二枚目 『契り』

 えっ、何これどういう事?

 俺が知らないってだけで、実は二十を超えていたのか? 大人の階段を上っていたのか?

 って、んな訳あるか!

 どうやらあまりの衝撃に頭が混乱してしまったらしい。

 落ち着くんだ俺、そして一旦冷静になれ。

 確かに以前、何度かギルドで撮影会を開いた覚えはある。

 だがそれは、借金完済日や大物賞金首を討伐した日とか等の、どれも俺が十六の時に開催したものだ。

 当たり前だが、俺はこんな写真を撮られた覚えはないし、そもそも自分が成長した写真なんか撮れるはずもない。

 だがそれ以上に看過出来ない部分が一点。

 アクアが浮かべている、この満面の笑みは何だ。

 底抜けに優しくて見てるこっちまで幸せになりそうな、まるで慈愛に満ちた女神ではないか。

 しかもアクアの視線の先に写ってるこの……。


 ……やっべ、急に気分が悪くなってきた。


 あまりの気持ち悪さにソファーに手を付き、峠が過ぎるのをゆっくりと待つ。

 たっぷり一分ほど安静にしてどうにか持ち直した俺は、細心の注意を払いつつもう一度写真を精査していった。

 ……うん、これはどう考えても今後、俺達が達するであろう姿を写したものだ。

 アクアやウィズは今と姿形が変わってないけど、それ以外の人はだいぶ様変わりしているし、ギルドの内装にも若干の変化があるしな。

 ま、まあ百歩譲って、この際未来の写真がある事には目を瞑ろう。

 だが、問題なのは……。


「――アクアの奴、こんなのどうやって手に入れたんだ?」


 いくら考えた所で入手ルートなど見当がつく筈もなく、俺が写真を片手に一人でにらめっこしていると。

「ふぁー、おはよー。ねえカズマ、朝ご飯ちょうだーい」

 大欠伸をしながら自分勝手な事を言うのは、今の今まで眠っていたらしい正真正銘の駄女神様。

「あれ、めぐみんとダクネスがいないわね。もしかしてまだ寝てるのかしら? まったく、私を見習ってもっと早起きすればいいのに。ちょっとカズマ、そんなとこで考える人のマネなんかしてないで、さっさとご飯の準備してよ。早くしてくれないとお腹と背中がくっついちゃうんですけどー。私と言う尊い存在が萎れちゃうんですけどー」

 椅子に腰かけて足をぶらぶらさせながら、そんな舐めた事をぬかすアクアに俺はゆらっと近付いた。

「カズマ? なんか雰囲気が怖いんですけど。朝から不機嫌だと一日が台無しになっちゃうわよ。……あ、あのカズマさん、どうして無言のまま私に近付いてくるの⁉ 私は今起きてきたところだから、今日はまだ何もやってないはずなんですけど。ご、ごめんなさい、何があったか知らないけれど取りあえず謝っておくわ、だからあんまり痛い事は……」

「これってどういう事か説明してもらおうか?」

 頭を抱えて椅子の上で丸くなるアクアに、手元にある物をバッと突き付けた。

 すると、まるで浮気の証拠写真を前にした嫁みたく顔面蒼白になったアクアは、次の瞬間には眼にも止まらぬ速さで写真を奪い取り。

 壁にぶつかるまで後ずさったアクアは、写真を胸に抱きしめてその場に崩れ落ちてしまった。

「お、おいアクア、急にどうし」

「……のまま忘れて」

 …………?

「なんだって?」

「……この事は誰にも言わないで、そのまま忘れて」

 ジワリと涙を滲ませながら、アクアが蚊が鳴くような声で頼んできた。

「いや、忘れろって言われても。そんだけ衝撃的なヤツを忘れられる訳が」

「お願いっ!」

 どうも様子がおかしいので普段通りに接しようとしたら、アクアは鋭い叫びをあげ、


「……お願いだから…………カズマ達には絶対に迷惑かけないから。……これ以上踏み込んでこないで……。私は、このままの皆と一緒に暮らしたい…………ただそれだけなの…………お願いよ……」


 ……こいつの身に一体何があった。

 ここまで率直に懇願された事など今まであっただろうか。

 潤んだ目でこちらを黙って見続けるアクアの視線に耐えられず、俺は困惑気味に視線を逸らし。

 頭を掻いて悩んだ末に、一つ溜息を吐いた。

「はあー、分かった。めぐみんやダクネスには黙っといてやるよ。そんで俺達はこれからも今まで通りに過ごす、これでいいだろ?」

「……ほんと? 本当に今まで通りに接してくれるの?」

「面倒臭い奴だな、お前がそれを望んだんだろうが! ああ、約束する。これ以上この件についてはお前に詮索をかけないし、二人には絶対にバラさない。俺の言葉が信じられないってんなら、今からでもあの嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具を借りて来ようか?」

 そう言って俺はアクアに手を差し伸べた。

 その手をじっと凝視していたアクアは、初めこそ猜疑的な態度を見せたが。

 最終的には信じたらしく指で涙を拭い、いつも通りの挑発的な笑みを浮かべたアクアは、俺の手を取り立ち上がろうとして、

「傷心な女の子に手を差し伸べるなんて紳士的な行動、カズマには全く似合わないわね。どうせこの機に乗じて、サラッと私の手の感触を堪能しようって魂胆なんでしょうけグフェッ⁉」

 腹が立ったので途中で手を放してやった。

「っ痛ー! 何してくれんのよ、暴力男! 鼻から床にぶつかってすっごく痛かったんですけどっ‼」

 後ろから不平を投げかけてくるアクアをそのままに俺は台所に入り。

「ほらっ、ぐちぐち文句言ってないでサッサと飯を食え。あと、ソファー周りの掃除は大体してやったからゴミ出しぐらい自分でやれよ」

 取って来てやった朝食を机に並べた俺に、しかし恩知らずのアクアは、

「はあ? 何言ってんのよ。それは昨日の晩、カズマが自分でやるって言ったんだから私はやらないわよ。カズマは自分の言い出した事も守れないんですか? そんなだから何かやらかした時、ギルドの皆に庇ってもらえないのよ」

「そそ、そんな事ねえしっ! こ、これでも俺は周りの連中から、いざって時に活躍するカズマさんって頼りにされてんだぞ!」

「それはたぶん、カズマはちょっと煽てればすぐ奢ってくれるカモだって、ギルド中に広まってるからだと思うわ」

「あいつら、最近よく話しかけてくると思ったらそんな風に思ってたのかっ! 今度会った時は覚えてろよっ‼」

 散々奢らされた連中にどんな嫌がらせをしてやろうかと息巻き、拳を握っている俺を気に掛けもせず。

 アクアは鼻歌を歌いながら朝食と言う名の昼食を幸せそうに頬張り始めていた。

 ……すっかり元通りだな。

 そんなアクアの姿に少しほっとした自分に苦笑しつつ、俺は片付けの続きを再開させた。



「――て事があったんだよ」

「貴様はそんなくだらん観察記録を聞かせる為だけに、わざわざ吾輩達の店まで来たのか?」


 アクアがゼル帝の世話をしに行ったタイミングで屋敷を出た俺はウィズの店を訪れ。

 先ほど何が起こったのかをバニルに愚痴っていた。

「ちょむすけの成長記録ならともかく、そんな誰の得にもならない事をするほど俺も暇じゃないっての。ちゃんと別の用事があるんだよ」

「ここ最近は、かの魔獣以下の価値しかない女に絡む他にやる事がなく、日がな一日自室で寛いでいる貴様が暇でないと言うならば誰を暇と指すのか」

「ダストとかがいるだろ」

 当たり前のように即答した俺に、戸棚に置かれた商品をせっせと手元の箱に移していたバニルが、鬱陶しそうにシッシッと手を払った。

「とにかく、時間を浪費するのに魂を燃やす貴様と違い吾輩は忙しいのだ。ウチの自動借金製造機がまたしてもやらかした、これらのガラクタを早急に返品しに行かねばならんのでな、サッサと要件を言うがいい‼」

「何を言い出すんですか、バニルさん! それは昨日私が仕入れて来た、半径十メートル以内の物体と場所を交換出来る宝玉じゃないですか! とても有用な魔道具なのにどうして返品するんです⁉」

「使い捨てな上に使用直後、爆発と共に半径二十メートル以内にいる者から、直近の記憶を消し去るこれのどこが有用なのだっ!」

 性能自体はすごいけど、また絶妙に使えなさそうな魔道具を買って来たもんだな。

「ま、まあウィズの魔道具は置いとくとして、ちょっと見通してもらいたい事があるんだよ。さっきチョロッと話したけど、アクアが持ってる写真の出所が不明でな。それを突き止めて欲しいんだよ」

「あれっ? ですがカズマさんはさっき、その件についてはもう干渉しないと言ってませんでしたか?」

「アクアに直接聞くのはしないって言っただけで、独自で調査をしないとは言ってない」

「あ、あの、それって詐欺なんじゃ……」

 おっと、ウィズがクズ男を見る目をしてますね。

 別に騙したつもりは微塵もないのだが。

 と、バニルが顎に手を添え訝し気な顔をした。

「しかし、口先だけは達者な貴様が、またどうして自ら首を突っ込もうとしているのだ? 普段、厄介事を敬遠する小市民代表のような汝からはとても想像出来んな」

「間違っちゃいないが言い方に悪意を感じるな! 今までの経験則から言って、アクアが何か隠し事をしてるって時は大概、俺にまで被害が及ぶんだ。しかも、最悪のタイミングで最大級に面倒臭い形でな。だったら芽が小さいうちに、摘めるもんは摘んでおこうって思っただけだ」

 それ以外の理由は一切ない、ああないとも。

 ウィズに出してもらった紅茶を呑もうと俺はカップに口をつけ……、

「一見薄情そうな態度を取ってますけど、本当は単にアクア様の事が心配なんですよね、カズマさん!」

「ブファッ! ちち違うからッ‼ 自分の身可愛さで調べてるだけだから!」

「大丈夫ですよカズマさん、ちゃんと分かってますから。安心してください、この事は誰にも言いませんし、私も出来る限りのお手伝いはしますので」

 分かってないちっとも分かってない。

 ウィズのヤツ、盛大に間違った解釈をしているぞ。

 カウンターの向こうでニコニコと微笑むウィズの誤りを正すべく、俺は慌てて口を開こうと……。

「話が脱線するので暫く黙っているがいい、恋愛脳店主よ! さて、そこそこ美味なる悪感情を放ってくれた貴様には礼を言うが、依頼は請けんぞ」

「はあ? 何でだよ、相談料ぐらいはちゃんと払うぞ」

「何でも何も、何故悪魔である吾輩が発光女神の問題解決に力を貸さねばならんのだ。あの周囲にトラブルを巻き散らかす害悪女が苛まれようと吾輩の知った事ではない。寧ろそのまま悪意に晒されて野垂れ死にすればよい!」

 恋愛脳店主呼ばわりされたウィズの憤りなど歯牙にもかけず、バニルは吃然とした態度を取ってきた。

「バニルさん! 女神であるアクア様と険悪な仲なのは仕方がありませんが、困っている時ぐらいは助けてあげてもいいじゃないですか!」

「それを言うならば、常日頃からどこぞの能無し店主のせいで稼ぎをパーにされ終始金繰りに困っている吾輩を助けると思って、汝は十年ほど店を留守にしてくれれば良いのだがなっ!」

 痛いところを突かれたらしいウィズが、若干弱気になりつつも、

「そっ、それはいつも申し訳ないと思っていますが……私なりに頑張っては……」

「頑張ればどれだけ失敗しても許される、まずはその甘ったれた幻想を捨て去れ! この世は結果が全てなのだ。汝がゴブリンやあの頭の弱いプリースト並みの知能でないと言い張るのならば、そろそろ吾輩に経営権を譲渡するがいい‼」

「い、嫌ですよ! ここは私のお店で、店主は私なんです。そこだけは絶対に譲りませんからっ!」

「バニルまで話を脱線させんなよっ!」

 このままではいつまで経っても話を聞いてもらえそうにないので、俺は二人の間に入って喧嘩を中断させた。

「お前がアクアの手助けになりそうな事をしたくないのは分からんでもないが、これは仕事の依頼だ。悪魔じゃなくて相談屋としてのお前に頼んでるんだから私情を挟むなよ。どうせ今月も赤字なんだろ、相談料にちょっと色付けてやるからさ」

「吾輩の相談屋は民営なので私情が入っても何ら問題はないのだが……。はあー、よかろう。気は進まぬが、金を落としてくれる限りお客様であるのに変わりはない。して、現物は持参しているのか?」

 渋々と言った感じではあるが、バニルがようやく俺と対面する形で椅子に腰かけた。

「いや、写真はアクアが持ってるから俺の手元にはない。というか、お前だったらそんなのなくても分かるんじゃないのか?」

「通常ならばそれで事足りるのであるがな、あの忌々しい女神の所持品であるだけに我が力が行使しにくいのだ。だが、持っていないのならば仕方あるまい。小僧、対象の画に写されていた物事の詳細を聞こうか」

「わ、私も少し興味があります……」

 そう言って控えめに手を挙げるウィズ。

 建前ではあまり周囲に広めないとアクアに言った手前、無暗やたらと人には言いたくないんだけどな。

 まあ、ウィズなら口も堅そうだしいっか。

「念の為に言っとくが、めぐみんやダクネスを含めて、他の連中には秘密にしておいてくれよ。それで写真に写ってたのは――」

 そこから俺は覚えている限りの情報を二人に語った。

 話している最中、ウィズがかなり驚いた反応を見せたのとは対照的にバニルは終始真顔で聞き続け。

「――てな感じの写真だったんだ。これってどういう事なんだと思う? ウィズもなんか思い付く事があったら教えて欲しい」

 言い尽したところで、俺は改めて二人の様子を窺った。

 バニルの隣で聞いていたウィズも、一緒になって考えてくれていたらしく、

「そうですね。未来の出来事は予測するのでさえとても大変なのに、それを映像に起こすなんて相当な困難が強いられます。可能性の一つとして、何かしらの魔道具の使用が考えられますが。仮に未来の映像を写し出すカメラ的な物があったとしても、それはもう神器級と言っても過言ではありませんね」

 だよな。科学が発達した日本ですら、そんな超常的なマネが出来るのは二足歩行タヌキ型ロボットぐらいのものだ。

 例え魔法がある世界と言えど、生半可な努力では実現不可能な代物だろう。

 て事はあれか。

 持ち主は他ならぬアクアだし、神様っぽい力の関与を考慮しないとダメなのか?

「おいバニル、さっきから黙ってないでお前もなんか話せよ。こういうのはお前の得意分野だろ?」

 普段飄々としているこいつにしては、珍しく黙り込んでいるが一体どうしたのだろうか。

 俺とウィズの視線が集まる中、バニルはゆっくりと口を開き。


「小僧には悪いが、それには答えられん」


 そんな事をバニルはきっぱりと言いき……。

「……今なんて?」

「汝の相談には乗れんと言ったのだ。……まったく、何処まで吾輩の手を患わせたら気が済むのだ、あの貧乏神はッ‼」

 どうやら聞き間違いではなかったらしい。

 後半は声が小さくてよく聞き取れなかったが、話し振りからしてアクアへの悪口か何かだろう。

「はあああっ⁉ ここまで話させといて一体どういう了見だよ? ……っ! あれか、出所が分からなかったけど、普段から全てを見通すって自称してるから、素直に自分の過失を認めるのが癪なんだな。だからそんなあやふやな言い方で誤魔化そうってんだな!」

「そうなんですか、バニルさん⁉ いくらなんでもそれはあんまりです。お金も頂いているのですから、ちゃんと請け負った仕事には真摯に応えないと今後の信用問題に関わりますよ!」

 どうやらウィズは俺に加勢してくれるらしい。

 だが、当のバニルは今の言葉にイラッとしたのか、スッと手を前に出し。

「たわけっ! 無力な汝らと違い、あの傍迷惑女がどうやってあれを入手したかは知っておる。だが、この件に関して吾輩が話せる事は何もない。当然この相談料はそっくり返す。これで貴様の用は済んだであろう、とっとと屋敷に帰って夢の世界にでも旅立つが良い」

 話は終わりだと言わんばかりに椅子から立ち上がり、店の奥へ入り込もうとするバニルに俺は慌てて制止を掛けた。

「ちょ、ちょっと待てよ! お前あの写真が何なのか分かったんだろ、なのに何で話せないんだ⁉ 仮にそれがアクアの弱みなんだとしたら、思いっきりバラしまくった方がお前にも徳があるじゃねえか!」

「カズマさん、冗談でもそんな事は言う物ではありませんよ。でもどうしたんですかバニルさん? こんなやり方、いつものあなたらしくないじゃないですか? 一体、アクア様の写真には何が隠されているんですか?」

 俺達の呼びかけに足を止めたバニルは、クルッとこちらに振り返り。

「ええいっ、やっかましいわ! 件の光画は何の魔力的効果も有しておらん唯の記念写真でしかない。あの女神がそれを今後も所有し続けようと汝らには何の影響も起こらんから安心するが良い! これ以上は守秘義務がある故何も言えん。……詫びと言っては何だが、この魔道具を進呈してやるので諦めて帰れ」

「っと! いきなり投げてくんなよ、危ないだろうが! てかこの宝玉、使ったら爆発と共に記憶が無くなるって不良品だろ、何が詫びの品だ馬鹿にすんなっ!」

「そう怒るでない、見通す悪魔が予言しよう。汝はそれを持っている事を近い将来、深く感謝する時が来るであろう!」

 好き勝手に言い残したバニルはそれ以上何も言わず、店の奥に引っ込んでしまった。

 バニルの態度には違和感を覚えたが、これ以上粘っても収穫はなさそうだ。

 釈然としないものの、俺はひとまず作戦を練り直そうと店を後にした。



 夕方頃に屋敷に帰ったら、そこには来客があった。

「あっ、助手君お帰り! お邪魔してるよー」

「クリスじゃないか、ダクネスに用事でもあったのか?」

「うーん、ダクネスにと言うよりもキミ達にって言った方が良いのかな? ちょっと頼みたい事があったから、キミが帰るまで待たせてもらってたんだ」

 めぐみんとダクネスはもう帰ってるのか。

 机の上から察するに、俺が帰るまで四人で茶会をしていたのが伺える。

 大方、クリスが来た事でテンション上がったアクアがおっぱじめたんだろうが。

「クリスが頼み事って嫌な予感しかしないな」

「し、失礼なっ! キミに警戒されるぐらい無茶なお願いは今までしてこなかったと思うんだけど⁉」

 盗みの片棒担がせておいて何を言ってるんだ。

「まあまあ、取り敢えず話だけでも聞いてやってくれないか? クリスは放っておいたら、全部自分で背負い込もうとしてしまう癖があるから目が離せないんだ」

「ダクネスってばあたしをそんな風に思ってたの⁉ 心配しなくても自己管理ぐらいちゃんとやってるよ。今日だって、こうして皆に助けを求めてるじゃないか」

「それも私が街中で、へとへとに疲れたお前を見つけて声を掛けたからだろ」

 言い訳を一瞬で覆され決まり悪そうにするクリス。

 そんな空気を打ち破ろうとしてか、クリスは手元にあった紅茶をグイッと一息で飲み干し。

「そ、それじゃあ皆揃った事だし、早速本題に入らせてもらうね! 実は最近、アクセル近郊で新しくダンジョンが発見されたらしくてね――」


 古い文献によれば。そのダンジョンは元々、その地に生息した巨大モンスターの巣だったのだが。

 国から懸賞金を掛けられる程の凄腕盗賊団が、そのモンスターを討伐し自分達の隠れ家へと改造したのだとか。

 そんな盗賊団をひっ捕らえようと国は総力を挙げて検挙し、あと一歩まで追い込む事に成功した。

 しかし捕縛目前になって突如、不幸にもその地に地殻変動が発生する。

 その結果、盗賊団は宝を持ったまま、ダンジョン諸共生き埋めになってしまったらしい。

 そして採掘は非常に困難だとされ捜査は打切り。

 この事件は迷宮入りを果たしたのだった。


 そんなダンジョンが最近になって発掘され、冒険者ギルドは急遽、遺跡の調査クエストを発注。

 現在、数組の冒険者達がそれを請け負い攻略に挑戦しているのだが――


「元々モンスターの巣に手を加えたものだから、道も舗装されてないし入り組み方がとんでもなく複雑でさ。おまけに通路や部屋のあちこちに大量の罠が仕掛けられてるし、モンスター達も住み込んでるしですごく危険なんだよ」

 そいつらはなんでわざわざそんな危険な場所に隠れ家を作るんだよ、とか。

 モンスターを倒して住処を奪えるぐらい強いなら、盗賊なんかやめて普通に冒険者になれよ、とか。

 俺が何処からツッコもうかと悩んでいる間にも話は進んで行き、

「そんな訳であたしも何回か潜ってみたんだけど、やっぱり一人だとどうしても限界があってね。そこで、友達であるキミ達に応援を求めに来たって訳さ!」

 なるほど、クリスがここに来た理由は分かった、分かったが……。

「でもそれでしたら、私達に頼むよりももっといいパーティーがいくらでもあると思いますよ? ダンジョン探索でしたら私達はあまり役に立てませんから」

 めぐみんの言う通り、お世辞にも俺のパーティーはダンジョン探索には向いていない。

 俺にしても、いくつか探索に役立ちそうなスキルは持ってるけど、ほとんどクリスに教わったものだから役割がかぶってしまう。

 そんな事、クリスだって分かってそうなものだが。

「そ、それはそうなんだけど……、他の人達にはちょっと頼めないって言うか、聞き入れてもらえないだろうって言うか……」

「……クリスはどうしてそのクエストを受けたんだ? 単に一攫千金が狙いという訳ではなさそうだな」

 ダクネスの言葉に、頬の傷をポリポリと掻いていたクリスがぴたりと動きを止めた。

 付き合いが長いだけあって、微妙な仕草や言い方からクリスの真意が別にあると見抜いたらしい。

 そんなクリスに俺達はなんとなく注目し。

「あっ、あははは! やっぱりダクネスは誤魔化せないか。いや、黙ってるつもりもなかったんだけど。あたしの狙いは盗賊団が盗んだって言われるお宝、その中の一つだけ。逆に言えば、他のお宝は別にいらないんだけど、これだけは絶対に手に入れたいんだよ」

「クリスがそこまで欲しがるなんて珍しいわね。そんなに高価なお宝なの?」

 お宝と言う言葉に興味を引かれたらしい欲に塗れたアクアは、いつの間にか最後の一枚になっていたクッキーに手を伸ばした。

 さっきから黙ってると思ったら、コイツあれだけあった菓子を全部食ったのかよ。

「珍しい物なので、売却すればかなりの値段にはなると思いますけど。それ以上に世に出回ると悪い影響が出るかもしれないんですよ」

「世の中に悪影響って穏やかじゃないな、それってどんな代物なんだよ? 持ってるだけで特定の人を呪える石とか、そんな感じか?」

「そこまで直接的じゃないよ。あっ、でも間接的には同等の効果があるかも」

 マジですか、冗談のつもりだったのに掠ってんのかよ。

 思わず顔を顰める俺に苦笑を浮かべたクリスは、コホンと咳ばらいをし。


「あたしが探してるのは、『真理の巻物』って言うお宝なんだ」


 なんだそりゃ、名前からして持ってたら知能が上がる巻物か何かか。

 キョトンとする俺達の中で、しかし一人だけその名前に聞き覚えがある奴がいた。

「まっ、待て! 『真理の巻物』だとっ⁉」

「ダクネス、子供じゃないんですから急に大声を上げないでください。この子が怖がっています。今の反応からして、クリスの言う巻物に心当たりでもあるのですか?」

 ガタッと椅子から立ち上がり驚愕に震えるダクネスに、めぐみんが膝の上にいるちょむすけを宥めながら呆れ顔になって苦言を呈した。

「あ、ああ、急にすまなかった。その巻物は元々隣国の国宝でな、使い方次第では相手国の弱みを簡単に握る事が出来る強力な魔道具なんだ」

「ちょっ⁉ それは洒落になってませんよ! そんな物が世に出回ったら、魔王どころの話ではなくなります。もれなく世界大戦じゃないですか!」

「言ってる傍からめぐみんが騒いでるじゃない」

 あまりの衝撃にめぐみんが突如立ち上がったせいで、哀れな愛玩動物は床へと落下してしまった。

 か、可哀想に。

 しかし、さっきまでは単なる調査クエストの話だったはずなのに、何処を間違えてこんな大事になったのだろうか。

「それは早急にかつ秘密裏に回収しなければならないな。ああっ、だが私には領主代行の後始末が……っ!」

「いいって、ダクネスにはやらないといけない事があるんだから無理しないで。あたしの方で上手くやっとくからさ! それで……」

 クリスが横目に俺達の様子を窺ってきた。

「ふっふっふ、どうやら世界は我に僅かな安息の刻すら与えてくれないようですね。いいでしょう! 我を差し置き世界を脅かす魔道具如き、我が爆裂魔法で粉砕してくれましょう!」

「で、出来ればそれは最終手段って事にしてくれると助かるかなー。後、一度見つかっちゃった以上、ダンジョンを封鎖しても意味が無いからダンジョンに向けては打たないでね」

 めぐみんの行動を先回りしたクリスが予め釘を刺す。

「そうですか? ですがそれだと私は荷物持ちぐらいしか出来ません、それでもいいのでしたら手を貸しますよ。それにしても、どうして今更になってそんなダンジョンが発見されたんでしょう? もし意図的に採掘したとかでしたら、その人に文句の一つでも言いたいですね」

 何気なく漏らしためぐみんの疑問に、

「ギルドのお姉さんの話だと、ダンジョンの入口がある場所には元々、小高い山があったはずなんだって。だけどそれがある日突然、魔法か何かで吹き飛ばされたみたいで、土の下で眠っていた入口が浮き彫りになったそうだよ」

 思い出したかのようにクリスがそんな情報を……。

 あれ?

「な、なあ、因みにそのダンジョンってどこにあるんだ?」

 めぐみんが挙動不審になってるのを視界の端に捉えながら、俺は恐る恐るクリスに聞いた。

「そんなに遠くないよ。ここからなら歩いて一時間ってところかな。ほら、アクセルの北に大きな岩がゴロゴロ転がってる平原があるでしょ? あそこの近場だよ」

「そこってめぐみんがよく爆れ」

「アクアーッ! ちょっと黙っててもらってもいいですか⁉」

「むぐっ⁉ ひひなりふぁひぃふんのひょー!」

 予想的中だ。

 ついこの間、めぐみんが岩に打つのは飽きたとか駄々をこねたので、人の気配がしなかった山に向かって撃たせたのだが。

 まさかあれの下にそんな物が眠ってたなんて。

「どうしたのキミ、急に頭なんか抱えちゃって。もしかして体調悪いの?」

 や、やめろ、そんな純真な目で俺を心配しないでくれ。

 ただでさえエリス様には迷惑を掛けてるってのに、これ以上余計な手間をかけさせるとか流石の俺でも心が痛い。

「だ、大丈夫だ、何でもない! それより事情は分かった。他ならぬお頭の頼みだし、俺で良ければ喜んで手伝うよ!」

「おかしいわ、自分の利益にならない事は死んでもしたがらないカズマさんがこんなあっさり引き受けるだなんて。あんた、何企んでるのよ?」

「なな、何も企んでねえし⁉ ほ、ほら、クリスにはいつも世話になってるだろ? だからこんな時ぐらいは恩を返しといてもいいかなって!」

 クソ、アクアのヤツ疑わしそうな目付きしやがって。

 何でこういう時だけ鋭いんだよ。

「? 本当に大丈夫、すっごい冷や汗が出てるし顔も白くなってるよ? 手伝ってくれるのは有難いんだけど、まずキミは体調を治した方が……」

「いやほんと、本当に大丈夫だから心配してくれてありがとう。そ、それでダンジョンに潜るんだからめぐみんとダクネスは無理として、アクアは」

「いやああああっ! ダンジョンは絶対に嫌! 私は忘れてないわよ、あの暗く冷たい上に誰もいない狭い空間に一人で置いて行かれた時の恐怖を!」

 こいつ、まだトラウマを払拭してなかったんだな。


 こうしてなし崩し的にではあるが、俺はクリスの申し出を受ける事を決意したのだった。

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