第1ステージ 出会いはすれ違い!?③

「ハレ氏でござるか?」


 白のライブTシャツを着た、黒縁メガネの男性がそこにはいた。


「もしかして灰騎士さん?」

「ふふ、拙者が灰騎士でござる」


 年齢は俺より少し上の20代中盤ぐらいといったところだろうか。SNSと口調が同じとは思わなかったが、予想していた通りの人物像だ。

 ……やっぱり違うよな。


「うん、どうしたんでござるか?」

「いえいえ、灰騎士さんイメージどおりでした! とりあえずライブまで時間あるんで、ご飯でも行きませんか」

「そういうと思って、美味しい場所を探してあるんですよ」

「本当ですか」

「最高のライブには最高の準備ですからな」


 ぐっと親指を立てる灰騎士さんは想像通りの友人だった。オタクで、俺と同じく唯奈さまのために全力になれる人。

 うん、そんななどなかったのだ。



 名古屋といえば味噌カツ! ということで、案内されたのは有名なとんかつ屋さんだった。俺も店の名前だけは聞いたことがあった。もちろん頼んだのは味噌カツだ。

 

「……うまいっすね」


 濃厚な味噌と、柔らかい豚肉の絶妙なハーモニーに口が喜ぶ。


「でしょ? 拙者が名古屋に来るときは絶対に寄るんですよ」


 常連になるのも納得の美味しさだ。普段はそこまで食べない自分もこれならご飯何杯でもいける。濃厚な味噌にキャベツがまたよく合い、箸がすすむ。

 そんな味噌カツの美味しさを堪能しながら、オタク話に花を咲かせる。

 もちろん話の中心は唯奈さまのことだ。


「セカンドライブも行ったんですね」

「ええ、もちろん。あの時アンコールでやったキャラソンの『ぴゅあぴゅあハニー』が最高でして」

「わかる、わかる! あの振り付けが最高なんすよね。バキューンと唯奈さまが撃つポーズは、マジでクラっときますね」

「振り付けといえば、こないだの幕張も最高でしたな。特にワルハピが圧倒的に優勝。ダンサーつきで、ここまで完成度高めちゃうの!? と驚きでしたぞ」

「だよな。あの曲はコールも合わさって、観客の、会場の一体感が半端ない」

「わかるー」

「な~」


 最初は丁寧な言葉で話していたものの、徐々に口調は崩れていった。気づくと、古くからの友人かと思うぐらいに打ち解け合っていた。1人参戦の多い俺にとって、こうやって話せる仲間、同志はありがたい。


「それでさ、夏の祭典のライブがさ」


 勇気を出すものだ。

 大好きな人を話題にして熱く語り合えるのは、こんなにも楽しい。



 × × ×

「皆、名古屋で何食べたー?」


 ステージ上で問いかける今日も天使の橘唯奈さまに、俺と隣の灰騎士は大声で答える。


「「味噌カツー」」


 他にも「ひつまぶし」、「きしめん」、「手羽先」など声が聞こえてきた。


「皆、名古屋を満喫しているわねー。私は天むすを食べたわよ。エネルギーは天までのぼるほど満タンね。じゃあじゃあ、次の曲いっちゃうわよー」


 音楽が鳴り始め、オタクたちから声があがる。


「あのポーズは?」

「あ、この立ち位置は?」

「このイントロは!? うおおお」


 隣の灰騎士さんが「うああああああああ」と叫び、崩れ落ちていた。

 俺も先に灰騎士さんがそうしていなかったら、同じことになっていたかもしれない。嫌でも高まる、特別な曲。この曲は唯奈さまのデビューシングルにして、最高傑作。いや、どれも最高傑作なわけだが。


「太陽まで飛べないと誰が言ったの♪ 嘘つきな奴はいらない♪」

「「いらなーい!」」


 手を掲げ、バッテンを作り、声を彼女へ届ける。

 ああ、これだ。この一体感だ。

 声を精一杯張り上げ、ペンライトを力強く振り、俺たちは楽しんだのであった。



 × × ×

 アンコールも2曲終わり、挨拶を終え、最後の曲も終わった。

 ステージ上の唯奈さまが俺に笑顔を向ける。


「今日はありがとう。愛してるよー」


 もちろん俺もだ、唯奈さま。世界で1番愛している。

 唯奈さまがマイクを口元からおろし、真ん中に立つ。

 マイクを通さない、唯奈様の生の声。


「本日はありがとう、ございましたーー」


 割れんばかりの拍手。会場からはありがとうの大合唱だ。

 やがて唯奈さまは名残惜しそうにしながらステージから去り、名古屋でのライブは終了した。

 天使が去った後も、興奮は収まらない。

 周りが帰り始める中やっと息が整い、そして隣の席の同志を見る。


「最高だったな」


 お互いに汗だくだった。でも暑さも気にならないほどの熱さだった。


「ええ、最高だったでござる」

「だよな」

「すごかった」

「うんうん、すごかった」

「すごい」

「まじですごい」


 感激しすぎて、語彙力の低下を感じる。まともな言葉が出てこない。

 けど『すごい』の三文字に全てが詰まっていると思う。そして、その気持ちを誰かと共有できたのが嬉しかった。

 灰騎士さんに向けて、拳を突き出す。

 彼も俺の意図に気づいたのか、拳を軽くぶつけ、健闘を讃え合う。歴史の教科書に残すべき、素晴らしい戦いだった。もちろん唯奈さまの大勝利、圧勝だ。早く出版社は急いで、全国の小学校に配布してくれ。



 × × × 

「パニパニパニックの時、目が合った」

「拙者もでござる。唯奈さまは拙者を見ていたんでござる」

「いや、あれは俺を見ていたから」

「違う、拙者でござる」

「いやいや、俺だって」

「いやいやいやいや、拙者ですって」


 笑い合って言い争っているが、傍から見ると醜い争いである。結局、二人のことを見ていたということで落ち着いた。右目は俺で、左目は灰騎士さん。それで納得する俺たちはどうなのだろうか。


「アンコールの衣装みた?」

「あのフワフワ感、芸術ですな。動く度に可愛すぎでしたぞ」

「衣装さんに感謝。唯奈さまの可能性を十二分に引き出してくれた」

「衣装が豊富なのも、唯奈さまのライブの醍醐味ですよな」

「本当、スタッフさんはわかっているよな~」

「照明も、演出も一流すぎでござる。本当わかり手」

「そうそう、照明も天才的でやばかったよな~」


 ライブが終わり、会場出口に向かうもいまだライブの興奮は収まらない。失った語彙力を徐々に取り戻し、感想は言葉となってどんどんあふれ出る。


「尊いって唯奈さまのためにある言葉でござるな」

「な。ただただ尊い」


 会場の出口に差し掛かり、風が強く吹いた。

 この会場を出てしまえば、非日常は終わってしまう。こんなに楽しかったライブが本当に終わりを迎えてしまうのだ。けど、それは仕方がないことで、この一抹の寂しさはまた唯奈さまに会うための次のステップだ。


「うぉっ!?」


 思わず声をあげる。

 急に、腕を掴まれ、動きを止められた。

 

「……見つけた」

「へ?」


 後ろから声がした。

 恐る恐る振り返る。

 そこには女の子がいた。

 ライブTシャツを着た女の子。背は自分より少し小さくて、外ハネのボブは前回より跳ねている気がした。

 覚えているのは、泣きそうだった顔。忘れはしない。

 掴んでいた腕を彼女が離す。

 

「と、隣の席だった……」

「やっと、会えた……!」


 向けられた笑顔は、ステージの上かと思うほど眩しかった。

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