第4ステージ コイは見間違い!?②

 そして、終わった。


「ハレ氏、落ち込みすぎでは?」


 言われなくても自覚している。階段も手すりがなかったら、きちんと降りられないぐらいにへこんでいる。


「何も喋れなくて、『お、おうぇんしてぇます……、頑張ってください』としか言えなかった」


 いざ唯奈さまを目の前にしたら、今までにないぐらいに緊張した。大学受験でも、音楽の時間に一人で歌う時でもここまで緊張しなかった。

 頭が真っ白になった。

 考えていた言葉も、高ぶる気持ちもすべて飛んで行った。

 それでも「何か言わないと!」と思い、出てきたのは無難な言葉だけだった。


「ふふふ、ハレ氏は駄目ですな。拙者は紙に言いたいことを書いてきて、それを朗読したんですよ」

「でも、それに集中しすぎてたよな」

「うっ、その通りでござる。紙を読むのに必死で、目の前の天使、唯奈さまを直視できなかったでござる」


 言いたいことは言えたが、言うことに夢中になりすぎた灰騎士。

 言いたいことも言えず、無難な事しか言えなかった俺。


 声優さんを目の前にしたら、普段は饒舌なオタク二人も普通ではいられなくなる。普通なオタクではいられるわけがない!

 これがリリイベ。なんて恐ろしいイベントなんだ……。


「でも、唯奈さまは本当に天使だったよな~」

「ですなー。拙者の長文朗読にも『私のことそんなに考えてくれたのね。たくさんの言葉嬉しいわ。これからも私のことをちゃんと見てね』と言ってくれたんでござる」

「天使じゃない、悪魔だ。そんなこと言われたら、唯奈さま以外応援できなくなる。ツアーも全通しなきゃ罪悪感にさいなまれる」

「呪いの言葉ですな。でも拙者はそのお言葉で明日からも生きていけるでござる」

「眩しいな、灰騎士」


 入口外からの直射日光が相まって、灰騎士が光輝いて見える。

 階段を降り終え、俺も気持ちが少し落ちついた。

 反省ばかりではない。

 俺だって唯奈さまと話せて嬉しいことがあったのだ。


「無難なことしか言えなかったけど、唯奈さまが話を広げてくれてさ」


 × × ×


「お、おうぇんしてぇます……、頑張ってください」

「うん、これからも頑張るわ。武道館には来てくれる?」

「はい、もちろん。絶対チケット当てます」

「最高の時間にするから期待してね。待ってるわ、絶対に来てね」

「行きます……!」

「はい、こちらサインです。大事にしてね、今日はありがとう~」

「た、宝物にします。こちらこそありがとうございました!」


 × × ×


 心のボイスレコーダーにやりとりはきちんと記録されている。忘れないように、あとで携帯にメモしないとな……。


「拙者の後に、そんな会話があったんですな。全然いいじゃないですか!」

「あぁ、思い返したら心が温かくなってきた。無難な気持ちしかいえなかったけど、唯奈さまの神対応に救われた」

「よかったですな」

「あぁ!」


 反省点もあるが、それ以上に唯奈さまを間近で拝めて、しかも話せて、サイン入りの写真も貰えるという至れり尽くせり。ライブとは違った、スペシャルな時間だった。


「けど、リリイベって声優さん側も大変だな」

「ですなー。今日は100人ぐらいだと思いますが、それでも全員と話して、サイン書くってかなりの労力ですぞ」

「だよなー、尊敬する」


 俺らが入口前で話している間に、どんどん人がお店の入口から出てくる。ほとんどがリリイベに参加した人だろう。

 通り過ぎる人は皆、明るい表情をしていた。

 どんなことを話したのだろうか。言いたいことは言えたのか、俺みたいに言えなかったのか。全部を見たわけではないのでわからず、想像するしかない。けど、オタクたちにとって良き思い出になったことは間違いない。

 ――唯奈さまと出会えた。

 やっぱり彼女はこの地上に降りたった、光をもたらす天使なのかもしれない。

 冗談でなく、本気でそう思う。秋葉原のリリイべでまた会えることが嬉しく、今から待ち遠しい。


「ハレ氏、そろそろ行きましょうか」

「そうだな。なんか食べてく?」

「いいですな。ここは大宮ナポリタンでもいきましょうか」

「大宮で、ナポリタン?」

「かつて鉄道の街として定番メニューだったらしいですぞ」

「ほう」

「大宮にある神社の鳥居の朱色や、大宮のサッカーチームのイメージカラーのオレンジ色にもかけられているんですと」

「さすが博識だな。よし、ナポリタンといこうか」


 そう駆け出そうとした瞬間、それは呪いの声であるかのような暗さと低さと、怨念が込められて聞こえてきたのだ。


「はーれーさーん……」


 思わず身体が震えた。

 それは、聞いたことある声だった。恐る恐る振り返ると、


「え、なんでここにあずみちゃんが!?」

「むっすー」


 そこには同志である女の子がいた。立川亜澄、あずみちゃん。彼女がお店の入口から出てきたところだった。

 彼女とは秋葉原のリリイベで会う予定だったので、ここで会う話などなかった。

 彼女が興奮気味に声を荒げる。


「それはこっちの台詞です!! なんでハレさんが大宮にいるんですか!?」

「唯奈様のリリイベに……」

「私もそうですよ!?」


 約束していなかったイベントで出会ってしまった。気まずい……。


「う、浮気ですか!?」

「そ、そっちこそ」

「私は単独参戦です」


 そういって、あずみちゃんが隣にいた灰騎士さんを見……いない。すでに距離をとって、親指をグッと立て「あとはごゆっくり!」と言いたげな笑顔を残し、去っていった。

 危機察知能力が高い。判断が早すぎるだろ!? 灰騎士さんにはまたあずみちゃんのことを勘違いされそうだ。あとできちんと謝らないとな……。


「SNSで大宮のリリイベに行くといったら、灰騎士さんも当たったとコメントくれて、じゃあ一緒にとなったんだ。あずみちゃんの約束とは別に、応募前に約束していたわけじゃない」

「……そうですか。そうですか!」


 説明するも怒り気味だ。黙っていったのが良くなかった。うーん、ちゃんと言うべきだった? 

 いや、彼女も同じだ。

 彼女だって、俺に黙ってここに来ていた。同罪だ。


「あずみちゃんはどうして秋葉原の前に大宮にきたの?」

「これは、事前練習です。ハレさんに先輩ぶりたかったんです」

「先輩ぶりたかったって……」

「余裕ある姿を見せたかったんです」


 考えていることが同じ過ぎて、びっくりしてしまう。どうしようもないな、俺もあずみちゃんも。

 慣れ、予習と思っていた俺と同じだ。


「ごめん、俺も同じ。初めてのリリイベだとド緊張すると思ったんだ。あずみちゃんと一緒に行く時にきちんと唯奈さまと話せるように、最高の時間にするために準備していた。黙っていて、悪かった」

「……私のため、ということですね」

「うーん、そういうことでいいよ」

「わかりました、許します……って私もそうですからね。けんか両成敗です」


 喧嘩したわけではないが、あずみちゃんが納得してくれた。

 無事、一件落着、


「で、ハレさん。その格好はいったい何なんですか!?」


 ……とはならない。

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