第47話 束の間の2人きり

 潮風の匂いが鼻孔を擽る。


 目の前に聳え立つのは、白い『野島埼灯台』。

 その先には紺碧の海が果てしなく広がっている。



「やっと着いたばい!」

「でも、観光客しかいそうにありませんね」

「そうだよな……」



 ちらほら歩いているのは、カメラを持った人や老夫婦などの観光客。地元住民がいそうには思えない。



「なめろう、近くに住んでるってことは、住宅街の表札を手あたり次第に探せば見つかりますよね?」

「ま、まぁ、そうかもしれない」

「少し歩けば住宅街があります。日が落ちる前に、手分けして探しましょう」



 美葉はそういうと、スマホを取りだして皆の前に提示した。



「これが周辺地図です。これをこうやって4等分にして、各区画を探しましょう。①がなめろう、②が桐井さん、③が舞音子、④が私。そして日が落ちる前の18時、遅くとも18時30分にはこの場所に戻ってきてください。いいですか?」

「は~い!」

「わかりました。あの、私は皆さんの連絡先を存じていないので、ご教示いただけますか?」

「は~い!」



 その後俺たちは心愛と連絡先を交換し、それぞれの担当区画に散らばった。

 

 俺の担当は灯台から1番遠い場所。ただでさえ4時間の移動で疲労が蓄積しているため、もう既に足が棒だ。


 それでも、花栗とゆるるに会いたい一心で(そしてみんなに迷惑をかけた責任感で)、一軒一軒しらみつぶしに回って表札を確認した。


 幸い一軒家ばかりなので確認すること自体は難しくないが、たまにすれ違う親子連れや女子高生からは不審な目で見られたので、その時はそそくさとその場を離れた。こういう時、男は不便だ。


 それから1時間、2時間と時がたち、あっという間に18時前になった。

 しかし、俺の担当する①の区画に、『花栗』の表札はなかった。スマホを見ても、誰からも報告はない。


 俺は嘆息しながら集合場所へ戻った。すると、そこには既に美葉が佇んでいる。



「お、お疲れ」

「は、はい……いましたか?」

「い、いや……」

「で、ですよね……」



 ぎこちない会話と気まずい雰囲気。

 思えば、俺の告白未遂から1度も2人きりになっていなかった。


 皆でいる時は普通に話せるのに、どうしてこうなってしまうのだろう。


 ……好き、だからか。


 美葉はどうだろか。俺に告白されそうになって、嫌悪感を持っているのだろうか。


 片思いしてる人との時間がこんなにじれったく、歯痒いものだなんて初めて知った。



「な、なめろう」

「……へっ?」

「えっと……」



 美葉は俯き、なにやらもじもじしている。

 普段は自分の意見をズバズバ言ってリーダーシップを発揮するのに、こういう時だけ妙に女の子っぽいところがにくい。

 ギャップにやられてしまう。



「や、やっぱり何でもありません」

「な、なんだよ、気になるだろ」

「何でもないんです」

「何かあるだろう」

「ないんです!」

「あるだろ!」

「ない!」

「ある!」



「あの~、お取込み中悪いのですが……」

「「はっ」」



 突然背後から声がしたので慌てて振り返ると、心愛が気まずそうな顔をしていた。

 俺は羞恥に駆られ、顔が上気した。それは美葉も同じらしい。



「お2人、やっばり仲が良いですね」

「「……」」



 前に舞音にも同じことを言われて2人同時に否定した覚えがあるが、今回はお互いに黙り込んでしまった。


 ……俺たちって、仲が良いのだろうか? もしかして、相性がいい?


 そんな淡い期待に浸っていると、突然スマホが鳴った。



「舞音子からだ」

「なんて?」

「【ベンチ!! 早く!!】だって……」

「ベンチ?」



 ベンチなんて無数にある。一体どこのベンチを差しているのだろうか?



「舞音子は③の担当だから、その区画の公園をあたりましょう。まずはここ――」

「あの、私、どこのベンチなのか心当たりがあります」


 

 突然、心愛が美葉の話を遮った。心当たりとは何だろうか?



「桐井さん、わかるんですか⁉」

「はい。先程『野島埼灯台』について調べた時、周辺に白いベンチがあるという情報を見たんです」

「白いベンチ?」

「はい。小高い場所に設置されていて、海が一望できる名所です。遊歩道を進むとあるようです」

「よし、行きましょう!」



 俺たちは心愛が指し示す方へ向かって走った。

 潮風が強くて中々前に進めないが、それでも懸命に走った。


 すると、心愛の言った通り、小高い場所にポツンと白いベンチがあるのが見えた。


 ――人もいる。



「あそこだ!」

「もっと急ぎましょう!」



 俺たちは全速力で走った。そして傾斜を必死に上り、ベンチへ辿りついた。


 そして――



「ま、舞音子?」



 舞音が、ベンチに座る花栗の上に馬乗りになって抱きついていた。



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