第1ステージ 出会いはすれ違い!?②

 自分が悪いわけではない。相手がペンライトを返すのを忘れただけ。

 でも、善意を押し付けたのは俺だし、必死になって追いかけて来てくれた。電車から置いていかれた時の、彼女の今にも泣きだしそうな表情が忘れられない。

 

「はぁ……」


 家に着き、ため息をつくと5つ年上の兄に話しかけられた。


「今日ライブだったんだろ? 何で、ため息つくんだよ」

「色々あるんだよ、俺にも」


 社会人の兄も、学生の俺も実家暮らしである。一人暮らしをした方がオタクライフを満喫できるのだが、いかんせん金がない。金があるなら、唯奈さまを推すために消費する。

 一方でオタクでもない兄は社会に出て仕事をし、それなりに稼いでいる。はずなのだが、実家を出ていかない。彼女もいるリアルが充実している人のくせに、おうちが大好きな変わった人間だ。


「ため息ついちゃ、可愛い顔が台無しだぞ」

「か、可愛いとか言うな!」


 そう言って、兄は俺をよく揶揄ってくる。この俺のことを『可愛い』とか言うなんて、どうかしている。


「あんまり反抗すると今日の夕飯抜きだからな」

「あー、悪かったよ。ありがとう、お兄様!」


 満足気な表情な兄。両親とも共働きなので帰りは遅く、ホワイトな企業に勤める兄が、家族分の夕飯をつくることが多くなっている。俺も手伝えばいいが「片付けが大変になる!」と兄に注意されてからは、頼りっぱなしである。


「手洗って、準備してきなさいね~」

「声色変えるな。お前は俺のオカンかよ!」


 実際、兄のつくる料理は上手いし、お金をともかく必要としている俺にとって、無料でご飯が出てくるのは節約になり、大変ありがたい。

 「社会人になったらこの家から出ていく」と両親に宣言しているが、居心地のよい家であることは認めざるを得ない。


「今日は、ハレの大好物のハンバーグだからな」


 けど、俺をいつまでも子ども扱いしてくるのはやめてほしいものだ。……ハンバーグは美味しいけどさ。



 × × × 

 お腹も満たされた俺は、部屋に戻り、ベッドにダイブする。

 食事前に充電したブルートゥースイヤホンを装着し、今日のライブの振り返りタイムだ。SNSでセトリを探し、自身の携帯で今日の再現を用意する。ライブの感想や関係者の写真、コメントをSNSで見ながら、余韻に浸る。


 『今までで1番のライブ』、『初めて来たけど、すっかりファンになった』、『早く次のライブ来て!』、『MCまで可愛すぎる』、『お水になりたい』、『アンコールの衣装がマジ天使』、『唯奈さま最高なのはもちろん、生演奏よいね!』


 流れてくる情報の中でぼんやりと思いを馳せる。

 楽しかった。最高に盛り上がったんだ。


 けど、一つのことが心に引っかかったままだ。


 ペンライトを貸した人が返そうと追っかけてくれたのに、俺は受け取れず、悪いことをしてしまった。

 ……SNSに今日の出来事を書くことも考えた。

 友人が俺のつぶやきを広めてくれれば、あの女の子の元に届くかもしれない。悲しんだ顔も少しは明るくなるかもしれない。

 けど、それでどうする? 「コメントが届いた、良かったー、じゃあね」で、終わりとなるのか? 女の子とSNS上で繋がりたい? そういう気持ちは一切ない!……とは否定できない。

 かわいい子だった。友達になれたら嬉しいだろう。大好きな唯奈さまのことを一緒に話せたら楽しいだろう。

 しかし、それは俺の妄想で、そんなことは起きない。

 俺は唯奈さまを見に、ライブに行っているんだ。ライブの感想、気持ちの共有はこうやってSNS上でできればいいんだ。


灰騎士『唯奈さま堪能しました。肺に幸せがいっぱい詰まってますぞ。最高のライブでしたな』


 顔も知らない友のコメントを見てニヤつく。


「ああ、本当に最高だった」


 そうだ、これでいい。リアルで繋がる必要はない。余計なしがらみになるだけだ。気軽に、浅く、でも気持ちの面では深く分かり合えていればいい。

 よし、自分もライブの感想をコメントしよう!

 そう思って入力しようとした時、手が止まった。


灰騎士『そうそう、今日ペンライトが電池切れしてしまったんでござるが、隣の同志が予備を貸してくれて嬉しかったでござる。唯奈さま好きはいい人ばかり!』


 隣の人が、ペンライトを貸してくれた……?

 ま、まさかな。

 「唯奈様と同じ空気を吸いたい、酸素になりたい」とか普段から言っている人が、女の子のわけないよな? 

 偶然にも出来すぎている。

 ネット友達が、今日のライブの隣の女の子だったなんて。そんな偶然、アニメでもご都合主義すぎてありえない。

 ベッドから身体を起こすと、個人宛のメッセージが届いた。


灰騎士『ハレ氏、名古屋のチケット抽選外れたって言っていましたよな? 一緒に行く友人が行けなくなって、もしよかったら拙者と行きませぬか?』


 ……そんな偶然ってないよな?


 

 × × ×

 東京から新幹線に乗れば、名古屋はあっという間だ。

 幕張のライブから2週間後、俺は名古屋の地に降りたった。

 ネット友達と会うのは少し勇気のいる行動だったが、落選したライブに行きたい、唯奈さまに会いたい欲望が勝った。リアルで繋がりたくないとは言ったが、チケットを譲って貰えるなら話は別だ。

 日ごろからいざという時のために『唯奈さま専用通帳』に予備のお金があるので、急な新幹線代も問題ない。

 それに確かめたかったのだ。

 そんな偶然は、運命はありえないと。


 今日の格好は黒のキャップを被り、ジーパンに、黒のライブTシャツなスタイル。全体的に黒い。あの子に会うわけじゃない、別に畏まった格好する必要はないだろ?

 待ち合わせ場所は灰騎士さんの指定で、名古屋駅のお土産コーナー前になった。

 普段、人と待ち合わせなどしないから、こういうのは慣れない。

 それにネットで1年近く交流があるとはいえ、顔も知らない相手だ。ドキドキするなっていう方が難しい注文だ。

 待ち合わせ時間まであと10分。

 携帯電話を持ちながらそわそわしていると、声をかけられた。

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