 唯奈さまを前にしたハレさんを見て、私は気づかされた。


 ――ハレさんの1番の人でありたかった。


 唯奈さまに敵うことはない。海の底と雲の上のまだ見ぬ天界ぐらい差がある。一生埋まることのない距離に、唯奈さまはいる。

 でも、それでも思わずにはいられなかった。


「ずるいなって思ったんだ」

 

 あろうことか、唯奈さまに嫌な気持ちをいだいた。

 そんな私が嫌だった。

 もちろんライブは行きたいし、歌声は聞きたい。

 でも聞く度に、その差に愕然とし、ハレさんの熱中っぷりに心が荒み、唯奈さまのことが本当に嫌いになっていくかもしれない。

 そんな私が隣にいたら、ハレさんも嫌な気持ちになっていくだろう。


「けどね、どうしようもできなくてね。距離を置くしかないのかなって思ったんだ」


 これからも私が隣にいることで、ハレさんに悪影響を与えてしまうかもしれない。ハレさんが唯奈さまの現場に行きづらくなることもありえる。

 それは駄目だ。絶対にダメ。

 ハレさんの好きを汚してはならない。


 なら、こうやって自然と『同志』を解消していくしかない。


「あずみさんはそれでいいんですか」

「仕方ないよ。偶然だったんだ。それが無くなるだけ。元通りだよ」


 そう言う私は今、どんな表情をしているのだろうか。

 また、一人のオタクに戻る。

 友達にオタク趣味を隠しながら、声優さんを陰ながら応援する日々に戻る。

 ……ライブには当分いけなくなるだろう。


「あずみさん……」


 ハレさんから連絡は来ている。

 でもメッセージを開いたら気持ちが揺れそうで、見ずに無視している。

 けど削除したり、ハレさんをブロックしたりすることができない自分がいることも事実だ。

 昨日も連絡が来ていた。

 きっとファンクラブ優先で販売開始になった、武道館のライブチケットの話だろう。

 武道館。

 その耽美な言葉に、心が惹かれる。


「ごめんなさい、暗い話ばかりして」


 わかっている。行きたいんだ。

 武道館に行きたい。唯奈さまの歌声に心を震わせたい。

 きっと最高の舞台が見られる。


 でも、もう駄目なんだ。

 ここで終わりにしよう。


 ハレさんをこれ以上好きになって傷つかないように、

 ハレさんの1番になれないことを嘆かないように、

 ハレさんと一緒に行ったライブを綺麗な思い出として保存するために、

 唯奈さまのことをこれからも応援できるように、

 

 彼女との『同志』関係は終了だ。


「そろそろ行こう。授業に遅れないようにしないとね」

「あずみさん、またちゃんと話を聞かせてくださいね」


 優しい励ましに目に力を入れないと泣きそうになる。


「……ありがとう。気持ちが落ち着いたら話すね」


 トレーを返し、食堂から廊下に出る。

 人がいつもより多い気がした。


「なんだか騒がしいですね」


 隣の友人が不思議そうに言う。

 混んでいるというよりは、賑やかな感じだ。

 一部で「きゃー」と黄色い声が聞こえる。


「有名人でも来たのかな?」

「たまに授業のゲストでお呼びすることもありますよね」


 憶測で、ざわめきを関係無いものと決めつける。

 気になるが、授業に遅れるのも良くないので避けていこうとした。


 「ごめん、先行かせて」と集団の奥から声が聞こえた。

 どこか懐かしくて、心を温かくする心地よい声。


「……あずみさん?」


 考えるよりも先に、足が止まった。

 周りよりも背の高い人が、人混みから抜け出てくる。


 その人と目が合い、「あっ」と気づいた表情になった。

 室内なのに、風が強く吹いた気がした。


「やっとみつけた、あずみちゃん」

 

 聞きたくなかった声が、私を安心させる。

 目の前に現れたハレさんが、嬉しそうに笑った。

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