第28話 逃れられそうにない

「それにしても、こんな時に勝負事なんて……」

「でもね、ミラさん……」


 私はさとした。目的の国に、近づいているという印象はまだ受けがたい。自分たちは今、そういう場所にいる。所要時間は1日2日どころではない。軽装の女性1人でも登り切れるレベルの山──そこに画期的な手段があるというのならば、スイの申し出を受けて、良い結果を得てそちらに頼る方が絶対に良いと。


「そう……かもしれませんね。わかりました。ソラさんとハナさんにその気があるのでしたら、私は止めはしません。ただ、1つお願いがあります」

「何?」

「絶対に勝ってくださいね」


 もちろん、そのつもりである。

 ところで、ハナとスイは何をしたのだろう? 気になるので、


「ねぇハナ、この前、何の勝負をしたの?」

「……あー……」

「え、いちゃいけないコトだった?」

「いや、いけなくは……あぁ、ちょ~っと苦い記憶がよみがえっちゃったかな~。うぅ……あの生き物は、できることなら思い出したくなかった」


 あらら、やはりマズかったか。これ以上は追求しない方がいいだろう。


「なによ、ハナったら。話してなかったの? 別に隠すようなことでもないでしょうに」


 代わりに、スイが教えてくれた。

 私がアルトシティに帰ってくる前に2人でしていたのは、料理対決。お互い、手軽なものなら作れるようになったということで、どちらの腕前が上か、勝負したくなったとか(もちろん、スイが)。

 その時のお題は『ケーキ』。数人で分け合うようなホール状のものではなく、1人用の小さなもの。完成後、道行く人を適当に捕まえて味見&判定してもらった。結果、引き分けだった。

 至って普通の展開だが、ハナが思い出したくなかったこととは何なのか。彼女ではかわいそうなので、私はスイにコソッと訊いてみた。


「暴れニワトリの卵を使うというのを条件にしたのよ」

「あぁ~~」


 私は納得のリアクションをした。

 スイが言った『暴れニワトリ』というのは、普通のニワトリの何倍も猛烈に動き回る、魔物ではないがそれに分類したくなるほど乱暴な鳥類である。卵を取るとか掃除のために奴らのテリトリーに進入すると、理由が何であろうと問答無用で襲いかかって来る。それも複数で。慣れていない者だと、何人で行っても返りちに遭うのは必至。夜中に訪れるのがベストだそうだが、その際は、極力音を立てないこと。奴らは特に人間の気配を感じ取るのが上手い。卵入手の成功率を上げるためには、金属をできるだけ身に着けないこと。何かとこすれ合う音が少しでもしようものなら、すぐさまパッチリと目を覚ましてしまうからである(衣類同士ならセーフ)。とにかく、そのニワトリの卵は他種の何倍も手に入りにくいことから希少価値が高く、店でもあまり見かけない。1個あたりの値段も高い。

 現場では、ハナも相当苦労したらしい。2、3匹からくちばしでつつかれ、羽ビンタや体当たりをくらい、しゃがんだら耳の近くで元気よく「コケコッコー!」と鳴かれたそうだ。氷の術で動きを封じてはどうだろうかとも考えたのだが、それは凍傷を負わせることに繋がり、後で飼い主に叱られてしまう。ニワトリの安全のためにも、小屋の中で何らかの術を使うのは禁止にした。

 必要な分の卵を手に入れるまでに、果たしてどれだけの時間を要したか。調理にかかる前の段階で、2人とも、身も心もボロボロになってしまったらしい。


「思い出させてゴメン」


 私は、なんとなくハナと目を合わせづらかった。


「いやいや、気にしなくていいのよ……」


 ハナの瞳からは、生気が感じられなかった。なるべく早く復活してほしいものだ。


「あ、それじゃ、今日も料理対決するってコト?」

「ええ。けど、この前とは違うものでいくわ。今回のお題は……『スライム料理』! そして作るのは、ソラ、アンタよ!」


 スイは、ビシッと私を指さす。

 わ、私ですとーーーー!?


「ハナじゃないの?」

「せっかくいるんだから、アンタやりなさいよ。在庫はどこにもないから、捕まえに行かなくちゃね」

「スライム……触るの苦手なんだけど」

「拒否権はないわよ」


 ひえ~ん。

 スライムには、食用とそうでないものがある。食用のスライムは、近場だとカスタネアの東にある岩山の洞窟に生息している。それ自体は無味無臭で、ゼリーやプリンなどの材料として用いられている。プルンプルンと不思議な食感の美味しいスイーツが食べられるのは、その魔物が存在しているおかげなのである。

 性格は比較的温厚で、何もしなければ、武器をチラつかせなければスライムも危害を加えることはないそうだ。しかし、生きたまま持ち帰るわけにはいかず、他の魔物と同様、倒さねばならない。そのため、洞窟に行く際は武器が必要なのである(魔術では消滅させてしまう恐れがあるので、好ましくないとか)。


「ソラって、料理はできるの?」

「うん、まぁ、簡単なものなら」

「だったら、やってみなよ。ソラが作ったやつ、食べてみたいな。スライムだったらさ、そんなに難しくもないでしょ」

他人事ひとごとみたいに言ってくれる……」

「そんなことないよ。フフッ」


 う~む…………お、良いことを思いついた。


「そうだ。スイ、そのスライムに攻撃魔術かけちゃダメなんでしょ?」

「そうよ。そんなことしたら、不良品まっしぐらだからね」

「じゃあ、ハナ。この剣貸すから、私の代わりにスライムをゲットしてきてくれない? 調理は私がやるから」

「え、それは……」


 ハナが長剣を扱えないのは重々承知なのだが、ここは──


「駄目よ。材料の調達もアンタがやるの。当然でしょうが。何勝手なこと言ってんのよ」


 そうですか……。

 スイにハッキリ言われ、私はがっくしと肩を落とした。

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