第46話 絶体絶命の危機
眩しい日差しとカラッとした暑さが初夏の気配を感じさせる朝。
俺は目を細め、手を額につけて日差しを遮りながら庭へ向かった。
「なめしゃん、おはよ~」
「おはよう」
大きく手を振ってくれた舞音は、ショートパンツにオフショルダーのトップスを着ている。これから旅行にでも行くような格好だ。凄まじくかわいいからいいけど。
「なめろう、1分20秒遅刻です」
「悪い、1回外出たらあまりにも暑くて、Tシャツに着替えた」
「もう5月ですからね」
美葉は腕組みして俺にジト目を向けている。ジーンズに薄手のカーディガンを羽織ったシンプルな装いだが、巨乳が強調されていて……ちょっとエロい。
「長袖、暑くないか?」
「5月は人体に悪影響の大きいUV-Bが多いので、今から紫外線対策をしてるんです」
「ええ~、Bが多いと⁉ 舞音の薄着やばいと⁉」
舞音は両手で頬を抑え、あわあわしている。恐らくUV-Bの意味も知らずに(俺も知らない)。
「舞音子には後で日焼け止めを貸してあげるから大丈夫」
「美葉しゃん、大好きばい~」
「ちょ、ぎゅって……恥ずかしい……」
舞音は美葉に思いきり抱きついた。美少女たちの戯れはかなりの目の保養になる。
しかし美葉は顔を桜色に染めると、舞音からすっと離れ、「行きます!」と言って駅方向へずんずんと進んでしまった。
俺と舞音も慌てて美葉を追いかけ始めた、その時――
「あの……すみません……」
背後からか細い女性の声が聞こえたような気がしたので、咄嗟に振り向いた。
すると、なんと背後に心愛が佇んでいる。
大きなツバの白い帽子を被り、長袖ロング丈のワンピースで全身を隠している。
「心愛さん。ど、どうしたんですか? 外、大丈夫なんですか?」
「え、桐井さん?」
「心しゃんと⁉」
俺の言葉に驚いたのか、美葉と舞音も踵を返してこちらへ寄ってきた。
「あ、あの……皆さんが奮闘している中、私だけ家にいる訳にはいかないと思いまして」
「いや、心愛さんは事情がありますし、無理しなくても――」
「それに!」
心愛はいきなり声を張り上げた。しかし、自分の声に驚いたのか片手で上品に口を押え、改めて小声で話し始めた。
「わ、私も、花栗さんとゆるるさんと、もう1度お話がしたいんです」
半年以上も外に出ることがままならなかったのに、一夜で決心をした心愛。その勇気と純粋な気持ちが伝わり、胸が熱くなった。
「心しゃん、一緒に行くばい!」
「心しゃ……は、はい。ありがとうございます、舞音さん」
「桐井さん、何かあったら言ってくださいね」
「ありがとうございます、小桜さん」
「よし、行くか!」
「「「おー!」」」
俺たちは明るい日が差す方へ、希望の1歩を踏み出した。
***
俺は今、絶体絶命の危機に瀕している。
「なめろう、南房総市の面積って知ってます?」
「い、いや……」
「230平方キロメートルです。渋谷区の15倍ですよ? 広さわかってますか?」
「す、すみません……」
俺はてっきり、南房総市に行けば手掛かりを掴めると思っていた。そこで、とりあえず千葉の最南端にある千倉駅を目指そうと提案したのだ。
4時間以上かけてたどり着いたこの地で休憩のために定食屋に入り、先程までは和気あいあいとしていた。
しかし、俺がこれ以上はノープランである事実を知った皆は、絶望の表情を浮かべたのである。
面目ない……。
「私はてっきりある程度の目星がついているのかと思っていました。まさか『南房総』しか手掛かりがないなんて」
「もう日が暮れるまで数時間しかありませんね」
「すみません……」
俺は花栗とゆるるを連れ戻したい一心で、まさかこんなことになるなんて微塵も思ってもみなかった。
冷静に考えれば、アホの極みだが……。
「なめしゃん、しょげんで……あ、何かヒントはなかと?」
「ヒント……」
思い出せ、俺。花栗と初めてまともに会話をしたあの夜を。
――あたしの名前、花栗夜っていうんだよ。
そう、夜という珍しい名前について話した。
――都会生まれの母親が、南房総の夜は暗いから、家の近くの灯台のように明るく照らして欲しいって意味でつけたんだ。
それで確か、あかりとかひかりにすればいいのに、とぼやいていた。
――『あなたは夜を明けさせる存在なのよ』ってな具合で、過剰な期待を寄せられたわけ。
そうそう、毒親の束縛が厳しいとも言ってたよな。だから名門校に受かって、東京に出てきたんだって。
……うーん。ダメだ。これだけじゃ、何もわからない。
「……ろう……なめろう? 話聞いてますか?」
「……はっ、ごめん。考え事してた」
「もう。桐井さんの提案で、とりあえず人の多い観光名所から潰すことにしました」
「わ、悪い……」
俺は、考えあぐねると周りの声が聞こえなくなる癖がある。もう3人でそこまで考えてくれていたなんて、申し訳ない。
「とりあえず南房総の観光スポットを上から挙げてきますね」
「は~い!」
「まずは、『道の駅 ローズマリー公園』。1面にハーブの一種であるローズマリーが栽培されているみたいです」
「ハーブ! いい匂いばい~」
舞音が鼻をくんくんさせる仕草をしている。
ローズマリー……について花栗と話した記憶はない。
「次は『道の駅 富楽里とみやま』。地元の名産品がたくさん売っているみたいですね。人はたくさんいそうです」
「私、そちらは存じています。たしか、こことは反対の海側だった気がします」
「それは大変ばい……」
名産品……恐らくなめろうも売っているのだろう。
もしかしたら、その道の駅がきっかけでなめろう好きになった可能性もある。
ただ、反対側だと遠いな……。
「次は『野島埼灯台』。日本で最も古い洋式灯台のひとつだそうです」
「ロマンチックばい~」
灯台……その話もしてないな。
じゃあやっぱり、道の駅が有力か――
……いや待てよ?
「次は『沢山不動堂・かじか橋』。つり橋の下に3段の滝――」
「み、美葉。一旦待ってくれ」
「なめろう、どうしたんです?」
「手掛かり、わかったんだ」
「「「え」」」
そう、花栗は言っていた。
――都会生まれの母親が、南房総の夜は暗いから、家の近くの灯台のように明るく照らして欲しいって意味でつけたんだ。
家の近くに、灯台があると。つまり――
「『野島埼灯台』。その近くに、花栗の家がある」
「……行きましょう!」
俺たちは一斉に立ち上がった。
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