痛い

 やばいと気づく。専門の書類が明日必着と書いてあったのだ。明日郵便局に行こうと思ったがこれじゃ仕方ない。あいにく明日は金曜日、親は仕事で送ってもらえない。足がない私は少し抵抗があったがDMを送った。明日専門いく?もし行くなら連れていってほしいんだけどいい? と。


『いくよ、テストだもん。連れてっていいけど帰りどうすん。』


『別にバスと電車で帰るけど』


『テスト終わるの待ってたら帰りも送ってあげる』


『じゃあ近くのイオンにでも行って時間潰してる』


『わかった。じゃあ明日8:00にいく』





 次の日はちょっと早かった。8:00までゆっくり準備しようとしたらもう着くとDMが送られてきたからだ。焦って準備してしっかり書類を持ったことを確認、家を出る。




車のドアを開けるといつもと同じくスマホで音楽を流していた。


「久しぶりなんね」


「そうだね」


「書類送り忘れるとかなにしてん」


「すみませんね」


「あーばかばか」


「変なこと言ってないで運転して。あ、朝ご飯食べていい」


「変なこと言ってないんさ~、って食べていいなんて言ってないんだけど!」


「ひいはんひいはん(いいじゃんいいじゃん)」


 そういって飲むこんにゃくゼリーみたいなのを飲み始める。こうやってとも(元カノ)には遠慮なくいれるのはともの強みなのだと思う、多分。一応年上ではあるのだけど。




「連れてってあげるんだから朝ごはん奢ってくれてもいいんじゃないん」


「別に言われれば朝ごはんくらい奢りますけども」


「なに食べたいと思う? あ、パン屋だ」


「パン」


「残念、朝はご飯派です~~」


「ほんとムカつくなそれ」


「あ、この前朝ごはんにコンビニの親子丼食べたんだよ。お腹痛くなっちゃった」


「ばかなん? いや、朝ごはんのボリュームじゃないの分かるじゃん?」


「だってそこに親子丼があるのが悪いんだよ」


「だからって親子丼は食わないだろ……」




 楽しかった。こんな時期でこんな性格だし、人とあまり話さなかったからというのもあるかもしれない。でも、そうじゃないと思う。


 車は進み、あと15分くらいで着くくらいになる。相変わらず音楽は同じ曲を延々とリピートしている。




「あんた最近どうなん」


「それ今日三回目だよ」


「あーやだやだ。だってあんたから話し始めないんだもん」


「ああ、そうだね。んー……じゃあ、最近どうなん」


「ほんとばか。やっぱ考えてない」


「彼氏と仲良くやってん」


「まあ、それなりにね。でもあんたと付き合ってたより荒れてる」


「そっか」


「あっちのメンタルが強すぎるだけ。まあ付き合ったのも押されてだから」


「そうなんだ」


「うん」




 俺は窓の外を眺める。前の車さえ見ることが出来なかった。この子の顔なんかもちろんのこと。俺なら幸せにしてやれるのにとか、俺と付き合ってた方が絶対楽しいとか思ったが、そうじゃない気がした。だって俺は別れているから。




「私のこと好きなんでしょ」


「おん」


「また付き合うって言ったら付き合いたい?」


「うん、でもどうだろう」


「そ」


 近距離なら上手くやっていけると今でも思う。でも遠距離はどうだ、そう考えたときに幸せじゃないと思う。通話が好きで出来るときは常にしていたいともと、あまり通話が好きじゃない俺。今日も学校終わって俺を送った後に通話をしようって誘われてるらしいことを知った。



「今日ね、彼氏に連れてってほしくないって言われたん」


「じゃあ自分で行くのに」


「あんただって色々あるでしょ。それに昨日言っちゃったし。今日の3時くらいに彼氏に断れって言われたけど」


「そ、そうか……本当に悪かったよ」


「本当に思ってるん」


「まあ、それなりに」


「思ってないでしょ」


「んなわけないがな。それなりに、思ってるよ」


 そしてまた窓の外を眺めた。思ってなんかない、だって前までは俺のだったから。今のこの感情は捨てる宛がない愛だった。



 コンビニで朝ごはんを奢り、専門校の無料駐車場に着く。毎日一緒に行ってる友達いるんだけど一緒に行くかと聞かれたけど、いいと答えた。その人は彼氏とは別の男の人らしかった。



 書類も提出でき、一人イオンに向かう。時間は9:15。飲み物を買おう、きっとあの子もテスト終わりで疲れてるだろうしなにか買っていこうと思った。ああ、なんだ。未練ばっかじゃないか。そうやってあの子のことばっかり考えて、結局は女々しい男じゃないかと。

 別に格段可愛いわけじゃない、でも魅力的で俺はそれが好きなのだ。別れてもう彼氏もいるのに、俺は割りきれないとか笑えてしまう。なんて話をしてもあの子は笑わないだろうな、一人自分の胸にしまう。


 今一緒にいるわけじゃないから姿は見えないけど、でもふと声が、言葉が脳のなかに流れてくる。


『まだ好きなんでしょ』


 好きだよ、どうしようもなく好き。でもきっと、これは素直に言えないんだろうな。俺はいつまでたってもわがままで弱虫だから。




 終わったとDMが来たから俺はまた歩いて専門に向かう。終わったと言われたが一時間待たされた時にはやっぱりいつも通りだなって感じがした。


 帰りの車に乗る。この子はシートベルトをつけ、音楽をかける。別に音楽をかけるのはいいのだが、いつも一曲をずっとリピートする。バッグを俺の上に置く、いつも通りの感じがなんとも。

 ふとともは口をひらく。


「ねえ、ハンバーグ食べ行きたい」


「行くかい」


「おいしいジュースも飲みたい。どっちいく?」


「じゃあ会った最後の日ハンバーグだったからジュースがいいんじゃない」


「やっぱハンバーグがいい」


「なんなんだか……」


「あっ、やっぱ近くのおいしいラーメンがいい」


「じゃあラーメンいくかい」


「行く!!」




 ラーメン店についてからまた色々と話した。


今さっきの人にも告白されたと。早く俺を家に帰せって彼氏はうるさいと。彼氏は他の男と一緒にいるのが嫌だ、早く通話がしたいと。


 ラーメンが来て二人黙々と食べ始める。一人の時間、その時間はただ今のこの子のことばっかり考えてた。今この子は幸せだとか、彼氏は元カレだから俺を嫌っているとか、専門校の男子に一週間前に告白されたとか。


 考えていて罪悪感で吐きそうだった。知らないことがたくさんあって、気が狂いそうだったのを我慢してたというのもそれを後押ししている原因だろうか。

 つけ麺を半分食べたとき、箸が重くなって虚無に襲われた。なんで俺は今こうやって彼氏がいる元カノと楽しくご飯を食べてるのだろう。泣きそうになった。嗚咽しそうになった。さすがにどうにか我慢はしたが、胸が焼けるこの感じや脳がスカスカでなにも考えられない気持ちはそのままだった。食べ終わって店を出たとき、もうあんたとはどこか食べにいかないだろうねと小声で言われた。多分、そうなのだろう。



 車に乗ってともはエンジンをかける。


「あ、車が汚い」


「高速乗ったんだっけ」


「そう、先週ね。今から洗車いこ。時間あるでしょ」


「はいはい、暇ですよ」




 早く帰りたかった。でもまだ一緒に居たかった。好きだから、罪悪感に押し潰されそうと少しでも一緒にいられるように洗車を促した。


 洗車前に音楽を変える。


「きょうちゃんと居るとさゆりの気分なんだよな」と言いながら。


 さゆりは知らないし、どうでもいいと思っていたが曲はリズムが良かったからサビのワンフレーズだけ聞いて調べる。

 曲名は地平線。まるで俺の今後のような。




 洗車も終わる。スマホは午後2時を示している。


「最近幸せ?」


「ああ。別れたけど毎日そこそこ楽しいことはあるし、幸せなことはあるよ。でもな、満たされることはなかった」


「ふーん、そうかい。帰るか、私の家に」


「おん、そうだね」


「あんたバカなん。いるんだって」


「分かってるよ」




 もうすぐで家に着くときふとああ、という声が抑えられなかった。辛かった、泣きそうだった。もうこの幸せな時間は終わるんだと。

 どうしたのと聞かれるが、あくびが止まらなくてと誤魔化した。別れる時よりも胸が苦しかった。



 家について車内で少し話す。長くいたらきっと良くないこと分かっていたから、じゃあまたねと切る。




 今日のことを思い浮かべた私はいっぱいいっぱいだった。別れたくなかったんだと。彼女が何回も彼氏や友達の話をしたとき、何回も辛くなった。色んな場所に行ったした。次はまた会うとしたら1ヶ月後かね、そんな話をした。その色々を思い出していたかった。一緒に居たかった。ものすごく痛かった。


 俺はDMを送る。『今日はありがとう』と。


 そしたらすぐ、そりゃよかったよと返ってきた。


『やっぱさ、好きだよ』


『それは、ありがと』


『なあ』


『なに?』


『今日も言ったけど今まで楽しいことはあっても、満たされることはなかった。だからなんだろ、割りきれてないんだなって思った』


『あんたはいつも遅いんだよなぁ~笑』


『ただ今日は微妙な気持ちだった。早く帰りたかったし早く帰りたくなかった』


 そう送ると涙が溢れ出す。汚いとも綺麗とも分からないこの涙、なんで流れているのかすら分からなかった。


『戻ってもあのつきあい方なら上手くいかないと思うよ』


『俺だってそれは分かってるよ』


『そーかい、それはごめんね』


『あぁ、もう。』


『?』


『好きだよ!ばか!ほんとに気付かないんな!俺だって本当は別れたくなかったし、別れたあとすぐ彼氏できたのも嫌だったよ!

彼氏の話とかされてさ、友達の話とかされてさ罪悪感でいっぱいでさ辛いよ、俺どうしたらいいかわかんない』


『ごめんね、ともはどーしたらいいんだ』


『2分ちょうだい』


 通話をかける。そしたら泣きながら彼女は出てきた。


「なあ、好きだよ」声が震える。


「ともどーすればいいん」


「わかんない」


「あのね、言ってなかったけどね、とも結婚するん。きょーちゃんにも言ったよね、別れないっていう確証はあるんって。そしたら結婚しようって言ってくれたん。今日婚姻届も貰ってきてくれたん。ともはやっと幸せになれるんだよ」


 言葉が出なかった。結婚するって、なんだよその追い討ち。


「そうなん……」


「そう。だからきょーちゃんは選べないの。なんでそう……いつも遅いの。なんでそうやって」


「なんでそうやっては俺のセリフだよ」


「そういうことだからごめんね」


「ああ、分かったよ」


「ごめんね。じゃあそういうわけだから」


 沈黙が流れ、喋っていないのではなく、通話が切れているのだと気付く。


 もう戻らない。一緒に居たかった。ものすごく痛かった。そんなんでも待つくらい、いいじゃないか。いつか戻ってくると願って待つくらい。


 この愛をいつか、誰かに譲る宛てがないのだから。

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天ノ弱 白野 音 @Hiai237

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